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杉並大学探偵事務所  作者: カダシュート
瞑想は水底に沈んで
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そういえば田辺のことを忘れていた

 そういえば田辺のことを忘れていた。

 大学へアストを探しに行かせたままだった。携帯へ電話する。

「出ないわね。アスト、一緒に来てもらっていい?」

 アストと一緒に部屋を出る。着信を入れてあるから田辺は掛け直してくるだろう。

「それと、裕樹の部屋からCD-Rを持ってきてるの。中身を確認したいわ」

「奈々、それって不法侵入なんじゃないのか・・・それだけでも警察に尋問される理由にされるってこと、わかっているよな?警察にばれたらヤバいぞ」

「アストが言わなきゃバレないわよ」

アストは軽く首を振る。

「奈々、やっぱり殺人については吉岡が一番怪しい」

「そうね。動機はわからない。恐喝グループの一味だったのか、それとも恐喝される側だったのか。けれど見つかっていないインプレッサに何か隠されていると思うわ」

「そのCD-Rが恐喝のネタなんじゃないのか」

「かもしれないんだけど、それなら吉岡が持ち去らなかった理由がわからない」

 サークル室に着いたが田辺はいなかった。1年の部員が一人、漫画を読んでいる。

「パソコンつけてもらえる?CD-R読み込めるやつ。それと田辺君来なかった?」

「いえ、来てないっすよ。来るんすか?」

「たぶん・・・」

そう言いかけた時、携帯が鳴った。田辺から、と液晶が言っていた。

「もしもし、田辺くん?」

呼びかけたわたしに、相手は返事をしなかった。

「もしもし?電波が切れてるのかしら?」

「掛け直せよ。」

そう、町田が言った時、電話の向こうから田辺では無い声が聞こえた。

「あの子は預かっているわ。」

聞き間違えるわけは無い。彩子の声だった。

「どうして、あなたが・・・。」

「そんなことはどうでもいいわ。死に損ないのあんたなんかに、いい思いはさせないわ。荷物を届けなさい。それと引き替えに彼を返してあげる。今は素直に気を失っているだけだけど命の保証なんかしないわよ。また連絡するわ。すぐに用意しておくことね。」

「ちょっと待って・・・。」

わたしの返事を待たずに電話は切れた。わたしは、田辺の電話に掛け直した。

 呼び出し音だけが無常に響いた。

 「どうする、奈々。」

町田は、立ち上がって言った。

「どうするってやるしかないでしょ。吉岡を問い詰めるのよ。」

「うまくいくかな。」

「いかせるしかないわ。警察は当てにならないわ。殺人犯とその共犯だもの、わたし達は。それに彩子が理性的でないことは証明済。このままじゃ田辺君は意味もなく殺されかねない」

「ああ、あ。なんでこうなるんだろうな。」

「そんなこと言ってる場合じゃないわ。行くわよ。車、出して。」

わたしも立ち上がりサークル室を出る。町田は1年にCD-Rの中身を確認したら電話するように叫びながらわたしを追いかけた。


 「作戦はあるのか?」

町田は、信号待ちでいらいらしながらそう言った。

「今考えているの。」

わたしはそう言うとじっとダッシュボードを見つめた。あせればあせるほど言い考えは浮かばない。

「とにかく、やつの居所を知っているだけでもこっちが有利、だよな。」

自信無さそうにつぶやいた。


 吉岡のアパートにはすぐについた。大した距離では無かった。つまり、プランはあまり思いつかなかった。けれど、吉岡はわたしが、ここを知っていることに気付いていない。

「電話するわ。」

「誰に?」

「吉岡よ。」

わたしは、ポケットからぐしゃぐしゃになった紙切れを取り出した。あの、ビデオに出ないか、と言われた時の紙切れだ。名刺とは呼べない貧相な紙切れだ。

 何度かのコールの後、吉岡が電話に出た。

『はい?』

「蓮田奈々よ。いつか、あのマンションで会った。」

『あ、おじょうちゃんかい。ビデオに出る気になったんかい?』

「冗談言わないで。」

『じゃあ何のようでっか?』

途端に冷たい声になって言った。

「裕樹から奪った品物について、よ。」

『何言ってるのか、わかりまへんなあ。』

「あらそう?ビデオじゃないもう一つの品物についてなんだけど。」

『だから、わからん言うてますがな。』

「インプレッサの中ね?」

一瞬の間の後、

『その手には乗りまへんわ。わいは知りまへん。ほなさいなら。』

通話は切れた。

わたしは、携帯電話を後部座席に放り投げながら言った。

「あのダークグリーンのワゴンを見ててよ。」

「カルディナか?」

「動くはずよ。」

「そんなに簡単に行くかな?」

「行くわよ。わたしが罠を張っているなんて思うはずが無いわ。たとえ罠を張ったと思ったとしても、そのくらいなんとでもなると考えるわよ。わたしなんてただの小娘だと思っているはずだから。警察が動いていないのは知っているはずだし。」

「なんでそう言い切れる?」

「平岡のところに警察が現われていない以上、わたしのはったりだったと気付いているはずよ。冷静に考えれば、平岡にわたしが会いに行った時点で、警察と一緒じゃないなんておかしいと気がつくはずよ。つまり、わたしは逃亡しているのだ、とね。」

「そんなに頭いいかなあ・・・。」

わたしは、ため息をついた。

「こんなの、頭がいいかどうかじゃないわ。そういう考え方をするかしないかだけよ。吉岡は、そういう考え方のタイプの人間よ。そういう人間は、一つのことしか信じないのよ。」

「なんだよ、一つって。」

「お金よ。」


 長くは待たなかった。

 吉岡は、ごそごそと車に潜り込んだ。そういう音が聞こえたわけじゃ無いけど、そういう感じだったのだ。

「見失わないでよ。それから絶対に尾行に気付かれないで。」

吉岡は、身のこなし同様のごそごそした運転で車を駐車場から走り去った。

「分かっているよ。」

町田はゆっくりと車を走らせ始めた。


 絶妙な間合いで町田は尾行を続けていた。伊達に3年も探偵をやっているわけじゃない。

「奈々。彩子は本当に田辺を誘拐したと思うか?」

わたしは、じっとダークグリーンのカルディナを見つめながら答えた。

「思うわ。田辺くんの携帯から掛かって来たし。」

「携帯だけ持って行ったのかもしれないぞ。」

「そんなことをするくらいなら、彩子は誘拐もするでしょう。わたしを殺そうとしたぐらいなのよ。」

「そうだったな。」

町田は口を閉ざした。

「今は、吉岡からどうやって品物を手に入れるかを考えましょ。」

わたしは、そう言って目を閉じた。

 その時、電話が鳴った。町田は、はっとしてわたしの顔を見た。バッグから携帯電話を取り出した。

「もしもし。」

『あ、奈々先輩ですか?』

間抜けな声で田辺が言った。

「田辺くん!今何処にいるのよ?」

『あ、それは言うなって言われています。』

おいおい、こういう時は暗号とかなんとかで居場所を教えるっていうのが探偵のやり方なんじゃない?

「そこに、彩子がいるの?」

『あ、いえ、怖いおにいさんが一人。』

その途端、パカーン、と小気味良い音がして、それから田辺の「イテ。」という声と、「余計なこと言うんじゃねえ。」という聞いたことのない声がした。

 いや、聞いたこと、あったかもしれない。湖に落される直前に。

『奈々先輩。こういうわけですから、あの、この人達が言っている物、持ってきて下さい。お願いします。』

「わかっているわ。時間と場所は?」

『今日の夜、11時。あのダム湖で、って言ってますけど。わかりますか?』

一度、わたしを殺した場所、ということね。

「ええ。よくわかるわよ。」

そう言いながら、わたしは時計を見た。午後4時を回ったところだった。


 吉岡の車は幹線道路を外れ、田舎道をぐんぐん走っていた。

「あからさまな追跡になるぞ。」

町田は、あきらめたように言った。

「ぎりぎりまでばれないように距離を置いて。」

「無理言うなよ。」

そういいながらも、スピードを落した。

「わき道が出てこないように祈るぜ、まったく。」

視界からダークグリーンの車体が消えた。

 あたりには人家は無かった。見えるのは申しわけ程度の平地の向こうに見える低い山とその手前の草むらだった。その草むらも道路の両側に覆い被さるように生えていて、わたし達の目からは、ほんの近くと随分遠くしか見えなくしていた。つまり、目の前の道と遠くの山と空。

 おそらく、以前は畑か田んぼだったのだろう。過疎化したのか、なんらかの理由で捨てられたのだろう。更地には、まず最初に草が生える。それが何十年と経つうちに木が生えてくるのだ。草ばかりということは、人の手が入らなくなって日が浅いということだ。しかも見える範囲ではそこは平坦だった。畑か田んぼだったと考えていい。そんなところに吉岡はインプレッサを隠したのだろうか。

 いくつかのカーブを曲がった頃、路肩に吉岡の車が置かれているのを発見した。深緑のその車は、草むらの中に溶け込みそうだった。

「やつは車を降りたみたいだな。」

町田はそう言うと、少し手前の路肩に車を停めた。

「さあ、ここからは歩きだ。」

そう言うと、さっさと車から降りた。わたしも、車から降りる。季節も季節だし、あたりの草むらは勢い良く成長していて、遠くは背伸びしてみてもまったく見通せなかった。

「どっちに行ったのかしら。」

わたしがそうつぶやくと、

「さあ、道はこれしかないんだし、まさか草むらに入って行ったなんてことはないだろ。」

という返事が返ってきた。

「そうね、行ってみましょう。」

 ちらっと、カルディナに目をやるとキーが刺さったままなのが目に入った。こんなところに、誰も来るわけが無い、ということか。

わたし達は歩き出した。あいかわらず、空には一点の雲もなくて暑かった。SPF50の日焼け止めに守られているとはいえ、いくら5時近いとはいえ、じりじりと肌が焼けていくような気がした。

 帽子を持ってくるんだった、と思った。

 それに、なんだか変な匂いもする。湿ったような、腐ったような、そういう匂い。よく見れば、あちらこちらにゴミが落ちていた。コンビニ弁当の袋とか、腐った雑誌とか。草むらの中には、何が捨てられているのか分かったものではない。ひょっとしたら、死体の一つでも捨てられているんじゃないんだろうか。

 遠くでセミが鳴いている。死体を捨てに来たとしても、やっぱりセミは鳴いているんだろうな。非日常の世界は、じつは日常の世界とあまり変わらないのかもしれない。

 わたし達が歩いていた道はどんどんせまくなっていった。

 アスファルトが砂利に変わり、すぐにただの土になった。何日か前に降った雨は乾いていたけれど、道のところどころはぬかるんでいた。いくつかのタイアの跡が見て取れた。ほんの時々は車も通るようだ。おそらく、間違えてはいってきた車だろうけど。

 道の真ん中に草が生え、道両側の背の高い草も、覆い被さるように伸びてきていた。その中には木も生えている。どんどん人の入らない場所になっていっている。

 汗ばんだ肌に、伸びっぱなしになった枝が触れた。

 小さな細かいちりのような、なにかの胞子のようなものが腕につく。

 気持ち悪い。


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