ネジカの大牢(中編)
「くそ、トーニオまで無益な戦争に巻き込まれるとは!」
おとなしくアシュド・グレイの話を聞き終わると吐き捨てるようにギュスターヴは言った。そして続けて言う。
「俺も聖都に行くぞ。トーニオだけは救わねばならん」
「冗談をおっしゃるではない。あんたはとらわれの身。聖都に行けるはずがありません」
「聖都に言ってもどうせ無駄死にだ! ここにいるのと何も変わらん!」
「では僕が行きましょう。聖都へ。ちょうど物聞きの用事もあったことですし」
「ふん、聖都の堅物はバカばかりだ。何も知らんぞ」
「では、あなたは何かご存じですか? もし惑星の賢者についてご存じなら教えていただきたいのですが」
「アシュド・グレイに教えるわけなかろう! アシュド・グレイにかかわることなかれ。この掟はここでも通用する」
「では手早く済ませましょう。あなたは空虚主義者なのですね。なぜですか?」
「それは決まっている! この馬鹿馬鹿しい戦争がどれだけイシュマエルの国土を疲弊させてるか知らないのか! お前もその一味だ! アシュド・グレイ!」
「それでは順番が逆ですね。戦争を止めたいから空虚主義者になったのであって、空虚主義者だから戦争に反対しているわけではない、と」
「むむ……それは」
「アシュド・グレイは実在しますし、未踏世界へはいずれたどり着くことができるでしょう。この世界で生きた全ての物に意味はあり、僕の導きによって新たな生を受ける……。まあ僕自身も実際のところ実感はないですが。この世界が仮象なのはみんながご存じの通りだと思います」
「ふん、弁が立つな、貴様」
ギュスターヴがいまいましく言うとアシュドは礼をした。
「お褒めいただきありがとうございます。僕はどこかでたらめをしゃべっているような気がしてならないのですが」
「たしかに貴様の言うとおり空虚主義者になったのは戦争を止めるためだ。しかしアシュド・グレイはこの戦争を止められるのか? もしもそれができるのならば私は主義をころりと変えるだろう」
「僕は戦争を見たことがありません。どのようなものかも。知らなければならないと思います。そのうえで止められる物なら止めます」
「戦争を知らんのか。バカか貴様」
「すみません。それとそもそもなぜイシュマエルは聖都を守っているのですか?」
アシュドはふと聞くとギュスターヴの渾身の怒号が帰ってきた。
「馬鹿野郎! そこにアシュド・グレイが天から使命を受けて降り立ったとされる足跡があるからだ。ザルードの奴らはそれを破壊しようとしているのだ。それが世界を真の実在に導くと信じてな! 貴様が本物のアシュド・グレイなら知っているはずの物語だぞ!」
「そうなんですか、僕はアシュド・グレイですけど知りませんでした」
顔色一つ買えること無く狂しているアシュドは答えた。ギュスターヴは案内人に聞く。
「おい、こいつ本当にアシュド・グレイか?」
「私はなんとも……」
戸惑う案内人に対してアシュド・グレイは朗々と唱えた。
「僕は紛れもなくアシュド・グレイです。そのイシュマエルが唱えるように聖都に天から降りてきた記憶はありませんが」
「やっぱりこの世界は空虚なのではないか?」
「それは違います」
ギュスターブの天に向けた問いにアシュド・グレイはきっぱりと答えた。
「まあいい。とにかく俺は聖都に行かなくてはならぬ。さらわれた息子のトーニオを助けねば」
「それなら僕もご一緒します」
アシュドが言い、案内人が慌てて止める。
「ギュスターヴ氏! 駄目だって言っているでしょう」
「だが出なければトーニオは死ぬ。間違いなく、な。くそっ!」




