ネジカの大牢(前編)
ネジカ通りには人通りがまるで無かった。閑散とした町並みとやけに広い道路。物乞いすら近寄らない寂れた街。それがネジカ通りだった。
大牢の場所はすぐわかった。入り口にこの街には珍しい若い男の門番が二人。そしてその先に地下に向かって通路が延びている。
「失礼ですが!」
アシュドはいつものようにけたたましく若い門番に向かって声をかけた。門番が警戒の長槍を向ける。アシュドはそれにひるみもせずに用件を言った。
「僕はアイリスという人に面会に来ました。会わせてはくれませんか?」
アイリスと言う名前を出したとたん二人の男達は目配せで会話し合う。やがて片方の門番が歩いて近づいて尋ねてきた。
「いつもの男の子じゃないんだね」
「彼は聖都に行く馬車に乗せられてしまいました。それで代わりに僕がやって来たというわけです」
「ああ、それはかわいそうに。あの馬車に乗ってしまったら最後、二度と戻ってはこれまい」
「それでお孫さんに代わってギュスターヴ・アイリスさんに会いたいのですが、かまいませんかね?」
「うーん。困ったなぁ。上からはアイリス氏にはあの子以外会わせるなと言われているし、何より君の素性が知れない」
「僕の素性ですか! よくぞ聞いてくれました。僕はアシュド・グレイ。この第八十七次仮象幻想世界を墜とす化物なのです!」
芝居がかってアシュドが言うと二人は驚いたように互いに顔を見合わせた。
「アシュド・グレイが空虚世界論者のギュスターヴ・アイリスにわざわざ会いに来るのか?」
「はい、会います。僕は世界の全てを未踏世界へ導かねばなりません。そのためには空虚世界論者でも実在世界論者でも会わなくてはならないのです!」
けたたましくもそう言うとアシュド・グレイは二人を見つめた。真顔だった。狂していても世界を救うという使命については何も疑わない顔だった。二人は考え込みやがて言った。
「いいだろう、君が本物のアシュド・グレイなら」
「はい僕は全きアシュド・グレイその人です!」
アシュドが言うと門番達は目配せし合って、やがて決めた様に一人がアシュドに返事をする。
「よろしい、では案内人を呼んでこよう」
アシュド・グレイは門番に呼ばれてきたちびの案内人と一緒に地下へ降りる。牢屋のほとんどが空っぽで人影がほとんど無い。
「ほとんど誰もいませんね! どうしたことですか?」
「みんな人狩りで聖都に送られちまったよ」
「ギュスターヴさんも聖都に?」
「あの人は別さ。学があるし息子が付け届けをたびたび持ってくるのでね。大部屋ではなくて個室にいるよ」
「そうですか。ギュスターヴさんはここにいるのですね。安心しました」
アシュドが言うと案内人は小声で言った。
「大部屋で残った連中に空虚主義を広められても困るしねぇ」
「なるほど。理解しました」
「それにしても、あんたが本物のアシュド・グレイならはやくこの状況をなんとかして貰いたいねぇ」
「はい、そのために惑星の賢者を探している最中です。惑星の賢者。あなたはごぞんじですか?」
「いいや、しらないね」
「おばあさんの話ではひどい刑罰を受けていると聞いたのですが……」
「刑吏も戦場へかり出されちまったよ。ここはもう人を閉じ込めておく施設でしかないよ。それより着いた。ここだよ。おおいギュスターヴ氏! 面会だよ!」
そう言ってから案内人は鍵で個室の扉を開ける。そこには割合血色の良い足だけを鎖でつながれた中年の男がいた。アシュドの顔を見て言う。
「知らん顔だ」
「僕はアシュド・グレイです。お孫……いえ息子さんの代わりにやって来ました」
「アシュド・グレイだと!」
「はい。本物のきぐるいこと第八十七次仮象幻想世界を墜とす化物ことアシュド・グレイです。あなたが空虚世界論者なのは知っています。まあ論戦は後にしましょう」
「トーニオは、トーニオはどうした?」
「それが息子さんのお名前ですか」
「当然だ!」
「では説明しましょう、僕がここに来ることになった理由を」
アシュド・グレイはこれまでのことをギュスターヴ・アイリスに簡潔に説明した。




