田辺を助けに行かなくては(完結)
彼女達は追ってこなかった。
わたしが放り出した裕樹の携帯を拾っていたからだろう。それに、それさえ手に入ってしまえば、わたし達には用はないってことかもしれない。第一、わざわざわたしと田辺の口を塞いだところで、警察の追及を逃れることは出来ない。町田が証言するだろう。それならば、一刻も早く、現場から立ち去った方がいい。そう思っていてくれることを期待した。
わたしは、彩子達の考えが変わらないうちに田辺を助けだすことにした。
町田の車はドアが開けっぱなしになっていた。
それに乗り込むと、キーもついていた。あの二人には、車に細工している時間は無かったはずだから、別に意外でもなかった。エンジンをかけ、走り出した。今ごろになって、足首と体中が痛み出した。
その建物はすぐに見つかった。使われなくなった詰所のようなものに見えた。例えばダムを建設したときに使ったものかもしれない。それともダムが出来る前からあったのかもしれなかった。ともかく、建物の由来なんか調べている余裕は無かった。
鍵を使って正面のドアを開く。建物の大きさから見て、中は3部屋くらいしか無いと思われた。正面の鍵は妙に新しかったから、彩子が付け替えたのもしれない。中はまったく手入れされていなかった。ほこりっぽくて、すえた匂いがした。
幽霊が出そう。そう思ったけど、中にはいるしかなかった。幸い、町田の車の中をあさったら、洗ったかどうか分からない気替えの下から安物のライトが出てきたから、それを持っていた。ただ、ライトはそれが照らし出したところだけ明るくて、他はかえって暗く見えるものなのだ。余計に不気味だった。
「田辺くん?」
わたしは声に出した。コンクリートの壁に反響して不気味に響き渡る。
「田辺くん?」
2、3度呼んだところで、一番奥の部屋から声が返ってきた。
「あ、ここです。よかった。」
そこまで行ってみると、その部屋にも鍵がかかっていた。その鍵はない。
「ちょっと待ってて。アストの車から工具を持ってくるから。」
扉の向こうに叫ぶと、返事が返ってきた。
「確か、町田先輩の車には大型のバールが入っていたと思いますよ。」
おいおい、一体そんなものまで積んで、町田は何をするつもりだったのだろう。とにかく、それを取りに行った。戻ってきてみると、ほこりっぽい匂いの中に、油のような匂いが混じっていることに気がついた。
わたしは、バールの先を苦労してドアの隙間にかけようとたがなかなかうまく行かなかった。太すぎたのだ。それでも暗い明りの中で努力した。最終的にドアの一部に隙間を作ることに成功したのは15分くらい後だった。
「下がっていて、今から開けるわ。」
わたしはドアの向こうに叫んだ。力を込めて、バールを押した。ミリミリと音を立ててドアが歪んでいった。
「待ってください!」
その時、田辺が叫んだ。
「え?」
そう、わたしが言った瞬間、ドアのところでバシッと火花が散った。
それは、手製の爆弾だ、と警察の人は言った。
ドアの開閉をスイッチにして電気が流れるようにしてあったらしい。もし、ショートしていなかったとしたら、二人とも大怪我をしたかもしれない。そう言うと、警察官は笑って言った。
「この程度では死なんよ。爆薬も花火から抜いたものだし、量も大したことはない。少なくとも、ドアの外側の人間は大した怪我はしなかっただろうよ。」
それを聞いて、わたしはほっとしたが、田辺は青ざめた。爆弾は田辺のほうにあったのだ。
「バールでこじあけようとしたのが幸いしたんだな。もし、鍵を使っていたら、確実に破裂していただろう。こういう単純なものは、確実性が高いんだ。ま、処理は簡単だがね。」
パトカーに乗り込みながら、ふと、最初に田辺が彩子を尾行したときのことを思い出していた。あの時、彩子が最初に立ちよったのがホームセンターだった。そこで買ったのは、電池や弁当箱だったような気がする。それは、爆薬を入れる容器に使うものだったのだ。
ま、本当に弁当箱として買ったけど、たまたまそういう用途に転用した、のかもしれないけれど。
どっちでもいい、と思った。
彩子は、わたしの常に先回りをしていたのだ、と知って落胆していたのだ。所詮、わたしは本物の私立探偵では無い、ということだ。
わたしは、背もたれに体を預けた。傾斜したリアウインドーから夜空が見えた。意外にも満天の星空だった。まるで降るように星々が輝いていた。
警察では、しっかりしぼられたけれど、とにかくわたしは怪我をしていたし、殴られてもいたから、2時間ほどで病院に向かった。彩子達は捕まっていなかった。
病院ではレントゲンを何枚も撮られ、念入りに検査をされた。でも、それよりわたしは熱いシャワーを浴びたかったのだが。
何枚もの絆創膏と足首に固定のテーピングを施され、暗い待合室に追い出された。ベッドで安静にしていろ、とは言われなかったところをみると、重傷ではないらしい。そこには付き添いの刑事がいたが、西口の姿は見えなかった。わたしは、ぼんやりとベンチに腰をかけた。早朝の待合室には他に人がいなかった。
しばらく、ぼうっとしていた。
階段を降りてくる人影に気がついたのは、あまりに静かだったからだ。それは、ゆっくりと歩いてきて、わたしの隣に腰を下ろした。
「やっぱり、おれも行けば良かったよ。」
町田は、ぼそっと言った。
「アストは腕を折っていたじゃない。」
「ああ。そうだった。」
力無く言った。わたしと目を合わそうとしない。わたしを危険な目に合わせたことを自分のせいだと感じているのだろうか。
「腕はどうだって?」
わたしは、町田の大丈夫な方の手にそっと自分の手を重ねながら言った。
「きれいに折れている、とさ。」
「まだ痛む?」
「麻酔が効いているから、今は。治りも早いらしいよ、きれいに折れているほうが。」
「そう。それは良かったわ。」
町田はじっと動かなかった。目の前の床を見つめていた。
「あの女は、結局、何を探していたんだ?」
ぼそっと、町田が言った。
「携帯電話。たぶん、中に入っている情報よ。」
それから先は、警察が調べ上げた。わたしは、ただどうしたらいいかを言っただけだ。単純なことだった。
アドレスを入力して、そのホームページを開き、そこで番号を打ち込む。パスワードが携帯のメモに入っていた数字だというわけだ。
意味を持たないただの数字とアルファベットの羅列によるアドレスでは、知らない人は決して見つけることが出来ない。当の本人さえ、覚えることは難しいだろう。だから、何処かにメモを残す必要があったというわけだ。
そして、そこに現われた情報は、何十人にもおよぶ個人情報だった。それから画像。何処かで隠し撮りされたものから、ビデオからのキャプチャーもあった。裏ビデオの画像などもあった。それに、説明や脅迫文がついていた。彩子が欲しがっていたのは、このホームページだったのだ。
もちろん、警察はこのホームページを閉鎖した。そこに書き込まれていた振込先口座についても調査をした。けれども、それは遅すぎたのかもしれない。彩子が、そのホームページの内容をコピーした後だったのかもしれないからだ。彩子がどんな方法でそれを隠すのかは分からなかった。
しかし、これで警察は脅迫の被害者達の情報を握ったことになる。この先、彩子達が脅迫を続けるとすれば、いつかしっぽをつかまれることになるだろう。
裕樹は、脅迫する相手に意外に安い金額を払わせていたようだ、と西口は言っていた。それが、このビジネスの長続きの理由かもしれない。握っていた情報にしても、それほど大きなものでは無かったらしい。おそらく、彩子達は知らなかったのではないだろうか。巨大な脅迫ビジネスがそこにあるのだ、と思い込んだのではないだろうか。
とはいえ、わたしはうんざりした。
そんな男のことを、一瞬でも好きになってしまったことを、だ。
普通の生活に戻ったのは、それから3週間後のことだった。
毎日、警察や病院に行っていた。わたしの怪我は大したことはなかったが、町田の通院に付き添っていたのだ。それから、吉岡の裁判のこともある。
まだ、この先、裁判所で証言しなくてはいけない。
とにかく、いろいろ片がつくのに3週間もかかってしまったのだ。
おかげで、夏期講習の単位は落とすことになった。
教授に泣きつくか、来年もう一年やるか、どっちかしかないという状況だ。
わたしは、もう一年通おうか、と思っている。
そろそろ、アストが来る時間だ。
最初の診断通り、腕の骨もくっついて、アストは乗っていなかったバイクの保険に入り直した。わたしが、FZRでツーリングに行く、と行ったからだ。
「奈々一人で行かせると危ないから、おれも一緒にいくよ。」
アストがいるからって、安全なのか、と思ったけど、1週間くらい出かけようと思っていたから、心強いことは確かだ。それに、アストがそのつもりでも、わたしはそういう気持ちになるまではそのつもりはない。
でも、ひょっとしたら、それでもいいかもしれないとも、少しだけ思っている。
読了ありがとうございます。
正直、書いた時から随分と時間が経っており、どうしようかとも思いましたが、多少の手直しでアップしてしまいました。
まったくもって申し訳ございません・・・^^;)
ひとまず、これで完結とさせていただきます。
明日からは別枠で「続・杉並大学探偵事務所」を連載いたします。
え?
いちおう、半年後ぐらいの設定で、なんかほら、奈々、卒業しちゃうし・・・「続」かなって思って・・・




