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杉並大学探偵事務所  作者: カダシュート
瞑想は水底に沈んで
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酔いどれ探偵、連行される

 目撃者の確認をもう一人の刑事に頼むと、西口はわたしを覆面車に乗せた。もちろん後部座席だった。しばらくの間、西口は何かぶつぶつと言っていたが、わたしの耳には届かなかった。わたしは一人、頭の中で考えていた。

 事件当日の目撃情報が、今ごろになって出てくることが信じられない思いだった。それも、警察がやってきて、それで重い口を開いた、というならともかく、自分から電話をしてくるなんて。しかも、それがよりにもよって、わたしを見ただなんて。馬鹿げている。

 けれど、本当にそうなんだろうか。

 わたしは、正直に言って、事件当夜のことは余り覚えていない。酔っ払っていたから、裕樹が実はやってきていて、わたし自身が彼を刺し殺したのかもしれない。キッチンに立った彼の背中に包丁を握り締めて立ち上がる自分自身の姿が浮かんだ。

 そんな馬鹿な。記憶を無くすほど飲んでいたなら、彼を殺すことなんて出来なかっただろう。第一、彼を殺せばなんらかの返り血だって浴びただろう。その姿でどうやって帰ってくるのだろう。

 裕樹の車を運転してだろうか。

 酔っ払って車を運転して。

 わたしは頭を振った。気分が悪くなってきた。わたしは裕樹を殺したりはしていない。自分自身に言い訳をしてどうする?やっていないものはやってないんだから。

 それなら、どうして目撃されたのだろう。少なくとも、わたしを見た人間がいるというのはどういうことなのだろう。

「蓮田さん?蓮田さん?」

はっと、顔を上げると、西口がこちらを心配そうに見ていた。車は赤信号で停車していた。

「大丈夫か?」

「ええ。大丈夫。」

「だから、見間違いってことも有り得るわけだよ。少なくとも3人もいるんだから。」

「え?」

わたしが考え事をしている間に、西口は何か言ったらしい。まったく聞いていなかった。そのことが、自分自身が余程気が動転している証拠だと、気がついてさらに気分が悪くなった。

「だから、聞いてなかったのか?奥村裕樹の部屋に最近出入りしていた女性は他にも3人いたんだ。少なく見てな。」

「3人・・・。」

「そのうち全部がそういう仲じゃなかったとしてもだよ、全部が違うとも言えないしな。過去までさかのぼれば、それだけの人数ではすまなくなってくる。容疑者は相当な数になるってことだ。だから、目撃情報が間違っていることだって考えられるんだよ。」

「じゃあ、わたしじゃないのね?」

ほっとして言った。ほっとしていいわけなんか無かったのだけど。

「それが、事件の2、3日前に昼間、一人で来た女だった、という情報なんだ。」

つまりは、わたしだ。裕樹がいない間に、彼の部屋に上がれたのはわたししかいない。

「ただ、さっきも言ったけど、まだ決定じゃない。今、相棒のやつが目撃者に何枚かの写真を見てもらっている。蓮田さん、きみのも含めてだ。とにかく、そのあとだよ。」

そう言い終わるか言い終わらないうちに、西口の携帯電話が鳴った。彼はそれを掴むと車を運転しながら、それに答えた。交通ルールに反していることなんか、気にもしていないように見えた。

「そうか、残念だな。」

ぽつっと、言って西口は電話を置いた。こちらは振り返りもしなかった。その意味するところを考えて、わたしは背筋が寒くなった。目撃者は、わたしの写真を指差したに違いなかった。再び車は赤信号で止まり、わたしはルームミラーごしに西口の顔色をうかがった。申しわけなさそうな顔色だった。

「まあ、向こうに着いてから、正式な取り調べになるだろうけど・・・。」

独り言のようにつぶやきながら、西口は目を上げた。ミラー越しに目が合った。

「実際のところ、蓮田さんはあの夜、被害者の部屋に行ったのか?」

わたしは、答えようとして口を開いたけれど、言葉にならなかった。わたしじゃない。そう言ったところで、何が変わるのだろう?

「蓮田さん、これは重要なことなんだよ。行ったことを認めるのか?」

「行ってない、わ。」

わたしはようやくそれだけ言った。

「そうか。だが、奥村裕樹って男、調べれば調べるほど殺されても仕方ないような気がしてくるよ。とくに女性からはな。」

「どういうことよ。」

「聞いてないか?町田には話したんだけどな。奥村、どうやら恐喝をしていたっぽいんだ」

「恐喝?」

「まあ、微々たる額って感じだけどな。何人かが金を払ったことを認めたよ。何処で調べたんだか人の弱みを探し出すのがうまかったみたいだな」

「つまり、恐喝されて逆上して殺した?」

「蓮田さん、あんたは恐喝されていたのか?」

わたしは思わず鼻で笑ってしまった。

「出会って3日で何を恐喝されるっていうの?そもそも探偵が恐喝されてどうするのよ?」

「まあ、それもそうだな。ただなあ、恐喝の内容についてはまだ何もわかっていないんだよ。何処にも恐喝に使うネタらしきものが見つからない。当然奥村の部屋は警察が調べているんだがな。それらしいものは一切なかったんだよ。だから、そっちの線は一応あるものの、本命は怨恨、もしくは痴情のもつれってことで」

「いや、馬鹿にしないで。」

わたしは反射的に答えていた。わたしが騙されて逆上したとでも言うのか、と思った。声の大きさに自分でも驚いていた。西口は開きかけた口を閉じて視線を正面に戻した。

 ふと、ある考えが浮かんだ。

 このまま連れて行かれて、わたしの無実は証明されるんだろうか。

 その時、わたしは自分でも意識しないうちにドアノブを引いていた。引いた瞬間、逃げ出せるはずが無い、と思った。自分が何をしようとしているのかに気付いた瞬間に、そうすることが出来ないと気が付いたのだ。例えパトカーでなくても、大抵の4ドア車にはチャイルドロックが付いていて、内側からは開かなくすることが出来るのだから。

 ところが、それはなんなく開いてしまった。

 わたしは考えるよりも先に動いていた。動きかけようとしていた車からわたしは転がるように飛び出していた。後続の車がクラクションを鳴らした。見上げると怒ったような顔のおじさんがこちらを睨みつけていた。

 ああ、悪かったね。わたしは逆恨みとは知りつつ、そのおじさんに文句を言いたくなった。けれど、そんな暇はない。

 とにかく走っていた。西口がどうしたのかなんて気にしている余裕は無かった。後ろでクラクションが再び鳴らされていた。ひょっとしたら、西口は車を捨てて走ってきているのかも知れなかったが、振り返って見ようとは思わなかった。

 ガードレールを跳び越え、走ってきた自転車をぎりぎりでかわして目の前のデパートに向かった。歩道を走り続けるよりは、とにかく西口の視界から逃れたかったからだ。自動ドアの遅さにいらついたが、デパートに入った時から走るのはやめた。そこでわたしは初めて後ろを振り返った。ガラスの扉の向こうへ西口が走り込んでこようとしてしているのが見えた。車は路上に置きっぱなしにしたらしい。さすがに警察官は物事の優先順位を間違えない、と皮肉を言いたくなった。容疑者を取り押さえる事のほうが交通渋滞を巻き起こすよりも、その結果事故になろうとも、世の中のためになるのだろう。そういう考え方の人間が相手だ、とわたしは心に言い聞かせた。中途半端な隠れ方では駄目だ。理由は自分でも分かっていなかったけれど、一度逃げ出してしまった以上、ノコノコと捕まるわけにはいかなかった。

 さあ、どうやって隠れようか。

 洋服売り場が目に入った瞬間、マネキンの振りをしてやり過ごそうか、と一瞬思った。

 真面目に考えて、正面にエレベーターがあるのに気がついた。入ったすぐ目の前がエレベーターだったのだ。そこへ駆けこもうとしてわたしは思いとどまり逆方向へ歩き出した。すぐに棚の後ろへ回り込む。

 そこへ西口が走り込んできた。あたりを見渡し、エレベーターの扉が閉まるのを見た。

「ちくしょう。」

西口があたりの客が驚くのを無視して大声で言うと、そこへ駆けよった。ボタンを押し、そのエレベーターが何階で止まるかを見ていた。すぐに隣のエレベーターの扉が開き、西口は駆けこんだ。それが閉まるのを確認してから、わたしはデパートからゆっくりと歩いて出ることにした。走れば、戻ってきた西口にわたしが何処へ向かったかを知らせることになるからだ。他の客の注意を引かないためには、普通の客のように振る舞うことだ。

 路上に、止まったままの覆面パトカーがあった。ドアすら完全には閉まり切っていないようだった。迷惑そうに他の車のドライバー達が通りすぎていく。それを眺めながら、わたしは裏通りの方へ足を進めた。

 とにかく、ここから離れなければいけない、そう思った。それも出来るだけ早く。でも走ってはいけない。一番自然に見えるように歩くにはどうしているのがいいだろう?

 通勤か通学か。でも、そういう時間帯としては遅すぎた。もうすぐ11時になろうとしていたからだ。それに、ポシェット一つで通学というのも自然ではない。なら、散歩か?平日の昼間から?いずれにしても、そういう場合は表通りを歩くものだ。

 けれど、西口がわたしを見失った、と連絡をとれば、ある程度の捜索が行われるはずだった。それがどの程度のものかはわからなかったけれど。まさか、凶悪犯を追い詰めるような緊急配備は行わないだろうとは思うけれど、そうなることも考えた上で行動したほうがいい。西口の考え方一つで、わたしは殺人犯だった。

『年齢22歳、女性。赤いTシャツにブルーのジーンズ。髪は長く濃い茶色。』

そういう無線の電波が、目の前を飛んでいくような気がした。そう思うと、着替えたくなった。

 あたりを見渡して、場所を確認し、3つほど先の角にダイエーがあったことを思い出した。裏口から入ればいい。確か、2階に洋服売り場があった。

 歩きながら、ポシェットを開いて財布の中を確認した。4千円しか入っていなかった。何処かでお金を下ろしたい。ダイエーの中は・・・。

 いや、そこでお金を下ろせば、そこで洋服を買ったことが分かるかもしれない。そうしたら、服を替える意味が無い。とにかく、今は4千円で買える服にしよう、と思った。

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