アストは事件にどう関わっているのか
「どうしますか?これ。」
空気の抜けたタイアを指して田辺が言った。
「どうしますって、替えるしかないじゃない。」
「そうですね。」
そう言ったまま、田辺は立っていた。
「やらないの?」
「え?僕がやるんですか?」
「他に誰がやるの?」
「奈々先輩が・・・。」
わたしは、田辺の顔を眺めた。
「わかりました。やります。そんなに怖い顔しなくても・・・・。」
しぶしぶ田辺はカローラバンの後部に回り、必要な道具とスペアタイアを取り出した。
田辺が汗だくになりながら、カローラバンのタイアを交換している間、わたしは彩子が言ったことや、これまでのことを考えていた。
彩子は最後に、「ルートは押さえたから。」と言った。なんのルートだというのだろう。裏ビデオだろうか。そんなものを、例え商売だとしても、女性には似合わない仕事だと思えた。つまり、それはビデオなんかじゃないのかもしれない。
それから、彼女は「裕樹はわたしを切ろうとしていた。」とも言った。別れるという意味だろうか。それと、「ルート」とはどういうふうに結び付いているんだろう。
「奈々先輩。」
田辺が、わたしの思考をさえぎった。
「なあに?」
わたしは、優しく言った。暑い中、重労働をさせているのだ。少しは優しくしておいたほうがいい。
「奈々先輩は、何者なんですか?」
「え?」
「さっき、彩子がそう言ってたでしょ?」
「ああ、そのことね。どういう意味かしら。」
「町田先輩、彩子になんて言ったんでしょうね。」
「さあ。」
そう言いながら、わたしはふとある考えが浮かんだ。そうか、そういうふうに考えればつじつまが合う。
「田辺くん。タイア交換、終わった?」
「あと、少しで、す。」
ナットを締めながら、田辺は言った。
「急いで。アストに会いに行くわよ。」
「町田先輩ですか?吉岡はどうするんです?」
「後回しでいいわ。事件の鍵はアストが握っているわ。」
カローラバンの中から、何度も電話をしたが、町田は出なかった。
「出てくれないと困るのよ。」
わたしは、携帯だけでなく、アパートの電話にもかけたけど、彼は出なかった。
「いったい、どうしたんですか?奈々先輩。」
「事件の謎が解けたのよ。」
「え?まるでシャーロックのような言い方ですね。犯人は誰ですか?」
田辺は、驚いてこちらを見た。目の前の信号は赤だった。
「危ない、前向いて。赤よ!」
慌てて急ブレーキを踏んで、カローラバンは悲鳴を上げて止まった。
「で、犯人は誰ですか?」
何事もなかったように田辺は言った。
「恐怖で忘れたわよ。」
「そんなあ。」
「冗談よ。まあ、そんなにあせらないで。順番を追って話すわ。でもそのためにはアストが必要なの。」
「どういうことですか?」
「つまりね、この事件を複雑にしたのは彼だからよ。」
「じゃあ、町田先輩が奥村裕樹を殺したんですか?」
「そうじゃないわ。彼自身も、わかってないんじゃないかな、自分が鍵だってこと。」
「ますますわからないですね。町田先輩がいったい何をしたんですか?」
「第一に、嘘をついたわ。」
「彩子と会っていたときのことですか?」
わたしは、サイドウインドーを少し巻上げながら答えた。隣のトラックの轟音がやかましくなったからだ。
「その時に、気がつくべきだったのよ。彼は誰からも調査依頼なんて受けてなかったのよ。」
「え?」
「アストは裕樹にわたしを紹介しただけだった」
「なんのためにですか?町田先輩は奈々先輩が好きなんですよ?ライバル増やしていいことなんかないじゃないですか?」
「そんなに簡単じゃないのよ。わたしと洋一とアストはすごく仲が良かった。わたしがアストと付き合うっていう選択をしなかったのは、彼に男としての魅力を感じないからじゃないの、洋一と既に付き合っていたからなの。洋一と出会わなければ、ひょっとしたらアストと付き合っていたかもしれない。でも、洋一は死んでしまったの」
「死んだ人に義理があるから付き合えないってことスか?」
わたしは首を振る。
「ううん、そうじゃない。わたし、思うのよ。お互いに好きな気持ちがあって、でも何故か付き合う関係にならないってこと。ううん、一度付き合ってしまったら、きっと続かない。お互いに良く知り過ぎているから、似過ぎているから、きっと続かないって。そして別れてしまったら、もう二度と元には戻れないって」
「わかんないっす」
「付き合うのが怖いのよ。もう普通の恋人以上にお互いのことを知っているのよ。うまくいかない未来も簡単に想像出来る。わたしが洋一のことをきちんと整理をつけられないままでは、ね」
田辺は、難しい顔でハンドルを握り締めた。
「つまり、町田先輩は、奈々先輩が死んでしまった元彼を忘れられるように自分以外の誰かを紹介した、と?しかも、これまでにわかったことをまとめると、実はあんまり誠実ではない男に紹介したと?」
わたしは首をすくめた。
「ま、そういうことね。アストらしいと思うわ」
もう一度、町田の携帯電話を呼び出した。一向に出なかったけれど。
そんなことをしている間に、カローラバンは、町田のアパートに到着した。
けれど、車を降りて、ドアのチャイムを鳴らしたが誰も出なかった。
「出かけているみたいですね。」
「そうみたいね。ねえ、田辺くん。ちょっと大学へ行ってサークル室を見て来てくれないかしら?」
「そうですね。町田先輩の車は下の駐車場にありましたし、遠くに行っているとは思えませんものね。」
「さすが。いい探偵になれるわよ。わたしは、ここで待っているわ。帰ってくるかもしれないし。」
田辺は、照れくさそうに階段を降りて言った。おせじをおせじと思わずに素直に聞いてしまう田辺が、かわいいと思った。




