足跡
大聖堂の中は広々として良く音が反響した。天から陽光が入る仕組みになっており、アシュド・グレイが踏んだという足跡を中心に光で照らされていた。この聖堂は足跡を中心に建てられているのだ。しかし兵士達に守られ、アシュド達の場所からはよく見えない。
そして光の差さない影。そこに白いローブを頭まですっぽり被った信者達が亡霊のように立っていた。あれが聖都の狂信者達。この戦乱に心を痛めずイシュマエルの血を吸い上げ続ける狂人達。
狂信者――信者の一人が言った。だがどの信者が言ったのかここは音が反響しているせいか、誰が言っているのかわからない。
「ようこそ。アシュド・グレイと名乗るものと忌まわしい灰殺し」
「僕は名乗るものではありません。本物のアシュド・グレイです!」
「それはいずれわかるだろう。まずは灰殺しからだ。前に出よ」
そう言われてリディアはアシュドとつないでいた手を離し前に向かって歩き出す。兵士がリディアの動きを監視する。
「灰殺しの証を見せよ」
そう言われるとリディアはゆっくりと額の包帯を外し烙印を見せた。それを見て信者達は恐れおののく。
「確かにそれは灰殺しの証。恥さらしの灰殺しめ。永遠に仮想世界をさまようがいい」
リディアはうなだれた。しかしここに来た理由を思い出すと彼らに質問する。
「申し訳ありません。あなたがたに伺いたいことがあって参りました。あなたたちは惑星の賢者について何かご存じではないですか?」
「この後に及んで惑星の賢者の力で救われたいと願うか!」
リディアはやはり惑星の賢者が灰殺しを癒やすという伝承は本物だったと思い内心喜んだ。しかしそれを表情に出すことなくリディアは言った。救われたい一心で。
「はい、私は救われたいのです。灰殺しすら癒やすという惑星の賢者の居場所をどうか、私に教えてください!」
「僕も知りたいです。大地のへその場所を知りたいので。まああなたがたが大地のへその場所を知っていれば一番いいのですがね!」
後ろからアシュドがいつものようにけたたましく言うと信者達はひそひそと話し合う。
「……」
そしてしばらくざわめきがあって答えが返ってきた。
「我らは何も知らぬ……惑星の賢者の居場所も大地のへその場所も」
「そう、ですか……」
肩を落とす二人。そんな二人に声がかかった。
「灰殺し、お前への用事が終わった。お前は間違いなく灰殺しアシュド・グレイを殺し、永遠に地をさまよう者。次はアシュド・グレイと名乗るお前だ。お前は本物か? 隣にアシュド・グレイを殺した灰殺しがいてもお前は自分が本物だと主張するのか?」
「僕は本物です。疑いようもなく本物です」
ひそひそと含み笑いが起き、言葉が返ってきた。また相変わらず誰が言っているのかわからない。
「……ならこの試練を受けてもらおう」
「どんな試練です」
「ここに我らがザルードから延々と守ってきたアシュド・グレイの足跡がある。それとお前の足跡を比べてみようではないか。合えば本物。違っていれば偽物。これほどわかりやすい証明方法はないだろう? どうか?」
信者達の声にアシュドは迷うことなく応える。
「……いいでしょう。その試練、受けましょう」
「はは、恥をさらして死ぬがいい」
アシュドは兵士に導かれ、アシュド・グレイがここ聖地に降り立ったとされる足跡の前に立つ。当然その記憶はアシュドには無い。聖地に来るのも初めてだ。
アシュドは足跡を見る。右足だけの足跡が天蓋からの光に照らされていた。
アシュドは右足の靴を脱ぎ足跡を踏んだ。当然のことながらそれは合うことはない。
「合いませんな」
見ていた兵士も報告するように言った。
「やはり偽物か」
「いいえ、僕は本物です!」
アシュドは叫び、まっすぐな目でそう言う。信者達はせせら笑った。
「まだ言うか、こんなに決定的な証拠があるというのに! もういい、殺せ!」
信者達はそう言い、兵士達は槍をアシュド・グレイに向ける。
「何度も言います。僕は本物のアシュド・グレイです! この第八十七次仮象幻想世界を墜とし新たな世界へ導く者です!」
狂しているアシュドはそう言い、強く足跡を踏みしめる。こぽりと音がして、そして、アシュド・グレイの奇蹟が起こった。




