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杉並大学探偵事務所  作者: カダシュート
憂鬱は暗闇に消えて
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憂鬱な

 突然、携帯電話が鳴り始めた。

 わたしの携帯が着信を知らせている。

「もしもし?」

 電話に出ると、田辺がまくしたてた。

「奈々先輩、大変です」

 なんだか、田辺が言うと大変な感じしないんだよなあ・・・。いつも、大変、大変って言ってるような気がする。

「どうしたの?磯崎くんに何かあった?」

「えっと、何かあったわけではありませんが、何か起きたんです」

 まただ。要領を得ない。

「何があったの?」

「その哲学的に言えば、彼の身に危険が迫っているというわけではありません。つまり怪我は大したことが無いと、医者も言っています」

 だから、要件を早く言いなさいよ。

「物理的に言えば、消失したわけですけど、怪我をしていないというわけではありません」

「あのね、ナゾナゾをしている暇はないのよ」

 もしも田辺が目の前にいたら、絶対に座布団かなんかで叩いている。イライラした。

「あのですね、怒らないでくださいね、奈々先輩」

「なに?なにをしたの?」

「あ、怒ってる。言いたくないです・・・」

「怒らせているのは田辺くんでしょう?」

思わず、怒鳴った。その部屋にいた山田と麻美が、びくっとしたのが目の片隅で見えた気がした。

「いえ、そういうわけではないと思いますけど・・・」

「だから、なんなの?」

「あのですね・・・磯崎さんがいなくなりました・・・」

 奇妙な沈黙。

「いなくなった?磯崎がいないってどういうことよ?」

 わたしは、再び大きな声を出してしまった。でも、最初からそう言えば、きっとわたしはこんなに怒ったりはしなかったはずだ。田辺が余計なことを言うから悪いのだ。

「あの、それがですね、ちょっと目を離したすきに・・・」

「病院からいなくなったっていうの?」

「そうなんです。お腹が痛くてですね、それでトイレに行ったんです。そしたら昨日食べたアイスクリームが良くなかったんだと思うんです。一度、溶けてしまったアイスだったんですけど、もったいなかったので再び冷凍庫に入れてですね・・・」

「あの、それって磯崎くんと関係がある話なの?」

「えっと・・・ありません」

「じゃあ、田辺くんの食生活なんて興味ないんだけど」

「そんな・・・それは、ひどいです」

 そういうことじゃないだろう?

「もう、わかったから、とにかくこっちへ来てよ」

 わたしは、ため息をつくと、そう言った。

「あ、もう一つ報告があります」

「なに?」

 トゲのある声だと、自分でもそう思った。

「あの、こっちは良い知らせです」

「なによ?アストでも見つかったの?」

 しばらく沈黙が流れた。なんなの、この間は。

「なんで知っているんですか?電話、したんですか?」

 再びため息をついた。

「どうせ、どこかで遊んでいただけなんでしょう?電話をしてきたのね?」

「まあ、普通に言うと、そうです。遊んでいたわけではないみたいですけど」

「わかったわ。アストは今、何処にいるの?」

「大学です。事務所にいます」

 つまり、サークル棟にいるわけだ。

「じゃあ、そこへ集まりましょう」


 麻美のことは気になったけれど、山田と、もう一人いるんだから大丈夫だろう。わたしは、彼らが乗ってきていたカローラバンに乗り込むと、真夜中になろうとしていた街へ走り出した。

 ため息が出る。どうしてわたしはこんな場所で、こんなことに関わっているんだろう。探偵の真似事なんてしたいわけじゃない。いや、それ以上にドラッグなんてものに係わりたくないのだ。彼女は、麻美は、どうしてドラッグを手に入れようとするのだろう。

 でも、ふと思う。そうじゃないって。そんなことは関係ない。わたしは、現実から逃避しようとする人たちのことがわかる、のかもしれない。そう、わたし自身が現実から遠く離れたいと思っているのかも。

 考えたくないわ。ラジオのスイッチを入れる。音楽を期待したけれど、流れ出たのは夜のニュースだった。

 山梨の何処かのコテージでドラッグパーティーを開いていた若者が殺傷事件を起こしていた。山梨県警が捜査中。逮捕された若者は意味不明のことを口走り要領を得ないのだという。

 こんな時に、そんな事件のことは聞きたくなかった、と思う。大きくため息をつくと、わたしはカセットテープを挿し込んだ。ビヨンセが流れ出す。誰のテープなんだろう。山田の、かな。

 アルコールもタバコもドラッグの一種。マリファナを擁護するする人は、口を揃えて、そう言う。いや彼らだけじゃない。ドラッグ中毒になっている人は、みんなそう言うのだ。アルコールに溺れるのも、覚醒剤に溺れるのも同じこと、一方は合法だけれど、一方は違法、そこだけが違うけれど、人間としては同じことだ、と。

 真夜中のイルミネーションが、走っていくカローラバンの窓ガラスを通して後方へと流れ去る。

 わたしは、大学生になる前に、いや、なってからもそうだったのだけれど、かっこよい女になりたいと思っていたような気がする。かわいい、と言われるんじゃなくて、カッコイイと言われたかった。男の子にはモテないかもしれないけれど、別にいいわ。そう思っていた。わたしはわたしの生きたいように生きるんだから。誰かに頼って生きていくのはいやなの。

 でも、現実はそうではない。学生という身分は、言いかえれば親のスネをかじっているという意味だし、留年するのは目に見えているし。

 それに、わたしの彼氏は・・・

 洋一は、死んでしまった。交通事故で。残されたバイクだけが、FZRだけが彼の思い出を語る。でも、それを見るのもつらいから・・・。生きているのが嫌だとは思わないけれど、積極的に何かをする元気ももてない。そういう暗い考え方をしたくないから、わたしはウイスキーを買ってきたりしているような気がする。

 言い訳かもしれないけれど。でも、ひょっとしたら、本当は・・・それも口実なのかもしれない。わたしは、どうしてこんなにも憂鬱なのだろう。


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