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アシュド・グレイと灰の亡霊たち  作者: remono
第一部 世界を墜とすと騙るものが奇蹟を起こすまで
2/18

転輪は回る(前編)

 架空の世界を生きるとはどんな気分だ?


 仮象の世界を駆け抜けてゆくというのは、どんな感じだ?


 幻想を受け入れて生きるというのは、どんな心地だ?



 君の問いに答えよう。君は僕かもしれないが。


 ――うれしい心地。それはそれはうれしい心地だ。



 夢を見ていた。たわいのない夢を。軽く伸びをし、アシュド・グレイは起き上がった。心は澄んだ気持ちだった。今日も新しい朝がきて、それがアシュドの心に気持ちよかった。世界は今日も変わりなく回る。この世界が丸いことはすでに周知の(ことわり)だった。朝がくるところにはやがて夜が来て、夜があるところにはいずれ朝が訪れる。恒星は昼を照らし夜に隠れるものであることをアシュド・グレイは知っていた。それでも朝を喜ぶのがアシュドという存在の本性なのだ。アシュドは思う。ああ、朝、朝! 朝は素晴らしい! 何でもできるような気分にさせて、そうして何一つできずにその日を終える。それでも夜を越えて朝日は巡る。何事もなかったかのように。まるで何事もなかったかのように!


 アシュドは嬉しく歩き出す。昨日は疲れて倒れ、道端で眠っていた彼が今日は雄々しく歩き出す。アシュドも世界も、それが嬉しい。いいや世界の意思など今のアシュドには皆目わかりはしないが、きっと嬉しいだろうと彼は信じる。信じていこう。アシュドの心はすでに壊れているのだから。アシュドは歩き、歩き、歩き、歩く。


 アシュドが朝を喜んでいる間に少し世界を語ろう。ここは地球とよく似た惑星世界だ。太陽に似た恒星に照らされ、四季があって昼夜も来る、そんな世界。少し違っているのは、この世界が架空のまがい物だと皆が知っているというところ。真実の世界はどこかにあって、そこにはどうしてもたどり着けないことを住人達は皆了解していた。そうして到達できない真実の世界をこの世界の用語で未踏世界と言う。


 彼らの言う未踏世界はもしかしたら、この、今私が語っている現実と呼ばれる世界かもしれない――が、それは誰も知るよしもないことだ。未踏世界。それはどのようなものか。知るものはない。そう、このアシュド・グレイを除いては! そうアシュド・グレイこそ未踏世界を語るもの。未踏世界に足を踏み入れて戻ってきたとされるもの。未踏世界へ皆を導くとされるもの。その頭は狂していて、しかし足取りは速かった。ほら、足取りも軽くもうあんな遠くまで行っている! さあ、急げ! 急げ! 我らも急げ!


 見たまえ空は高く晴れ、旅をするには絶好の日だ。そんな中をアシュド・グレイはけたたましくも足早に歩いている。通りすがりの旅人に、旅の目的を問われ、笑いながら『世界を壊すんです。ええ墜とすんです!』とうれしそうに語る。アシュド・グレイは上機嫌であった。旅人がその答えにぎょっとして離れていくのも知らず、アシュド・グレイは上機嫌であった!


 花は咲きほころび牛は草を食べ、川の水はとうとうと流れる。美しいこの世界を墜とすのはアシュドである彼だ。息せき切って今や駆けんばかりの勢いで歩むアシュド・グレイその人だ。この世界は誰も彼のことを知っていて、しかしながら彼の真実を何も知らない。露の朝に独りでに生まれた彼のことを――悲しいかな何も知らない。しかし今や彼がアシュドだ! アシュドと呼ばれる存在は彼以外に無く、彼以外にアシュドの名を継ぐものはない。少なくとも彼はそう信じていたし、だから大いに胸を張って言うべきだった。彼が、彼こそがアシュド・グレイだと! だから彼は都市国家マルクートのはずれにある村の市場の中心でうれしさのあまりそう叫び、その場の全ての人間が振り返った。アシュド・グレイ。それはこの彼らの住まう第八十七次仮象幻想世界を墜とす化け物の名。あるいは(かばね)。誰もがそう知り、それ以外のことは何事も知らぬ。だから人がその名前を聞くときは恐怖を伴うものだった。

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