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フクジュソウ

作者: 蝙蝠

――――――一日目






 不思議な感覚。

 自分が起きているのか、眠っているのかも分からない。


 これは夢?

クライ。暗い。冥い……。


 意識が朦朧とする。

 自分が何処にいるのか分からない。

 まるで宇宙の真ん中でユラユラと漂っているようで……。


 コワい。怖い。恐い……。

 誰か、誰か助けてよ……。

お父さん!お母さん!


 竜胆……!!






 ハッ!

 ……気づけば目を見開き荒い呼吸をしている自分がいた。体は汗だくで来ている服が貼りついて気持ち悪い。開いている窓からは心地よい夜風が入り込み、自分の肌を撫で火照った身体を冷やしていく。今は何時だろうか?外に目を向けると高い位置に満月が見える。昨日寝る前に何をしていたかさえ思い出せないが、きっとよほど疲れていたのだろう、と自分を納得させる。


 彼女は上体を起こすと深く深呼吸をする。体を起こす際に体と来ている服が擦れ、未だに湿っているのが分かった。深夜で家族を起こすかもしれないが、この汗塗れの体を綺麗にしようとシャワーを浴びよう、とベッドから降りようとしたその時だった。



『よう。起きたか?』



 ヒッ、っと短い悲鳴を上げ声の聞こえてきた方向を見る。火照った身体と顔に鳥肌が立ち、一気に身体が冷めていくのが分かった。いつも聞きなれた父親や、ましてや仲のいい弟の声でもない、低くて暗くて頭に纏わり付くような声。思わず息を呑み込み、汗の渇きとは別に体が冷えるのを感じた。


 窓の縁にいたのは手のひら程の大きさの生物だった。

 窓際に置かれている黄色い花の植木鉢のすぐ手前に腰掛けて此方を見ている。頭には植木鉢と同じ黄色い花が生え、その身体は茶色く植物の根っこのような風貌であった。手は3本の細い枝のような指しかなく、脚は太い枝でずんぐりとしている。その植物の顔には目玉の無い闇を感じさせる穴と、細長く横に伸びニッコリを笑っている口がついていた。



「……妖精さん?」

『アンタ、よく俺様を見てそんなことが言えるな。』

「だってお顔は怖いけれど、頭のお花がとっても可愛いのだもの。」



 私はそういって微笑む。

 表情の分からない花の妖精も私の笑顔に苦笑しているようであった。



「それで貴方は何者なの?」

『ご想像通り、花の妖精さ。まぁ、こんな形をしてるがな。頭の花さえなければもっとかっこいい風貌になるんだがな。』



そう言って、花の妖精は既に細い口を更に細くする。



「へぇ……。それで貴方は何か私に用があるの?」

『用……っていうか、たまたまここに持ち込まれただけだよ。というかおまいさん、自分の状況把握できるのかい?』

「状況……?」



 そんな花の妖精の言葉に辺りを見渡す。そういえば私の部屋はこんな場所で会っただろうか?いや違う。ぬいぐるみと淡い暖色の家具に囲まれた誰が見ても女の子の部屋と分かるようなものであったが、この部屋はむしろ病院に近いような……。



『そうだよ。ここは病院だ。何も覚えてないのか?』



 と私は改めて自分の服装を見る。今着ているのはいつも自分が寝間着としているモノではなく病院着だ。更に自分の腕には点滴の針が刺さっており、今も何かが自分の体へ送り込まれている。



「私……、全然覚えてない……。」

『ふーん。そうかい。まぁ仕方ないな。あんた倒れたらしいぜ?弟さんが言ってたよ。』

「竜胆くんに会ったの!?」



 竜胆――それは私の溺愛する弟の名であった。いつも可愛がり、目に入れても痛くない。最近は反抗期なのか一緒にいることが少なくなったがそれでも私の一番大好きな人であった。



『あぁ、俺様はアンタの見舞いとして連れてこられたからな。俺様の花の名前は【福寿草】。花言葉は「幸せを招く」。だ。』

「そうなんだ……!」



 私は大好きな弟に見舞いをしてもらったことに嬉しさを隠せず、顔に手を当てて照れてしまう。そんな私を見ながら、福寿草の妖精はため息を深くついた。



「教えてくれてありがとう福ちゃん!あ、私の名前は鬼灯っていうの。」

『そうかよろしく……ってなんだその福ちゃんってのは!』

「え?だって福寿草の妖精さんなんでしょ?だから福ちゃん。」

『俺様にそんな名前が似合うと思ってんのか!』

「え~似合うよ~。福ちゃん可愛いし。」

『まじかよ……。』



 笑顔でニコニコ語り掛ける鬼灯に、福寿草は先程より深いため息をついた。






 ◆◇◇◇◇◇◇






 ――――――二日目



「おはよう福ちゃん!」

『あぁ……。あぁ、おはようさん。』



 朝からテンションの高い鬼灯に福寿草は煩わしそうに挨拶を返す。



「なんだか元気ない?福ちゃん昨日ちゃんと寝た?」

『ちげぇよ!その呼び方で元気なくなるんだよ!』

「でもちゃんと挨拶返してくれるんだね!」

『あー!もう!』



 そんな仲のいい会話を広げる鬼灯と福寿草。



「そういえば福ちゃんは昨日、竜胆くんに会ったんだよね?どうだった?どうだった?」

『あ?アンタの弟さんか?あー。まぁ、ちゃんとアンタのこと心配してたし、いい奴なんじゃないか?』

「そうなの!!」

『ッ!』



 突然の大声に、耳を塞ぐ福寿草。と言っても手には細い枝のような指が三本ついているだけで、その手でちゃんと耳を塞げているかは分からないが。そもそも耳があるのかすら分からない。もしかしたら穴が空いているだけかもしれない。だが、それを除いても福寿草が竜胆を褒めた瞬間にベッドから乗り出し、福寿草に顔を近づけで興奮している鬼灯に気押されていたりもする。



「竜胆くんっていい子でしょ?竜胆くんったら昔から可愛くて、私もつい世話焼いちゃうんだけど、あ、でも最近はちょっと反抗期っていうかお姉ちゃんそこまでしなくていいから!って言って何かと断ったりすることも増えてきたんだけど、でも昔からお風呂も寝るのも何でも一緒でずっと見てきたお姉ちゃんとしては、私が大人になってもずっと見ていてあげたいなんて思ってたり……、って違うよ?別に好きとかそういうんじゃなくて、あ、好きって言うのはあくまで男女的な意味で、竜胆くんが嫌いというわけじゃ……。」

『分かった!分かったから落ち着け!』



 これはダメだ。福寿草はそう思った。次から竜胆の話題を出すときはどうにかして掘り下げないようにしよう。そう心に強く決めた。そんな福寿草は大きな声をあげてから鬼灯が口を開けたまま固まっているのに気づく。



「あ……、ごめん。またやっちゃった……。」

『そのなんだ。いつもそうなのか?』

「うん……。竜胆くんのことになっちゃうともう周りが入って来なくなって、いつも友達に止められたり……。」

『まぁ、でもそれだけ好きってことだろ?』

「……!うん!そうなの!竜胆くんってね?……」

『(あ、やっちまったわ……。)』



 また褒めてしまった。今日一日中は弟の話で終わるんだろうな、と福寿草は思った。目の前で熱く語る鬼灯は止まる気配が全くない。掘り下げるどころか、話題に出すことすら辞めた方がいいと後悔する。



『(今日もいい天気だなぁ……。)』

「ちょっと福ちゃん聞いてる?」

『おう!?も、もちろん聞いてるぜ!?』



福寿草は外を見て、現実逃避をしようとしたが、鬼灯は許してくれなかった。






◆◆◇◇◇◇◇






 ――――――三日目



「……。」

『……どうした?そんな黙ったりして。』

「なんか、おかしくない?」

『何かだ?』

「誰もお見舞いに来ない!竜胆くんに会いたい!!」

『あー……。』



 鬼灯は苛立っていた。苛立っているが別に見舞いに来ない家族に怒っているわけではない。見舞いに来ない家族と会えなくて寂しく、そして悲しいのだ。



『いや、ちゃんと今日も来たぜ?』

「え!嘘!?」

『アンタが寝てる間にな。』

「え……。」

『まぁ、仕方ないよな。朝早かったし。竜胆にも学校があるんだろ?』

「どうして起こしてくれなかったのよ~~~~~!!!」

『ぐぇ!やめろ!こんな硬い体だけど苦しんだぞ!』



 面会のタイミングが合わなくてショックを受けていると思ったが違ったらしい。起こしてくれなかった自分のせいだと鬼灯に責められ、その体のバランス的には太い首を絞められる。



「あ、ごめんなさい……。」

『ゴホッゴホッ。まぁ、いい。次来たらこっそり起こしてやる。』

「竜胆くんに姿見られたら駄目なの?」

『駄目って訳じゃないが……。一応、俺様はアンタの見舞いの品だからな。アンタが元気になる為にいるんだから他の人に力使いたくないんだよ。』

「でも竜胆くんになら別にいいかな……って思ったり?ほら幸せはみんなと分け合いたいでしょ?」

『……。そうだな。もし次に竜胆が来たら起こしてやるよ。』



 一瞬。福寿草が鬼灯を見る目が変わった気がした。しかし鬼灯は気づかないふりをした。鬼灯は、福寿草の言葉に今までと同じような笑顔で返事を返した。






◆◆◆◇◇◇◇






 ――――――四日目



「……?」

『どうした?部屋の隅なんか見つめて。』

「ねぇねぇ。福ちゃん。なんか部屋変わってない?」

『部屋が変わってるだと?俺様の本体が置いてある場所も変わってないし気のせいだろ。』

「そう……、ならいいけど……。」



 いつものような笑顔を見せない鬼灯を福寿草は珍しい、と思った。いきなり倒れたと言っても原因不明といっても動じなかった彼女が、まるで別人のように弱っている。



『ほ、ほら、竜胆の話でもしようぜ?アイツ今何やってんのかな?』

「ねぇ、福ちゃん……。」

『な、なんだよ……。』

「わたし……治るかな。」

『……。』

「入院ってするの初めてだけど、もっとお医者さんとか検査とかするものじゃないの?楽しいのだけれど、私ここに来てから福ちゃんとお話してばっかりだよね……。」

『それは……、』

「ごめん。なんでもないの。私こういうの初めてで。今日は早めに寝るね。おやすみなさい、福ちゃん。」



 福寿草は今日、鬼灯の体調が悪くなっていることに気づいていた。しかし、治療を行えるのは医者のみで福寿草はただ祈ることしか出来ない。いつの日か鬼灯を祝うことができる日を信じて。






 ◆◆◆◆◇◇◇






 ――――――五日目



「とうとう夜ね。」

『あん?』



 鬼灯が起きた時、福寿草と出会った日と同じような夜であった。違うのは月のかけ具合だけ。あの時は綺麗な満月であったが、今日は三日月になっている。その月は天の高い位置ではなく、どちらかというと水平線に近い位置にあり、遅い深夜の時間であることを示していた。



「ううん。夜に起きちゃったなぁって。朝に起きれれば竜胆くんを会えたかもしれないのに、この時間に起きちゃったらきっと起きれないわね。」

『体調が優れないんだ。いずれ会えるんだ。寝てた方がいいと思うぜ。』

「会える?本当に?」

『あぁ、俺様の花言葉は言っただろう?「幸せを招く」んだ。アンタにとっての幸せは竜胆と会うことだろう?』

「……鬼灯。」

『は?』

「今まで福ちゃん、私のこと『アンタ』としか呼んでない。名前で呼んで欲しいな。」

『ケッ。俺様は誰かと深く慣れ合うつもりはないんだ。竜胆って名前言ってるのもアンタに言われたからなんだぞ?』

「……。」

『……分かったよ。鬼灯。これでいいか?』

「うん!……で、なんで福ちゃんは私が竜胆くんと会えるって分かるの?」

『これでも永く生きてるからな。俺様が人前に顔出すなんて滅多にないんだぞ。』

「……そっか。フフッ。ありがとね。」



 ……その後当たり障りのない会話を続ける二人。鬼灯にとってこの病室で会話できた相手は福寿草ただ一人。竜胆との関係には遠く及ばないが、この短い期間で二人の距離は意外に縮まったのかもしれない。

 そして会話が途切れる。静寂が病室を包み、再び笑顔を失う鬼灯。



『もう寝るか?辛いだろ?』

「……ううん。もうちょっと。」

『竜胆も心配するぞ?』

「竜胆くん……。……ねぇ福ちゃん。」

『どうした?』

「あのね。竜胆くんはきっと私のこと恨んでると思う。仲のいい姉弟だと昔から言われてきたけど、きっとあの子は昔から私と比べられて、お父さんにもお母さんにもよく怒られてたから……。」



 ポツリポツリと呟きだす鬼灯。その言葉にジッと耳を傾ける福寿草。



「親から愛されなかったのは私のせいでもある、そう思って竜胆くんに接してきたけど、それさえも竜胆くんが私に甘えてるって思われてたみたい。だから……、私にもしもがあったら、私に届けられなかった幸せは竜胆くんに全部挙げてね?」

『……。』



 無言になる福寿草。しかし、弱った身体で福寿草の目を見る鬼灯の目には力強いものを感じた。だから福寿草は自身の体で鬼灯のお願いに肯定の意を示した。鬼灯はその返事を見ると、静かに、まるでやり残したことが終わったように眠りについた。






◆◆◆◆◆◇◇






 ――――――六日目



「暗い。」

『……。』

「暗いよ……福ちゃん……。」

『俺様に言われてもな。流石に天候とか時間を変えられる力は持ってねぇよ。』



 福寿草の言葉に失笑を示す鬼灯。しかしその身体は昨日と違い一気にやつれたように細い。

 今日、鬼灯の起きた時間も夜であった。月はさらに細くなり、持って曲げたらすぐさま折れてしまうそうなくらい細い三日月だ。



「やっぱり……気のせいじゃないよね。」

『……何がだ?』

「フフッ。知ってる癖に。」

『……。』


 何か含みを見せた鬼灯の笑顔も、その鬼灯の言葉に何も返せなかった福寿草の言葉にも二人は無言を貫いた。



「夢を見たの。」

『夢?』

「うん。私が死んで、竜胆くんが泣いてる夢。

『……そうか。』

「うんっ!」



 短い会話でも笑顔を絶やさない鬼灯。



「それと……、竜胆くんが私のことを凄い攻めてる夢。」

『それは……!』

「夢だよ。嫌な夢。だから忘れるの。竜胆くんはいつも傷ついて、いつも悲しんで、いつも辛いけど、私は大好きで、私の一番だから……。」

『………………。』

「……。おやすみ。福ちゃん。」



 福寿草の長い沈黙。その沈黙に優しく微笑むと、鬼灯は再び眠りについた。






◆◆◆◆◆◆◇






 ――――――七日目



 夜。今日は新月。新月、というのは少し語弊があるかもしれない。しかしどちらにせよ月は全く見えない。鬼灯は起きていた。しかしベッドに身を任せ目を閉じ休んでいた。時たま目を空ければ病室を見渡し目を閉じる。その繰り返しだ。



「あと……どれくらいかな?」

『……いつから気づいた?』

「うーんと、三日前かな?部屋の様子がおかしくなった辺り。」

『……。』

「最初はただの私の、私の中だけの世界かな、って思ってたけど、違うんだね。……だってこの部屋が狭くなってるのってただの闇のせいじゃない。よくみると植物のツルみたいなのが見えるね。」

『鬼灯。アンタよく落ち着てられるな。』

「ふふん。これでもお姉さんだからね!」



 元気な鬼灯。しかし福寿草の目からもそれは空元気だということが目に見えて分かる。それに対し、福寿草は鬼灯の元気に付いていけなかった。まるで訳が分からないと感じているように。



『関係あるのかそれ……。』

「関係あるよ!お姉さんは凄いんだからね!だから……、大丈夫。」

『そうか……。』

「それに福ちゃんが約束してくれたからね!幸せを招いてくれるって」

『もしかしたら嘘かもしれないぞ?』

「嘘じゃないよ。例えその方法が私の思ったのと違うとしても絶対に幸せを招いてくれる。私はそう思うな。」

『……。そうか。そろそろ……時間だ。』



 時間。そう言った。



「うん。ありがとう福ちゃん。そしてよろしくね?」

『あぁ、意外と楽しかったぜ。』



 そして鬼灯のいたベッドはつるに包まれ、嫌な音を立てて小さくなった。その植物は病室の壁一面に貼りついており、太いものは人間の腕の太さと同等のものまであった。そしてそのつるは病室の窓際の一つの植物から伸びていた。



 名を福寿草。花言葉は幸せなモノであるが、その花は毒草。そして裏の世界ではこんな意味を持っている。



 『複呪草』




















































◆◇◇◇◇◇◇






弟――――――二日目



「そ、んな……。」



中肉中背の四十代くらいの男性が膝から崩れ落ちる。医者に掴みかかろうとしていた手は力なく垂れさがり、顔も完全に俯いている。



「嘘よ……。なんで……。鬼灯じゃなくたっていいじゃない……!」



その近くではハンカチを顔に当て号泣する男性と同じ年齢くらいの女性。その夫婦であろう二人の背後には高校生くらいの青年が一人佇み、呆然としていた。この三人は家族だ。しかし、三人以外にももう一人家族がいる、それは長女の存在だ。しかし、その長女は、



「桂鬼灯さんは、自発呼吸は確認され脳幹の機能は正常に作動しています。しかし、それ以外の大脳、小脳の活動が全く確認できません。所謂……植物状態、という状態です……。」



 それが医者が長女に出した診断だ。その結果に親は悲しみ、弟である竜胆も、呆然と足ち尽くすしかなかった。






◆◆◇◇◇◇◇






弟――――――三日目



「見舞いに来たよ姉さん。」

「一昨日、姉さんに見舞い品を持ってきたんだけど、喜んでくれたかな?」

「本当は果物だと思ったんだけど、鉄板すぎるし、花を贈ろうと思ったんだよ。」

「花屋のおば……お姉さんに相談したら、勧められたんだ。この『福寿草』。花言葉はね『幸せを招く』とか『永久の幸福』とかあるんだって。」

「そうそう、今日からまた学校だよ。昨日はちょっと流石に行けなかったからね。姉さんのお弁当が食べれないのは少し残念だけど、元気になるの待ってるからね!……だから起きてね。姉さん。」



 桂竜胆は病室にいた。病室の主は竜胆の姉、鬼灯。しかし、会話は無い。それもそのはず、鬼灯は二日前に原因不明で倒れ、植物状態となってしまったからだ。竜胆はそんな姉に話しかけるが勿論返事は帰って来ず、鬼灯は静かな呼吸を繰り返すのみであった。

 しかし竜胆は諦めない。昨日は余りのショックに家に引きこもっていた。両親も、鬼灯の診断にショックを隠し切れず、泣いてばかりいた。



「今日、学校帰りに何をしたか話にくるよ。だから楽しみに待っててね。」



 そういって、竜胆はスクールバッグを手に取り、病室を出て行った。






◆◆◆◇◇◇◇






弟――――――四日目



 その日は昨日と何かが違った。竜胆が朝に鬼灯の病室を訪れた時は何事も無かった。だからなにも起きないと思っていた。しかし……。



「―――――!!!」

「―――――!!」

「―――――、―――――!!!」

 


「何……が……。」



鬼灯の病室前で突然医者と看護師が出入りし始め、騒いでいるのが聞こえる。

 その言葉からいいことではないことだけは竜胆にもしっかりと分かっていた。バッグを持つ力が入らなくなり、床にドスッっと落ちる。そして呆然と立ち尽くす竜胆に一人の看護師が気づく。



「桂さん!?」

「は、はい!」

「貴方のお姉さん、鬼灯さんの呼吸が止まったの!今ドクターが処置して、ご両親にも連絡が言ってるけど、貴方もお姉さんの近くにいてあげて!!」

「――――。」



 衝撃すぎてことばが入ってこなかった。呼吸が止まった?植物状態。危篤。集中治療室。色んな言葉が頭をよぎる。

 その後のことはあまり覚えていない。看護師と医者に言われるままに行動し、いつの間にか声をあげ、いつの間にか倒れ、いつの間にか姉の病室にあるソファで休んでいた。途中親も来て、泣きながら医者と何かを放していた。落ち着いた竜胆は、鬼灯の眠るベッドに近づく。昨日は無かった人工呼吸器が設置されている。医者の言うには脳死一歩手前だという。このまま脳幹の機能が完全に失われれば、いずれは……ということらしい。



「姉さん……。」



 竜胆は、静かに眠る鬼灯の手を握る。心なしかいつもベタベタと触れてくる姉の体温より冷たい気がした。まだ生きているはずなのに、その体温から"死"を感じているような気がした。



「明日、また面白い話持ってくるから、元気になっててくれよ……。」



 そう言い残し、竜胆は病室を後にした。






◆◆◆◆◇◇◇







弟――――――五日目



「姉ちゃん来たよ。起きてる?」



今日も学校帰りなのか、制服姿で竜胆が顔を出す。そして綺麗な顔で眠っている鬼灯の脇に座る。しかし鬼灯は反応せず、竜胆は悲しそうな顔を浮かべる。



『よう。』

「――ッ!」



そんな時、背後から声がかけられる。驚愕する竜胆だが、突然かけられた声にびっくりしただけで、声の主が分かるとため息を深くつく。



「まさか声をかけられるとは思わなかったぞ。」

『ククク。まぁ、そういうなって。』

「今日はなんでまた話しかけて来たんだ?」

『まぁ、竜胆の姉さんに頼まれてな。』

「は?どうゆうことだ?」



まるで知り合いのように話す福寿草と竜胆。まるで、ではない。彼らは知り合い、とまでは行かないが互いのことを知っていた。



『まぁ、いろいろあるのさ。それよりどうだ?最近。』

「最近も何も変わらない毎日さ。姉さんがこうなったのは俺のせいだって親に責められたよ。姉さんは悪くない。でもこの世界は理不尽だよな。」

『クカカ。その捻くれた性格は変わってないな。』

「ウルサイ。姉さんには感謝してるけど、無知な姉さんも悪いんだよ。……本当に姉さんは俺のモノになるんだよな。」

『あぁ、俺様は嘘はつかねぇよ。俺の花言葉は……。』

「知ってるよ。『幸せを招く』、だろ。」

『知ってるならいいんだよ、……知ってるならな。』



 そして竜胆は病室を後にした。眠ったままの鬼灯と福寿草が残る。遠ざかっていく足跡が完全に消え、その場に鬼灯の心電図の音だけが響いていた。その病室で口角をあげ笑い声をあげた福寿草がポツリと呟く。



『クハハ。知ってるか、竜胆とその姉。俺様の名前が福寿草だからと言って良い意味だけとは限らないんだぜ?俺様の花言葉は「幸せを招く」「永久の幸せ」……、そしてもう一つは……。』



 ――悲しき思い出。



 そんな福寿草の言葉は誰にも聞かれることなく病室に響いた。






◆◆◆◆◆◇◇






弟――――――六日目



「姉さ……ん……?」



 その日、竜胆が病室に行くと、鬼灯の担当医師が悲しそうな顔で待っていた。



「嘘……だよな、姉さん……。」



 医者は首を振る。自発呼吸が無くなって二日も回復の可能性があったのは奇跡見たいなものらしい。植物状態は大脳と小脳が機能停止している状態、そして呼吸を司る脳幹すら今回機能停止してしまった。それは脳全体の機能停止を意味し、それはつまり……。



「脳、死……。」



 医者のいなくなった部屋で竜胆は何故こうなったのか考えていた。こうなるはずでは……。殺すつもりはなかった。死ぬとは思っていなかった。



『よぉ。』

「テメェ……。」

『おいおいやめろよ。俺様は約束は破ってないぜ。』

「俺の『姉さんを俺のモノにしたい』って願いでなんでこんな結果になるんだ!」

『クカカ。俺のもう一つの花言葉を知ってるか?』

「何の関係があるんだ……。」

『いいから。』



 竜胆は不審ながらも思い出し答える。



「『永久の幸福』。」

『それもあったな。俺が答えて欲しいのは「悲しき過去」って方さ。』

「悲しき過去……?」

『つまりな、鬼灯は死んだんだ。それは鬼灯はもう既に過去の人間、つまり一番接してきた竜胆、お前の中に鬼灯が一番残ってるってことなんだぜ……。』

「そんなこと言われたって姉さんはもう死んでるじゃないか……!!」

『よく考えろよ。今なら何しても許されるんだぜ?』

「今……なら……?」



 人工呼吸器を使ってはいるが、呼吸をして生きながらえている鬼灯、その頬に触れる。その体温は死んでいるとは考えられないほど暖かく、竜胆の自制心が薄れていく。



『じゃあ後は竜胆、アンタの好きにしな。』



 そして姿を消す福寿草の妖精。

 竜胆は人工呼吸器を静かに外すとその唇に口づけをした。そしてすぐ戻す。



「ハッ、ハハハ……。」



 竜胆の中で何かが壊れる音がした。






◆◆◆◆◆◆◇






弟――――――七日目



「亡くなった……?」



母親と父親が崩れる。

昨日脳死と診断された鬼灯が亡くなった。その亡骸に泣きつく両親、その後ろで呆然としている竜胆……。少なくとも医者や親の目からはそう見えただろう。
















親も医者もいなくなった病室で佇む竜胆。



「竜胆……。」



と親がドアから声をかける。



「クッ……ウッ……。」



 両親はその泣き声にそっとしておこうと病室のドアを閉める。竜胆に当たらなかったのは、鬼灯が死んで声をあげる気力もなかったからか、それとも1人残った自分達の子供に何かを感じたのか。

 しかし、竜胆は泣いていない。むしろ口に手を当て必死にニヤける顔を隠しているだけであった。



『よぉ竜胆。お前がやったのか?』

「あぁ……福寿草。そうだよ。昨日いろいろ考えたんだ。このまま姉さんが俺のモノだとしても、やっぱり俺が最期を占めれば、永遠に俺のモノだよね……って。」

『俺様もびっくりの変わりようだな……。』



「まぁ、福寿草には感謝してるよ。」

『クカカ。まぁ、俺様は契約さえ守ってくれれば何もいうことは無いぜ。』

「あぁ、契約は守るよ。」

『クヒヒ、じゃあな竜胆。』



 そして病室に置かれていた黄色い花は姿を消した。






◆◆◆◆◆◆◆






弟――――――零日目



「おまいさん、一体どこからアタシの情報仕入れたんだい。」

「今の世の中じゃ情報なんて探し放題さ。まぁ、これも都市伝説の一つだから貴方を見つけれたのは少し驚いたけどね。それより本当なんだろうな?」

「ハッ、まぁアタシを見つけれたんならその願いを聞こうじゃないか。」

「あぁ……俺の願いは――。」






「ふーん。下らないね。」

「下らないってなんだよ!」

「まぁ、いいさね。人の願いなんて人それぞれだからねぇ。」

「で?叶えてくれるのか!?」

「そうさねぇ……。半分。」

「え?」

「おまいさんの今から死ぬまでの寿命半分で契約してやろう。」

「なっ!そんなことっ!」

「願いを叶えるんだ。寿命の半分なんて安いモノだろう?アタシャ本物の魔女なんだよ?それくらい要求してもおかしくはないだろう?若いの。ヒヒ。」

「……いいだろう。それで契約だ。」






 ◇






「で、これが呪いの花?」

「あぁそうやね。『福寿草』。幸せを運ぶ花だが、こっちの世界では言霊で『複呪草』って言って強力な呪いのアイテムさ。」

『……なんだ?俺様の出番か?』

「喋った!?ってこいつなんなんだよ!」

「福寿草の妖精さん……さ。ヒヒヒ。まぁ、仲良くやりな。」

『よぉ、ボウズ。俺は福寿草。お前の願いは何だ?』

「お、俺は竜胆だ。願いは――。」











『あぁ、そうだ。契約の対価は払って貰わないとな。』

「対価って……。」

『契約に対価は付きものだろ?対価はボウズの寿命の半分だ。』

「それはもう了承した!だから叶えて貰うぞ!!」

『クヒッ、分かった。きっと満足できるモノを用意してやるよ。』



 その時、竜胆は福寿草の怪しい笑いに気が付かなかった。そして最後までこの会話が竜胆の運命を変えるとは気づかないままだった……。






◇◇◇◇◇◇◇





弟――――――一日目



『本当だったろう?』

「あぁ……。」

『何だ?心配してるのか?大丈夫だ。ボウズの願いは俺様が必ず叶えてやるよ。』

「なら、いいが……。」



 そして病室に着く竜胆。その手には包装された福寿草。



「やぁ、姉さん。これお見舞い品だよ。」

「明日、診断結果が出るんだってさ。……体、何も悪くないといいね。」

「じゃあ、姉さん。明日また皆で来るよ。今日は遅いから父さんも母さんも来れないってさ。」

「じゃあね。」






◆◆◆◆◆◆◆






弟――――――八日目



「ハァ!ハァ!騙したな!!」

『騙してないぜ?竜胆。お前は魔女の婆さんに寿命の半分を支払う契約をした。契約を執行しないまま俺様と出会って、そしてまた寿命の半分を代償に願いの契約をしたんだ。これで竜胆の寿命は俺達のモノってな。』



ここは竜胆の自室、。しかし一般高校生の部屋とは言い難い。何故なら部屋の壁一面には植物のツタや太い枝がびっしりと貼り付いていた。




「そんなの詐欺じゃないか!」

『勘違いする方が悪い。それに別に竜胆にとって悪い話じゃないと思うぜ?』

「ど、どうゆうことだ?」

『鬼灯の精神を呪っていたのは俺様だぜ?そして食べたのも俺様。つまり……。』



 福寿草がそういうと、壁のツタや枝が変形し、一人の女性の姿を取っていく。その女性は一糸纏わぬ姿であり、竜胆のよく知る女性であった。



「姉……さん……。」

『そうだ。鬼灯だ。』



 しかし竜胆は首を振る。



「偽物だ!!」

『いいや違う本物だ。なんなら触ってみてもいいぜ?』



 ツタや枝に絡まれていた鬼灯の身体から離れていく植物。その光景を見て竜胆は、静かに鬼灯に近づいていく。そして触れる。あの日触れた場所と同じ、頬や手、唇をなぞり……。



『あぁ、そうか……。これで本当に永遠に一緒だね……。姉さん。』



 涙を流しながら呟いたその言葉はいつの間にか竜胆を囲むように縮小した枝に包まれ……部屋には誰の姿も残らなかった。






◇◇◇◇◇◇◇



花言葉

 竜胆――悲しんでいるあなたを愛する

 鬼灯――偽り、ごまかし、欺瞞

作者の作品に対するあとがきです。読まなくても問題ありません。




◇◇◇

時系列がちょっとバラバラだったので読みにくかったかもしれません。


姉の話は全て深夜(22時~3時)帯での出来事で、現実ではなく鬼灯の心の中、もしくは精神世界の描写です。詳しくは決めてません。一応月の満ち欠けは鬼灯の寿命のようなものを表しており、空想の世界の示唆になっております。現実ではこんなにはやく満月から新月になりません。現実の鬼灯は1週間ずっと寝たっきりです。

対して竜胆の話は朝だったり夕方だったりです。


福寿草が悪役なのに鬼灯とよく会話してた理由は……実はあまり思い出せません(笑)何ぶん2年くらい前なので。多分、少しでも明るい心のままでいさせたかったとか、心が元気な方が最後美味しいとかそんな感じです。


魔女と福寿草は典型的な悪役と思ってくれればいいです。福寿草は魔女の忠実な手下の1人です。2人は金で雇われたり、気分で動いたり。魔女は竜胆に対してその若さと態度から金がないことが分かっており代償は寿命でもらったという設定だった気がします。


それではまたいつか。

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