壱葉 ‡ 色葉のイロハ
瓢箪から駒? 嘘から誠? いえいえ、急須から魔法少女です。
夏休み前の事だった。佐賀の祖母が亡くなり父の実家に帰省した。
「直ちゃん、遠かところ、ご苦労さんやった。これ、形見に貰うといって。」
そう言って伯母が、有田焼の急須をくれた。急須といえば常滑焼きが有名だが、佐賀なら伊万里焼や有田焼の方が焼き物としては有名… だと僕は思っている。形見分けは四十九日の後だと思っていたのだが、生前、祖母がこの急須は僕にと言っていたそうだ。僕はお婆ちゃん子で、夏休みとお正月は毎年遊びに来ていた。でも、この急須は見たことが無かった。
初七日の法要も済み、僕は東京のアパートに戻った。せっかく貰ったのだから、使わないと勿体ない。新品のようだから茶渋の心配や変な臭いも無さそうだ。取り敢えず、茶葉を入れる前に洗浄を兼ねて急須を温めようと熱湯を注いだ。
「きゃぁ~っ! 」
次の瞬間、突然、着物姿の女の子が現れて脱ぎ始めた。
「ちょっと、向こう向いてくださいっ! 」
「ご、ごめん。」
あまりに突然の事にビックリして、つい謝ってしまった。が、待てよ。ここは僕の部屋だ。かといって、今、振り返る訳にもいかないか。
「もう、よろしいですよ。」
振り返ると女の子は、ちゃんと着物を着て、割烹着と三角巾を着けていた。
「ご主人、いきなり熱を湯浴びせるなんて酷すぎません? さすがに熱湯の掛かった着物なんて着てたら火傷してしまいます。」
「ごめん… 。てか、分福茶釜かランプの精の親戚? それに、ご主人? 」
取り敢えず、思った事を質問してみた。この状況は彼女に聞くしかないと思ったから。
「やだなぁ。狸でもなければ魔人でもありませんよ。えっと、鍋島 直人さんですよね、鍋島 トヨさんのお孫さんの? 」
「そ、そうだけど… ? 」
確かに鍋島トヨは、先日亡くなった祖母の名前だ。
「あたし、本日よりお世話になります。魔法女中の色葉と申します。宜しくお願いいたします。」
色葉と名乗った女の子は三つ指を点いて頭を下げた。
「ちょっと待って。訳、分かんない。どういう事? 」
「あ、そうか。じゃ、最初から説明しますね。色葉のイロハって奴です。ある日、あたしはあたしが住んでいた魔法世界から、この世界に転移して来ました。多分、偶発的な魔法事故だと思われ、元の世界に戻る為の魔法が分かりません。行く宛もなく困っていたあたしを助けてくれたのがトヨさんでした。あたしはトヨさんのご厚意に甘える事にしました。でも、ただ居候というのは申し訳ないので女中として働く事にしました。」
「えっと、毎年、年二回お婆ちゃんの家に行ってたけど、会った事、無いよね? 」
僕もまだ大学生、そんなに記憶力が衰えるような歳じゃない。しかし、どう記憶の糸を辿っても彼女の顔が出てこない。
「皆さんが、いらっしゃる時は急須の中に隠れてました。」
「どうして? 」
何でもかんでも聞いてばかりで、子供っぽい気もするけど、経験則も推測もしようがないのだから仕方ない。
「だから、魔法女中って言ったじゃないですか。魔法世界では炊事も掃除も、家事全般を魔法で済ませるんですよ。だから、この世界の電化製品って奴が不便で不便で。」
家電に頼った生活をしている身からすると、電化製品が不便なんて考えた事も無かった。せいぜい型落ちと最新型を比べた時ぐらいだろうか。
「で、魔法で何でもやるから魔法無しじゃ、何も出来なくて。でも皆さんの前で魔法使ったら騒ぎになるからってトヨさんが気を利かせてくれたのです。」
そんな、僕にも内緒だなんて… 。でも、子供の頃の僕が一番騒ぎにしそうだ。
「それで、お世話になるってのは? 」
「トヨさんが一番心配されていてのが、ご主人様です。ですから、私の住んでる急須をご主人様にと遺言されたのです。あたしもトヨさんから頼まれてますし。」
つまり、お婆ちゃんから譲り受けたのは、色葉込みの急須って事か。
「でも、女中さんとかお手伝いさんって言っても、お給料とか払えないしさ。何でも魔法で自由に出来るなら、急須なんかに住まないで自由にすればいいのに。もう、お婆ちゃんも居ないんだし。」
「お給料は要りません。どうせ使い道ありませんし。… そ、それとも、あたしに出ていけとおっしゃるんですか? 」
「だって、お婆ちゃんには恩があったかもしれないけど、僕には無いだろ? 」
「酷い… 酷すぎる… 本当にトヨさんのお孫さんですか? こんな魔法使わなきゃ何にも出来ない、か弱い女の子を1人で都会に放り出すなんて、仔兎を野犬の群れに放つようなものですよ。そこで魔法でも使おうものなら、マスコミや警察に追われて騒ぎになって、きっと刑務所か川原で孤独死するんだわ。そしたら、一生恨んでやる。呪ってやる。祟ってやる。」
「ま、待て。一端、落ち着こう。」
魔女に呪われたり祟られたりは避けたい。確かに魔法世界じゃ魔法を使う事が普通でも、この世界で魔法なんて使ったら大騒ぎだ。手品と魔法じゃ同じマジックと呼ばれるがエライ違いだ。
「仕方ないな。でも、ベッドとか食器とかどうしようか。それに大家さんにもバレると拙いし。」
「それは大丈夫です。食器は魔法で出せますし、ベッドは魔法で出すと部屋が狭くなってしまいますので急須でも、ご主人様とご一緒でも構いません。」
「… 急須にしてもらえるかな。」
「はい。ご主人様が健全な方で嬉しいです。」
「こんな可愛いくてスタイル抜群の女の子と一つ屋根の下に居て、どっちが健全だか分からないけど… 」
えっ? なんか色葉の様子が変だ。顔、真っ赤にして… 可愛いって言ったから照れてるのかな?
「見ましたね? 」
「えっ? 」
「熱湯浴びせて、私が着物脱いだところ、見ましたねっ! 」
「まっ、待て。あれは不可抗力だ。見たというか、見せられたというか、見えてしまったというか… 。」
「やっぱり見たんだぁ~。もう、お嫁に行けない~。」
え? いまだに、こんな感性… って、この世界の人じゃないしなぁ。
「ごめん、ごめん。誰にも言わないから許してよ。」
僕は、どうしていいのか分からなくて、抱き締めて頭を撫でていた。
「ふ、ふつつか者ですが、末永く宜しくお願いいたします。」
抱きつきながら、こんな事を言われて、僕は取りように困っていた。
あぁ、自分の作品ジャンルがよく分からない(苦笑)