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アシュド・グレイと灰の亡霊たち  作者: remono
第一部 世界を墜とすと騙るものが奇蹟を起こすまで
18/18

奇蹟(後編)第一部完

「何事だ!」


「わ、わかりません!」


 しかし皆すぐに異変に気づく。建物中から血があふれ出しているのだ。血は滝のようにあふれ陣地を濡らしていく。


「食料を高いところへ!」


 叫ぶが、間に合わない。


 混乱が輪のように広がっていく。ザルードの射手たちも撤退命令を受けて引き下がっていく。

 

 ギュスターヴは痩せたトーニオを抱きしめると抱え上げ高台へ避難する。


「父さん……来てくれたんだね。夢じゃないよね」


「ああ、夢ではないよ。ちょっと待っていろ。傷むかも知れないが。二本とも貫通していたのはむしろ幸いだった。


 そう言ってギュスターヴはトーニオに刺さった二本の矢尻を折り、矢をトーニオの体から抜いた。トーニオが悲鳴を上げる。


「父さん痛い!」


「我慢しろ。お前もアイリスの子なら」


そして懐から蒸留酒を取り出しトーニオの傷口に注ぎ込む。


「!」


 声にならない苦悶の表情をするトーニオ。


「すまんトーニオ。だがこんな状況じゃすぐ傷が腐ってしまうからな。それにこれは元々お前の差し入れだ」


 こくこくと首だけで返事するトーニオ。


 トーニオの治療を終えギュスターヴは高台から血に濡れる聖都を見下ろし呟く。


「まさか、アシュド・グレイがこれをやったのか……?」


 そう思っていると背後からここ数日で耳慣れた声が聞こえてきた。


「ギュスターヴさん! ご無事ですか?」



「アシュド・グレイ!」


 その声には心なしかおびえが含まれていた。


「僕はトーニオさんを救いにやって来ました。トーニオさんはどこですか?」


「トーニオなら……、そこにいる」


「よかった、救えたんですね!」


 満面の笑みでアシュド・グレイは言う。相手の不審に気づかないで。


「この血の海はお前……いやあなたが作ったのか」


「そうですね……そう、なるのかな。確かにアシュドの足跡を踏んだのは事実です。そしたらこのありさまですよ、ははは」


 アシュドは笑うが帰ってきたのはおびえた言葉だった。


「化物……」


「え?」


「化物と言ったんだ! やはりアシュド・グレイはこの第八十七次仮象幻想世界を墜とす化物……」


「ではいままでの虚無主義者はお捨てになったんですね!」


 アシュドは素直に喜んでみせる。ギュスターヴの恐怖も知らないで。


「息子さんは怪我をしている様子ですね。では協力して息子さんを城外まで運びましょう。それからマージルへ二人お帰りになるがいいでしょう。何なら僕らも同行しましょう。僕は惑星の賢者を探す当てがなくなってしまって困っているんです。ははは」


 そういってアシュド・グレイはかがみこみトーニオに触れようとする。


「トーニオに触れるな! 化物め!」


「え? ギュスターブさん……?」


「いや声を荒げてすまん。だがもう俺たちに関わらないでくれ。頼む。アシュド・グレイ」


「アシュド」


 後ろから声がする。振り返ればリディアだった。


「人は自分と違う存在を恐れるものだ。灰殺し、アシュド・グレイ。そういった輩を。この親子も同じだ。せめてここで笑って別れるのがいいと思う」


「あなたは?」


 ギュスターヴがリディアに向かって尋ねる。リディアは静かに言った。


「灰殺しのリディア・アビゲイル」


「!」


 ギュスターヴの顔が明らかに恐怖に変わる。


「ふ、そんなものだ、人は」


 寂しそうにリディアは言った。アシュドもようやく理解する。


「すみません。ではギュスターヴさん、ここでお別れしましょう。二人ともご健勝で!」


「すまない。我々を助けようとしたのに。このようなことしかできなくて」


「いいんです。それではトーニオさんもさようなら。あなたの落とした紙がなければ僕はギュスターヴさんに会うこともできなかった」


 アシュドは言い、ギュスターヴはアシュドに一つの情報を教える。


「アシュド。あなたに最後に一つ、伝えることがある。あなたが本物かどうか疑わしかったからいままで黙っていたのだが――惑星の賢者はザルードの東部にいると言われている」


「どこでその情報を?」


「虚無主義者で作る手紙の往来というのががある。イシュマエル、都市国家群、そしてザルードさえも含む巨大なものだ。そこで我々は惑星の賢者がザルードの東の方にいるとの情報を共有した。情報源の名は伏すが嘘をつくような人間ではない。確実な情報だ」


「ありがとう、ギュスターヴさん。では僕はザルード領へ向かいます」


「危険な旅だぞ。実在主義のザルードではアシュドの名は捕縛対象。お前……いやあなたの名は隠しておくがいい」


「警告感謝します。では、お元気で! リディアさん、行きましょう」


「おおアシュド・グレイ、私と共に行こうと言ってくれるのか。お前は」


 アシュドの言葉にリディアは言った。


「はい。当然です。目標は同じ惑星の賢者。ならば一緒に参りましょう」


「ありがとう。アシュド・グレイ。ではさらばだ、そこの親子達。情報、感謝する」


 そう言ってギュスターヴとアシュド・グレイは別れた。アシュドとリディアが目指すはザルード帝国。


 そこは創造神への深い信仰である実在主義がはびこる帝国。そこで本当にリディアとアシュドは惑星の賢者を見つけることができるのか。そして実際に奇跡を起こしてしまったアシュド・グレイを周辺国はいかに評価するか。


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