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アシュド・グレイと灰の亡霊たち  作者: remono
第一部 世界を墜とすと騙るものが奇蹟を起こすまで
5/18

灰殺し(前編)

 都市国家マルクートの地下にある牢屋の一室ではがなり声が鳴り響いていた。


「再び問う、貴様の名は!」


「アシュド・グレイと申します」


「そんなことあるはずがない! アシュド・グレイは広場で叫んでいた青年のはず!」


「いいえ。わしの名はアシュド・グレイと申します」


「ふざけるな! この物乞いが!」


 いきり立って警棒を振るおうとする衛士をもう一人の衛士が止める。


「おい、暴力は……」


「お、おう……」


 アシュド・グレイ、彼に仇なす者はこの架空の世界さえからも見放されて死ぬことなく世界が墜とされた後も未踏世界へ移行できず地獄(リンボ)に落ちる。その物語はこの第八十七次仮象幻想世界に生きる者なら皆知っているおとぎ話である。いくらあからさまに偽物に見える老人とはいえども衛士が暴力を振るうことをためらわせるには十分な効き目があった。暴力に頼れない衛士達は仕方なく老人――アシュド・グレイに尋問を続ける。


「冗談を言うな! その恐るべき名はあの若者が名乗った名前のはず」


「いいえ、何度言うとおりわしもアシュド・グレイなのです」


「どういうことだ?」


 衛士が問う。老人は口を開いた。


「青年のことは知りませぬ。ただ彼はアシュドとして生きているのでしょう。しかしわしもアシュドとして生きてきたのです。故にどちらが間違っていると言うことも無く、わしと彼、どちらも等しくアシュド・グレイなのです」


「あたまがこんがらかってきたぞ。アシュド・グレイとは一人では無いのか? なぜ増える」


「わからん。俺にはわからん……」


 衛士達が頭をひねっていると凛とした声が牢屋の空気を一変させた。


「それはアシュド・グレイという存在がすべてまがい物だからでしょう」


「リディア様! こんなところへわざわざいらっしゃるとは」


 二人の衛士の間に割って入ってきたのは、リディア・アビゲイル。若くしてこの都市国家マルクートの騎士隊長であり、その美貌と剣技の確かさは都市国家マルクートのみならず近隣の諸国に伝わる。さらには座学も造詣が深く、特に神秘学については並の賢者では歯が立たないとすら言われてほどの才女である。


「リディア様。ところでさっきの言葉の意味は?」


「なんのことはありません。アシュド・グレイ。この第八十七次仮象幻想世界を灰燼(かいじん)()すという化物ばけもの。そう語られていますが、実際その全てがまがい物の大嘘、だということです」


「しかし伝承では!」


 一人の衛士の言葉をリディアは朗々とした自説で制止した。


「アシュド・グレイに関する伝承は山ほどありますが、誰も実証した者はいないのです。すべて噂です。つまり、まやかしです」


「……」


「それをこれから私が証明して見せます」


 リディアは剣を抜く。そうして切っ先をアシュドと名乗る老人に向けた。


「リディア様!」


「おやめください!」


 衛士達が口々に叫ぶ中リディアは剣を老人に突き立てようとする。それを止めたのは中年の男性の声だった。


「そこまでにしておけ、リディア」


「総統陛下! なぜこのようなところに!」


 リディアは即座に剣を収め総統と呼んだ中年の痩せた男に向かって膝をついて一礼する。衛士たちも姿勢を改めた。


 この牢獄に現れ声をかけた人間。その人こそ、この都市国家マルクートを支配する総統、パウル・フォン・ヴィラモーヴィッツ七世その人であった。総統は闊達に笑ってこう述べる。


「なぜ、なぜだと? ふふふ、リディアと同じよ。世界を墜とすというアシュド・グレイなるものを我らの手のものが捕まえたと聞き、どのような化物かと見物に来たまでのこと」


「さようでございましたか。見たところただの老人のようですが。仮にもアシュドと名乗るもの。直に接見されるのは危険かと」


「ふははかまわぬ。それに国家の長なれば、むしろ世界を墜とすという危険人物を見定めなければなるまいよ」


「……御意。総統がおっしゃるのならばどうぞご覧ください」


 衛士の言葉に総統はゆっくりと老人に近づき見回した。衛士達が総統を守る。


「ふむ、たしかにただの人間であるように見える……」


「総統陛下、私も見てもよろしいですか」


 膝をついたままのリディアが言う。総統は笑って言った。


「先ほどのように切っ先をいきなり向けようとしないのならば良いだろう」


「はい、決して」


「では、かまわんぞ」


 リディアの言に総統は度量の広いところを見せた。リディアは立ち上がる。そうして老人を見て回る――その目に嫌疑が消えることはなかったが。


「ふむ、どう見てもただの老人ではないか」


「左様ですね」


「では……いかがいたしましょう」


 衛士の一人がおそるおそる尋ねる。


「解放してやれ。この先もアシュド・グレイを名乗るなら、このまま一人で生きて一人で死んで行くであろうよ」


 鷹揚に総統はこういった。またおそるおそる衛士の一人が総統に言う。


「ですが世界を墜とす恐れが……」


「老人に最早そんな力はあるまい。放っておけ。それにこの第八十七次仮象幻想世界がかりそめの世界であることは曲げられない事実。アシュド・グレイと自称する者もそのたびに泡のように現れよう。それをいちいち相手にしては置けぬわ。解放せよ」


「ご英断にございます」


 総統の決定に衛士は礼をする。しかしそこに凛とした声が響いた。リディア・アビゲイルである。


「異議がございます!」

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