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アシュド・グレイと灰の亡霊たち  作者: remono
第一部 世界を墜とすと騙るものが奇蹟を起こすまで
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灰殺し(後編)

「リディア、もうよせ」


 総統は言ったがリディアは引き下がらない。


「アシュド・グレイなどに真実はございません。この老人はまがいものにございます! 私の意見を聞いてくださりませ」


「……仕方ない。話だけは聞こう」


 総統はけだるげにリディアに向き合う。


「はい、アシュド・グレイの伝説などみな迷信でございます。架空の存在と言って良いでしょう。みなそれにだまされているのです。むしろ進んでだまされてきたのです」


「しかしこの世界が架空の物であることは自明の理だ。我々は日々それを感じて生きている」


 総統の言葉にリディアが反論する。


「それとアシュド・グレイの神話はなんの関わりもありません。たとえ、この世が架空でも、あるいはそうで無くても」


「むむむ、世界実体論にかかわる話か。それは異端の考えだぞ!」


「そこまではもうしてはおりませぬ。ただこの世界が架空であることとアシュド・グレイの伝承は無関係な物であると言いたかっただけでございます」


 リディアの言葉に総統は考え込む。


「……。うむむ、確かにそうかもしれん……」


「わしはまがいものではないし、世界はアシュド・グレイの手によって塵のように墜ちる! 惑星の賢者が大地のへそを隠さねば今すぐにもな!」


「黙れまがい物のぼけ老人!」


 リディアが叫び総統が制止する。


「止めよ、リディア」


 しかし老人はリディアの言葉に激昂する。


「まがいのものぼけ老人だと? 貴様わしをまがいものと言ったな! ならば見よ。わしの力を!」


「!」


「うおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉ!」」


 老人は衛士達の隙を突いて総統へと走って行く。その手は素手であったが。老人の行為に虚を突かれたことには違いない。衛士達は突然の行動に戸惑い、総統は一歩下がった。


「総統陛下!」


「よせ、ただの脅しだ!」


 しかし総統がそれを言うのを聞かずアシュド・グレイを特別な存在と見なさないリディアの体は素早く動いていた。剣を抜き飛び込むと老人の脳天に一撃を入れる。老人――アシュド・グレイはどうと倒れ、死んだ。


「総統に仇なす無礼者め」


 血にまみれた剣をぬぐい、リディアが吐き捨てる。しかし待っていたのは賞賛ではない。


「灰殺し!」


「わわわ灰殺しだ!」


「灰殺しのリディア! リディア・アビゲイル!」


 衛士達が口々にリディアに向かって言葉を浴びせる。


「ふん、それが何か?」


 と言い捨てたリディアの体にも異変が訪れる。額への熱。突然、自分の額への強い熱を感じ、リディアは思わず手を当てる。熱い。張り付く。手を慌ててはがず。見れば手にやけどの刻印が。リディアの額には灰殺しの烙印が刻まれていた。灰殺し。それはアシュド・グレイを殺したものに課せられるこの第八十七次仮象幻想世界で最も重い罪である。その身は汚れ、その地にいるだけでそこの土地を汚し、死ぬことはなく触れるものに疫痢をまき散らすと言われている。


「ま、まさか、伝承は本当だと? そんなバカな……」


 リディアが呟く。よろりと体勢を崩すが誰も恐れて近寄らない。ヴィラモーヴィッツ総統さえも。誰もがおそるおそる遠巻きに彼女を見つめている。リディアは救いを求めて総統の名を呼ぶ。


「ヴィラモーヴィッツ総統陛下……」


「衛士達! 私を灰殺しから守れ!」


「は、はい……」


 総統の叱咤に慌てて衛士達が総統の前に立つ。


「そんな、私は陛下を守ろうと……」


 リディアは言うが、帰ってきたのは冷たい言葉だった。


「灰殺しのリディア・アビゲイル。貴様をこの国の騎士団長の位から剥奪する。また市民権も奪う。即刻このマルクートから出て行け」


「陛下……」


「出て行け!」


「くっ……うわああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 リディアは理性を失ったのか狂乱の叫びを上げ総統に向かって走った。


 ドス、ドス。


 衛士達の槍がリディアの体を的確に貫く。心臓、肩、そして腹部。致命傷であった。リディアはたまらず呻く。


「ぐっ……うぅ」


「よくやった。そのまま体に触れずにこの灰殺しを街の外へ捨ててこい。槍もそのまま捨て置いてかまわん」


 衛士達に賞賛の声を浴びせる総統。


「へ、い、か……」


 そんな総統に向かってリディアは救いを求めるように言葉を口にする。すがるように手を伸ばす。だがそれは届かない。それを哀れんだのか総統はリディアに向かって声をかける。


「リディア。お前には期待していたのだがな。こういう結果になってしまったことはまことに残念だ」


「……くっ」


「動くな。傷が広がるぞ。しかし、本当に死ねないのだな。傷は心臓にも届いているだろうに」


「体が、い、た、い……。額が、あ、つ、い……」


「……。そうか。ではさらばだ、リディア・アビゲイル。我が国の騎士団長だったものにして都市国家マルクート最大の恥さらし。もう二度と会うこともあるまい。衛士達、進め!」


「はっ!」


 最後に吐き捨てると総統は衛士達に命令する。衛士達はリディアを突き刺したまま彼女の体を持ち上げるとそのまま牢屋を出て行った。残された総統はリディアに倒された老人の死体を見下ろしながら呟く。


「かくしてひょんなことでアシュド・グレイと名乗るものは不可思議な力を持っていることが証明されてしまったわけか……」



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