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アシュド・グレイと灰の亡霊たち  作者: remono
第一部 世界を墜とすと騙るものが奇蹟を起こすまで
4/18

転輪は回る(後編)

「え、どういうことですか?」


 老人の突然の告白にさすがに首をかしげるアシュドに老人は言う。


「うむ、いや、アシュド・グレイだったと言った方がいいかな。わしも若い頃は世界を壊すことにあこがれて咎人アシュド・グレイの名を借りたのじゃ。なにしろ世界を自由に回るのにこれほどうってつけの名前もありませぬからの。そしてお前さんのように人々をだましながら世界を旅した。ま、その罰か。老境の今になってもわしは独り身のただのしがない物乞いとして生きておりますがな」


「そうだったのですか!」


「というわけで、おまえさんのアシュド・グレイも借り物じゃろう。あのころのわしと同じように、な」


 老人の皮肉をアシュドは即座に否定する。


「いいえ、僕は本物です。かつてあなたが本物だったように」


「いやいや、わしが本物だったことなど無いよ。ずっと自分と他人をだまして旅をしていたのだ。先ほど真なると言ったことはひどい冗談だ。忘れてくれ」


 老人がは照れくさそうに否定する。アシュドはそんな老人に首をかしげそしてけたたましい声で言った。


「いいえ、本物でしたよ。僕が保証します。僕の頭は少し狂しているけど、それは、それだけは! 保証します!」


「ははは、そうかい」


 老人は悔しそうに地面につばを吐く。そして今度は全てを馬鹿にしたように歯の抜けた口で笑った。自分の人生に真実など無く、その罰として自分は今ここにわびしく生きているのだと信じた者の笑いだった。


「ひょっとして、あなたは人生に失敗したと思っているんですか?」


「なぜそう思う?」


「僕は狂っているので、わかるのですよ」


 アシュドの言葉に老人は少し考え込みやがて言った。


「そう、だな。そうかも知れん。わしはずっと自分の人生を後悔して生きておるよ」


「そうですか。でも、ですね、どう生きたとしてもあなたの人生は本物です。道中どんな人間の皮を被っていたとしても。生きたあなたの人生は、あなただけの物ですよ! あなたはあなただけの人生を生き、そうして今死んでいこうとしている途中の存在なのです!」


「……やめてくれ」

 けたたましくも浪々とかつ快活なアシュドの言葉を遮るように老人は口を出す。もう別れる頃合いだった。アシュド・グレイは言う。


「そうですか、では止めます。そして僕はもう行きます」


「そうか。お前さんの人生も幸、有らんことを」


「おじいさんも。世界の終わりに安らかに逝けますように」


「ああ、願っていてくれ。ま、お前さんが世界を墜とす前にわしの命はつきるだろうがな」


「ははは、意外と僕の方が早いかも知れませんよ。……それでは!」


 そうしてアシュド・グレイは広場を暴風のように駆け抜けて旅を続けようとする。目指すは大地のへそ、しかしそこに至るまでの道を今や誰も知らない。老人はそんなアシュドの背中を見つめていた。そこには悔恨の念があった。


 自分の人生は失敗だった。彼のように気ままに生き、そうしてその気ままさを生ききれなかった。そう、自分は諦めたのだ。アシュド・グレイであることを。そして自分の前をまた道を違えた青年が通る。その足取りは明るくてまばゆい。老人はそれを見送っている。苦虫をかみしめたように。もう二度とは会わない青年の背中をいつまでも、いつまでも。


「……っ!」

 ふと何かにとりつかれたかのように老人は駆けだし、豆粒ほどになっていたアシュド・グレイの後ろ姿

に向かって叫ぶ。


「おおい、おおい! アシュド・グレイ! 一つお前さんに伝えることがある!」


「? なんですかー!」


 アシュドは歩みは止めずに首だけ振り返り老人の方を向く。そんなアシュドに老人はさらに声を張り上げて叫んだ。


「大地のへそでは無い。惑星(ほし)の賢者を探すのじゃ。へそを隠した星の賢者を。それがわしがアシュドであるとき悟ったことなのじゃ! かつてアシュドだったわしが、今のアシュドであるおぬしにたった一つだけ伝えられることなんじゃ!」


 老人は手を振る。アシュドも足を止めることは無かったが、感謝の意味を込めて手を大きく大きく振った。


「ありがとうー! アシュド・グレイ! いまはそう呼ばれたくないでしょうが――僕はあなたをこう呼びますよ!」


「……」


 老人はもう答えず。首だけをこくんこくんと何度も縦に振った。そして手を振って青年を見送る。手を振る相手はかつての彼自身だったかも知れず、これからの彼かも知れないアシュド・グレイ。なぜこんなことを言わねばならぬと思ったか、老人にさえもよくわからない。本当は別のことを言うべきでは無かったのだろうか。これで十分だろうか。それともまだ言い足りないだろうか。老人はアシュド・グレイの後ろ姿に向かって手を伸ばそうとする。


 その手が唐突に掴まれ、後ろ手にひねられる。群衆の通報でようやくやってきたこの町の衛兵達がアシュド・グレイに関わった者として老人を荒々しくも捕らえたのであった。


 そして衛兵の一人が老人に問う。


「じじい、貴様あの男――アシュド・グレイと何を話した!」


「た、たわいも無いことでございます。どうかおいぼれのしたこと、お許しを」


 老人が言うが衛兵は許さなかった。


「いいやだめだ! この薄汚い物乞いめ。全部聞いていたぞ。アシュド・グレイに関わるな。おまけに助言までしやがって。お前もこの世界に生きる者の心得は知っているだろう!」


「……さようですか。たしかにそうでしたな」


 老人は理を思い出したようだ。同時に冷めた心がわき上がってくるのを感じた。かつて自分が受けた仕打ち。アシュド・グレイとして生きて手にした自由と、代償として受けた冷淡。それは望んでではあったが老人の心を冷たくさせた。言葉にもそれが出たようだ。老人の言葉を聞いて衛兵はいきり立った。老人をの腕をますますひねり捕らえ連行しようとする。老人は痛みに耐えてそれに従った。けれどもそれではまだ足りないのだろう、衛兵は老人の脇腹を小突くと口汚く問う。


「おい! じじい、名は!」


「……名ですか」


「そうだ、老いぼれの貴様にも名が有るだろう!」


 そう聞かれ老人は天を見上げ、しばらく黙っていたが、やがて祈るように自らの名を口にした。それは彼ら衛兵にとっては当然、驚くべき名前である。


「……アシュド。わしの名はアシュド・グレイと申します」

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