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杉並大学探偵事務所  作者: カダシュート
瞑想は水底に沈んで
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便利な助っ人、田辺

 とにかく行動をはじめなくちゃいけなかった。ここで、ただ中年二人を眺めていたからって、わたしの立場が好転するわけじゃないし。

 行動をするには推理が必要だ。誰の行為にも理由があるはずだ。例えば、平岡というおっさんが、わたしを犯人にしようとした行為にも理由があるはずだし、それがうまくいかなそうになったとき、吉岡というビデオ売りに会ったのにも理由があるはずだ。彩子がわたしを湖に突き落したのにも理由があるはずだし、町田が彩子に、わたしと内緒で会っていることにも理由があるはずだ。

 それから裕樹を殺す理由は、町田にもあるし、彩子にもある。ふたりとも嫉妬だとかそういう理由だけど。吉岡には、裕樹を殺す理由がないように見えるけれど、偽証までするところをみると、何か理由があるのかもしれない。でも、かなりやばいホモとも思えないしなあ。

 とにかく、行動をおこさなくちゃいけない。でも、そのためには、かよわいわたしのために身を張って守ってくれるボディーガードが必要だ。言うことを素直に聞いてくれて、表立って出歩けないわたしのかわりに、使いばしりもしてくれるような男の子だと、さらにいい。


 そんなわけで、いつものとおり、わたしは田辺に電話した。ファミレスの窓から少し離れた場所でヘルメットを脱いで、携帯電話で田辺を呼び出すと、4回のコールで彼は出た。

『なんですか?奈々先輩?』

「ちょっとね、頼まれて欲しいことがあるのよ、田辺くん。」

『なんですか?とっても嫌な予感がするんですけど。』

「どうして?無茶なことは頼まないわ。今、時間ある?」

『まあ、レポートも出しちゃいましたし、暇は無くもないですけど。でも、8時までには帰りますよ。』

「どうして?」

『見たいテレビがあるんです。』

「録画しなさい。それから、カローラバンで今から言うところにすぐに来てね。」

『え~、マジですか?』

それから、わたしは、今いるところを説明した。いくら田辺が方向音痴でも、10分もあれば来られるはずだった。

『わかりました。いつか借りを払ってもらいますからね、奈々先輩。』

「はいはい。じゃあ、よろしくね。」

わたしは優しい声でそう言うと、電話を切った。

 それから、わたしは、バイクに乗るとファミレスの駐車場の一番奥に止め、それから厳重にディスクロックとワイヤーの鍵をかけた。ここは24時間営業だから、一晩くらい止めておいたって、誰も文句は言わないだろう。大きな駐車場だし。

 ヘルメットをバイクのホルダーに掛けると急いで、その場を離れ、駐車場を出た。表通りに出て、それからバス停に向かった。ファミレスから50メートルくらいのところにあったのだ。そこのベンチに腰掛ける前に時刻表を確認し、20分はバスが来ないのを確認した。

 あとは田辺がやってきて、あのビデオ売りの吉岡という男を尾行するだけだ。


 田辺はすぐにやってきた。

 ファミレスの駐車場に車をとめると、すぐにわたしはそれに乗り込んだ。

 車内は蒸し暑くて、カビとタバコの混じった嫌な匂いがした。

「おごってくれるんですか?奈々先輩?」

田辺はニコニコしながら言った。

「違うわよ。張り込み。それから尾行。」

「そうなんですか。」

悲しそうに田辺は言った。

「今月は仕送り使い果たしちゃったんで、期待してたんですけど。」

「ごめんね、また今度。」

わたしは、その気も無いのに、そう言った。

「今度ですね。絶対ですよ。」

田辺の目は真剣だった。

「それよりも、田辺くん。出口をよく見ていてね。中年のスーツ姿の男が出てくるから、それを見落とさないでね。」

「そいつ、何者ですか?」

「裏ビデオ販売業。」

「え?」

「だから、裏ビデオ売っているの。」

「ああ、町田先輩が言っていた人ですね。」

「そうよ。」

「その人を尾行してどうするんですか?」

わたしは、田辺に今日の出来事を順番を追って説明した。田辺に要領良く理解させるにはひどく手間がかかったけど。

「つまり、奈々先輩は、殺人犯だということですか?」

「殺人の濡れ衣をかけられている、と言って欲しいわ。」

その時、中年二人が店内から出てきた。

「田辺くん。出番よ。」

そう言うと、わたしはシートをリクライニングさせてドアに隠れた。

「わかりました。二人は別々の車に乗り込むようです。」

「そう、じゃあ白いセダンじゃない方を追って。」

「白いセダンのほうが、平岡っていう目撃者の方ですね。」

そういうと、田辺はカローラバンのエンジンをかけた。どうせエアコンは壊れているからエンジンを止めていたのだ。

 それから、ゆっくりと走り出した。わたしは少しだけシートを戻し、かろうじて前が見えるようにした。ちょうど、サイドミラーの高さだ。前よりも後ろのほうが見やすいかもしれない。

「どれ?」

「2台前のダークグリーンのカルディナです。」

「見失わないでね。」

「わかってます。」

田辺は緊張した声で答えた。


 しばらくは、何事もなく尾行は続いた。一度だけ田辺が信号を無視して、思い切りクラクションを鳴らされた、というだけだ。そのぐらいなら、上出来と言っていい。カルディナは大通りから、左折してわき道に入った。

「気を付けて。周りの車が減るわ。」

田辺もわき道に入ると、そこはすぐに住宅街で車は走っていなかった。カルディナは次の角を右折して行った。

 田辺は少しアクセルを踏み込むとそれを追った。

 その時、ふとサイドミラーに車が写った。黒いセダンだった。何故か気になって後ろを振り返った。

 黒いオペル。

「ちょっと、田辺くん。後ろ。」

「え?」

そう言いながら、田辺はルームミラーを覗き込んだ。

「あの車は・・・・。」

「乗っている人の顔は分かる?」

「いえ、この距離じゃ・・・・。窓に光が反射して見えません。」

「そう。とにかく今は、あのおっさんを見失わないようについて言って。後ろの車に乗っているのが彩子と決まったわけじゃないわ。」

そう言いながら、わたしは目を凝らした。窓ガラスの中は相変わらず見えなかったけど、ナンバープレートは読み取ることが出来た。まぎれもなく、それは彩子の車だった。

 こんなところで何をしているのよ?

 けれど、それは田辺には言わなかった。田辺は尾行することに集中してもらわないと困る。

「あ、止まりますよ。」

カルディナは薄汚れたアパートの前で止まり、ハザードを出した。後続のわたし達を先に行かせようとしているのだ。わたしはシートを倒し込むと、

「いいから追い抜いて、次の角を曲がったところで止まって。」

「わかりました。」

田辺はぐっとアクセルを踏んでカルディナを追い越した。次の角でハンドルを切り、路地に入った。わたしは頭だけ上げて後ろを振り向いた。カルディナはハザードを出したままだった。オペルがそれを追い越した。田辺は車を止め、わたしを見た。

「確認してきて。あのおっさんの目的地があそこなのかどうか。」

「はい。」

そういうと、ドアを開けて走って行った。そこへ、オペルが曲がってきて、田辺を轢きそうになった。急ブレーキで車はつんのめったが、タイアはたいして音を立てなかった。スピードが低かったせいだろう。田辺はちらりと運転席を覗き、次にこちらを一瞬だけ振り返った。わたしは首を振った。田辺はそれで角まで走って行った。

 オペルはカローラバンの前に止まった。

 運転席から彩子が降りてきて、わたしの前までやってきた。こっちが、尾行に気がついて車を止めた、と思ったのだろう。

「つけていたの、知っていたの?」

わたしは、黙っていた。彩子の口ぶりは、意外なほど静かだった。

「いつから?」

黙っていた。黙っていたほうがいろいろ話してくれそうな気がした。

「ずうっと気付いていたの?町田くんに聞いたってわけね?」

「ええ。」

わたしは嘘をついた。

「じゃあ、バイクから車に乗り換えたのも、そういうわけなのね?」

一体、いつから、この女はつけてきていたのか?わたしは内心では冷や汗をかきはじめていたけれど、顔は冷静なまま言った。

 わたしは黙っていることにした。

「いいわ。ところで、あの男は誰よ?」

わたしは、彩子の顔を見つめ返した。

「知らないの?」

「まさか、あの男が・・・・。じゃあ、あんたは・・・。」

いったい、何を言っているのか分からなかった。あの男が、なんなのか?わたしは?

「そうかもしれないわね。」

わたしは、そう言った。その時、田辺が戻ってきた。

「奈々先輩、大丈夫ですか?」

「大丈夫よ、田辺くん。」

わたしは、彩子から目を離さずに言った。車のシートから見上げる角度で。

 田辺は、彩子から1メートル半のところに立っていた。彩子はゆっくりと彼の方を向き直った。

「あなた、この女が何者か、知っているの?」

田辺は、あいまいに首を振った。

「それとも客の一人かしら。」

客?ビデオの?それとも別の?売春とか?

「わかったわ。やっぱり、裕樹はわたしを切ろうとしていたのね。いいわよ、ルートはわたしが押さえたんだから。でもあきらめないわよ。」

 そういうと、彩子はわたしと田辺におそろしく冷たい一瞥をくれると歩き掛け、ポケットから刃渡りのある鋭そうなナイフを取り出すと、カローラバンのタイアにそれを突き刺した。

「追いかけられても困るから。」

「おまえ・・・。」

田辺が彩子を捕まえようと一歩踏み出した。

「来ないで。」

彩子はナイフを田辺に向かって構えた。田辺は立ちすくんだ。彩子は身を翻すとさっと車に向かって走り出した。それは本当に素早い動きだった。わたしがドアを開けて降りるまでに、彩子は自分の車に駆け寄りそれから走り去った。彩子は、自分が取る行動を全部、把握していたような感じだった。その反対に、わたしはまったく自分がどうすればいいのか分かっていなかった。

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