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異世界彼女は純和風  作者: 凪沙一人
始まりは夏
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弐葉 ‡ 色葉にお江戸

異世界少女は電車の乗り方も、ご存知ない

 翌朝、味噌汁のいい香りで目を覚ました。両親と同居していた頃は母の淹れた珈琲の香りがしたものだ。だから、朝から味噌汁の香りがすると祖母を思い出す。

「ご主人様、お目覚めですか? 」

 今日も色葉は着物の柄は変わっているが、割烹着に三角巾だ。ローテーブルの上にはご飯に焼き魚、味噌汁に漬物、焼き海苔と卵焼き。最近はホテルでもブッフェスタイルが多く、旅館のようだ。

「あれ、色葉の分は? 」

「えっ!? ご一緒して、よろしいんですか? 」

 僕は笑顔で頷いた。

「それじゃ、お言葉に甘えて。」

 そう言って色葉はキッチンから、お盆に僕と同じ物を乗せて運んできてテーブルに並べた。

「もしかして、作ってくれたの? 」

「嫌だなぁ。昨日、魔法使わなきゃ何も出来ないって言ったじゃないですか。雰囲気です、雰囲気。台所から運んできた方が、それっぽいじゃないですか。」

「そ、そうだね。」

 そこまで雰囲気出すくらいなら、嘘でもいいから作ったと言って欲しかった。

「いただきます。」

「え、あぁ、いただきます。」

 一人暮らしをしていると、ついつい、こういうことは言わなくなる。誰かと一緒に食事をするなんて、いつ以来だろう。あ、法要の時、会食したか。でも、こんな可愛い女の子とは記憶にないな。取り敢えず、味だよね。見た目だけって事もある。ちょっと恐る恐る、一口、口に運んだ。

「如何ですか、ご主人様? お口に合いましたでしょうか? 」

 色葉が不安そうに覗き込んできた。その不安そうな表情も、ちょっと可愛らしかった。

「旨い… 美味しいよ、凄く。もう少し甘いかと思った。」

 祖母の手料理は基本的に甘かった。今、思えば土地柄なので仕方ない。幼い頃は良かったが、中学の頃、煮付けを食べた時に思わず『甘っ』と言ってしまった。あれは煮付けというより甘露煮だ。でも、それから砂糖を減らしてくれるようになった。ふと僕は、そんな事を思い出していた。

「トヨさんから、ご主人様は東京の方だから、甘過ぎず、薄過ぎないよう、仰せつかっております。」

 結構、気を使わせてしまっているんだな。食事を済ませると色葉は手際よく食器を重ねてキッチンへ運んでいった。勿論、洗い物も魔法で一瞬なので、すぐに戻ってくる。

「美味しかったぁ。でも、魔法で作った料理って、すぐにお腹減ったりしないの? 」

「原材料はあたしの魔力ですが、出来上がりは本物ですから、普通にお食事された時と変わりません。ご安心ください。それより、本日のご予定はどうなさいますか? 大学の講義は休講と存じますが。」

「えっ!? なんで、それを? 」

「魔法女中たるもの、ご主人様の予定は把握していて当然です。」

 これには、ちょっと驚いた。昨日、急須から出てきたばかりだというのに。あ、そうか。急須から出てきた時点で普通じゃないか。

「出かけるから支度して。」

「はい。どのようなお召し物をご用意いたしましょうか? 」

「あ、僕の支度は自分でするから、色葉も自分の支度して。」

「えっ… ええ… え゛~っ! 」

 色葉の声はよく通る。

「そんな、驚く事じゃないだろ? なんか予定があるなら別の日にするけど? 」

「い、いえ。ご主人様がお供しろと、おっしゃるのでしたら、どちらなりへと付いて参ります。」

 なんかニュアンスが違う気がするけど… 一緒に行ってくれるなら、いいか。どうせ色葉の着替えは一瞬何だろうけど、こっちはそうもいかない。それでも、出来るだけ手早く済ませてキッチンの色葉に声を掛けた。

「色葉、支度出来た? 」

「はい、ご主人様。」

「えっと… 割烹着と三角巾は取ろうか。」

 三角巾を外すと、綺麗な烏の濡れ羽色の髪が結われていた。一瞬、自分で結ったのかと思ったが、きっとこれも魔法だろうな。色葉には魔法で先に外へ出てもらった。やはり、同棲を疑われるのは拙い。

「本日は、どちらに参られるのですか? 」

「色葉の格好が似合いそうなところだよ。」

 祖母のところでは急須に引き籠っている事も多かった色葉は、電車やバスの乗り方を知らなかった。多分、自分の世界では箒にでも乗って飛んでいたんだろうな。祖母の家の方でも最近、やっと交通系ICカードが導入されたと伯母が言っていたっけ。東京じゃ、僕が物心ついた頃には有ったもんな。オリンピックのポストタウンとかに登録されたって言ってたから、その所為だろうか? ともかく、自販機で新規購入したカードを色葉に渡した。

「僕の真似をすればいいから。」

 普通に改札を通れると思っただが、すぐに警告チャイムが聞こえてきた。

「ご主人様ぁ~ 」

 今にも色葉が泣きそうなので、慌てて戻った。

「さっき、買ってあげたカードを右のマークの所にタッチして… 」

 どうやら、僕がスマホをタッチしたのを見て、ICカードは別物と認識したらしい。

「ご主人様ぁ~。」

 着物姿の可愛い女の子が『ご主人様』と言いながら僕の胸にしがみついて泣いている。傍目には、どう映っているんだろうか? しかも、改札の側だから目立つ。一瞬、抱き締めたらビックリして泣き止んだので手を引いてホームへ移動した。どうやら思った以上に常識の基準が違うらしい。この日はトイレと食事以外は、どちらからともなく、ずっと手を握っていた。浅草で人力車に乗って外国人に写真を撮られまくったり、渋谷の神宮を参拝したり、皇居に行ったり、思いつく色葉が浮かなそうな都内の場所を巡った。後でよくよく考えてみたら、別に和装だから浮くという事はない。単に僕の記憶の中で、他より着物の人が多かった印象の場所を巡っただけだった。それでも、色葉が楽しそうなうちは良かったのだが。最後に寄った博物館で城下町のディオラマを見て泣き出してしまった。

「どうした、色葉? 」

 あまりに急で、こちらもオロオロしてしまう。

「も、申し訳ありません… 。この風景を見ていたら、里心がついてしまって… 。」

 はて? なんで江戸時代のディオラマで?

「何か、思い出すような物が、あった? 」

「はい… 街並みが… あたしの育ったO.E.D.O.にそっくりで… 」

「そうか… 色葉の育った、お江戸に… !? え゛~っ! 」

思わず大きな声を挙げてしまった。おかげで、ここでも着物姿の可愛い女の子が僕の胸にしがみついて泣いている状態で目立ってしまった。

O.E.D.O.はフラグ???

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