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杉並大学探偵事務所  作者: カダシュート
憂鬱は暗闇に消えて
8/92

タバコ?

 コンビニまでは、ほんの数分。

 そこで百円ライターとJPSを買う。

 ジョンプレイヤースペシャルとかいうタバコ。アストがよく吸っているやつ。そう言えば、アストは何処にいるんだろう。もともと、それを聞き出すために麻美に会おうとしていたってこと、忘れていた。

 いい加減ね。アストに連絡が取れないからって、何かのトラブルに巻き込まれた可能性って、かなり低いと思っていた。

 こんなもの、田辺が一人で騒いでいるだけなのだ。彼は、事件が穏便に解決しそうになると騒ぎ立てて大きくしようとする傾向があるのだ。田辺にとっては、事件こそが探偵の解決するべきものであり、そうでない調査なんてどうでもよいことなのだ。もともと、彼はシャーロック・ホームズだとか明智小五郎だとか、京極堂だとか、とにかく小説や映画に出てくるような名探偵が好き、というに過ぎない。

 わたしは、タバコの煙をいっぱい吸った。

 途端にむせた。わたし、本当にタバコが吸いたかったんだろうか、とふと思う。せっかく買ったタバコだったが、ゴミ箱に放り込みたくなった。でも、ふとアストにでもあげればいいや、と思い直す。


 考え事をしながら歩いていたら、麻美の部屋の前まで戻ってきていた。薄暗い通路の隅には、ゴミくずが落ちていた。あんまり掃除は好きじゃないみたいね。ノックしてドアを開く。あいかわらず山田は部屋の入り口で、やるせなさそうな顔で立っていた。

「どこかに座ればいいじゃない」

「ええ。でも」

 部屋の奥では、あいかわらずの姿勢のまま麻美がベッドの上に座っていた。どうもうまくないわ。八方塞りで、わたしは叫びたくなった。ちらっと山田と目を合わせる。

「とにかく、彼女が彼氏を刺した原因を聞き出すわ。それがなんの役に立つかわからないけれど。意味もわからないことに首を突っ込んで、何もわからないままなのは腹が立つでしょ?」

元気なく「ええ」と山田はつぶやいた。

 わたしは、部屋の奥の方へ目を遣った。話しにくいけど、やるしかないわね。

「じゃあ悪いけど、もう少し、ここにいてね」

 わたしがそう言うと、山田は何か言いたそうにして、わたしの方へ手を伸ばした。

「なに?」

「あの、ですね、さっきのタバコなんですけど」

「さっきの?紙巻きの?」

「ええ」

「あれが、どうかした?」

「あれって、どこかで嗅いだことがある臭いだなって」

「そう?それで?」

「以前に家族でオランダ旅行をしたことがあるんです」

「オランダ?」

「そこで街を歩いたんですよ。いろんなところ」

「それがなに?」

 また、田辺じゃあるまいし、はっきり言ってよ。なんだかイライラした。

「それがですね、その時、喫茶店の前を通った時に、あの臭いがしたんです」

「意味がわからないわ」

 わたしは首を振って聞き返した。

「その臭い、観光案内の人に聞いたんですけどね・・・」

「だから・・・」

言いかけて、彼の言葉を聞き漏らした。いや、聞こえていたのかも。ただ信じられなかったから、聞き逃したような気がしたのかも。

「え?なんて言ったの?」

「その臭い、マリファナなんですよ」

 マリファナ・・・

 わたしは、振り返って部屋の奥を見た。長瀬麻美は、相変わらずベッドの上で体を前後に揺すっている。つい1時間ほど前に恋人を刃物で切りつけた女だ。それもドラッグのせい?再び顔を元のほうへ。

「ねえ、山田くん。それ、自信ある?」

「臭いですか?なんとも言えないですけれど、たぶん、そうかなって」

「いい加減ねえ」

「でも、やっぱり似ています。あれはマリファナだと思いますよ」

 そうか。わたしはため息をついた。

「何処から手に入れたんでしょう?」

 山田は、そうつぶやいた。

「そんなの・・・」

 そんなの、べつに難しいことじゃないわ。わたしは心の中でつぶやく。難しいことじゃない。マリファナを始めドラッグが海外での事件だと思っているなら、それは幻想に過ぎない。あんなもの、手に入れようとさえするなら難しいことではない。

「聞き出すわ」

 そう決意をするように声に出すと、わたしは踵を返して電灯の影響とは別の問題で薄暗

い麻美の部屋の中へ踏み込んだ。

 「ねえ、その箱を見せてくれない?」

 わたしは、マルボロの箱を指差した。中身は手製の紙タバコ。くしゃくしゃになったシーツの上に投げつけられた箱からは、細かい葉がこぼれ落ちている。

「いやよ」

 さっきよりも正気に戻ったのか、麻美はしっかりと目を見据えて返事した。

「いいわ。でも、それはマリファナなのね?」

 そういうと、彼女は怪訝そうな顔をした。

「マリファナ?なにそれ」

「麻薬なんだけど・・・」

 我ながら間抜けな返事だな、と思いつつ、わたしはそう言う。

「違うわよ、そんな・・・」

 麻美は、馬鹿にしたような顔でわたしを見ると続けた。

「これはダイエット用のタバコなの。幹人がね、くれたものなの」

磯崎幹人、つまり麻美が刺した彼氏。麻美は微笑んでいる。わたしには、それが無気味に見えた。

「あんまりおいしいタバコじゃないんだけど、ダイエットに効果があるっていうから吸っ

たことがあるのよ」

 麻美は、気味の悪い微笑を顔に貼り付けたまま、そう言う。

「麻薬なんかじゃないわ」

 わたしは、ため息をついた。

「そう。じゃあ、間違いなく、それはマリファナってわけだ」

 麻美は眉をひそめる。

「何を聞いていたの?これはダイエットタバコ・・・」

「そうね。そう言って売っていることもあるわ。覚せい剤もね、そういう名前だったりするものね。ヤセ薬とか、キャンデーとかって。でも、どんな名前を付けてもね、それは違法ドラッグなの。持っているだけでも犯罪になるのよ」

「違うわよ。これは麻薬なんかじゃない・・・」

「麻薬なのよ。持っていてはいけないものなの」

 わたしは、息を吐くと、それに手を伸ばす。タバコなのは、外の箱だけ。中身は別物なのだ。麻美は、何かを考えるように、じっとわたしの手の中の葉っぱの詰め物を見つめた。

「でも、それは・・・」

 わたしは、そっと1本のマリファナタバコを取り出した。

「これはね、大麻の葉っぱなの。乾燥させた大麻の葉っぱをね、マリファナっていうの」

 麻美は、急に慌て始めた。

「でも・・・そんなに気分が良くなったりしなかった・・・」

 わたしは微笑んだ。

「そうかもね。マリファナは麻薬の入り口っていうくらいだから」

「でも、でも・・・」

「もしも、ここへ警察が来て、あなたの部屋を探し始めたとしたら、いったいどのくらい

のドラッグが出てくるのかしらね」

 わたしは部屋を見渡した。その時、わたしには確信があった。彼女はマリファナだけではない。きっと他にも持っているはず。そんな気がしはじめていた。理由は、彼女の雰囲気だった。他には、あんまりない。こういうのを直感という。時々は、そういう直感を信じてみることにしている。直感っていうのは、意識的には見逃したいくつかの事柄を無意識に組み立てた理論の結果なのだ。そう信じている。さっと麻美に目を戻す。麻美は、テレビが置かれたローボードを見ていた。わたしは立ち上がると、そこへ近づいた。口は嘘をつく。でも、人の目は嘘を付かない。隠したいと思うものが、そこにはあるのだ。ローボードに近づく。

「ちょっと、なんなのよ」

 麻美は慌てて立ち上がった。

「山田くん、ちょっと」

 わたしは、玄関で成り行きを眺めていた男を呼んだ。

「彼女、何かしようとしたら押さえてね」

 そう言うと、わたしは引出しを開けた。

「何処にあるの?」

 引出しの中身はアクセサリーだった。他の引出しも開けようとすると彼女が手元にあったテレビのリモコンを投げつけた。でもそれはわたしには当たらずに壁に当たってガシャっと音を立てて壊れた。電池が飛び出して床に落ちる。

「何が出てくるのか知らないけどね」

 わたしは振り向くと言った。

「わたしは警察じゃないわ。でもね、そのマリファナだけでも充分に通報することも出来るのよ」

「奈々先輩・・・」

 山田が口を開いた。

「マリファナは麻薬取締法の範囲外だって聞きましたけど・・・」

 くだらないことを知っているわね、山田くん。

「ちょっと・・・それ本当?」

 そう言ったのは麻美だった。

「じゃあ、わたしは逮捕されないじゃない」

 うれしそうに麻美は頷いた。わたしはため息をついた。

「そうね。たしかに大麻は麻薬取締法で規制されている薬物じゃないわ。でもね、大麻取締法っていう法律があるの。残念ながら、違法よ」

「そうなんですか?」

 すっとぼけたような顔で山田は聞き返した。

「そうよ。残念だったわね、麻美さん」

 そう言うと、わたしは引出しを開けた。そこに小さなバッグがあるのを見つけた。それを摘み上げる。

「でも、大麻なんてタバコよりも害が無いっていいますよね?」

「山田くん、なんかうしろめたいことでもあるの?」

 わたしは、思わずそう言った。

「いえ、そういうわけではないんですけど・・・」

「たしかにね、そういう研究リポートもあるわ。戦前には医療用として使われていたこともあるし、現在も医療用に使いたいっていう声もあるの」

「そうなんですか?」

「そうなのよ。違法ドラッグとしてない国もあるしね。習慣性はアルコールやタバコより

も低いっていうし」

「じゃあ、別に規制しなくっても良さそうなのに」

「それについては、なんとも言えないけど・・・。もともと、かなり政治的な規制だったらしいのよ。最初はアメリカ。日本で違法になったのも戦後のことで、進駐軍の統治下でのことだったらしいわ」

「戦後になって、覚醒剤が出回ったっていう・・・」

「それはヒロポンとかいうやつでしょ?それも違うの。大麻はね、もともと薬物と思われてなかったの。どっちかというと食用だったり繊維として使われてきたの。麻のジャケットとかいうでしょ?麻っていうのはね、そのまま大麻のことなの。語感が悪いから言い替えているだけ。もちろん、サイザル麻とか、まったく違うのもあるけれど」

「え?そうなんですか?じゃあ麻のジャケットを細かくしてタバコにすれば・・・」

「煙いだけよ。ドラッグとして使えるのは葉っぱと花の一部だけなの。それもね、雌株だけ。取締りの対象になるのも、その部分だけだわ」

「そうなんですか・・・」

「なんだか残念そうね」

ちょっとだけ、と山田が言い、わたしは、そんなに簡単にはいかないわよ、と答える。それから、わたしは微笑んだ。そして手に持っていた麻美のバッグを開いた。中にはいくつかの錠剤が入っていた。

「さてと、これは何かわからないけど、風邪薬ではないみたいね」

 わたしは、アルファベッドが書き込まれた錠剤を摘み上げる。

「インターネットの通販で買ったの」

 諦めたように麻美が言う。

「でも、それが違法なドラッグだって知らなかったのよ」

「そうかもしれないわ。それに、本当に違法というわけではないかもしれない。調べてみないとわからないわ」

「じゃあ、軽い罪・・・」

「だから、わからないって言ってるでしょ。それも問題の一つよね。合法ドラッグって言って売っているけど、実は違法だったり、コカインだって言ってるけど、実はビタミン剤だったりするわけ。興味があるからって手を出すと、どう転ぶかわからないのよね」

 バッグの中身を見れば、そこにはいくつかの種類の錠剤があるように見えた。粉のものもある。ひょっとして、わたしが思っているよりも麻美は薬をやっているのかもしれない、そんな気がしてきた。

「じゃあわたしはどうすればいいのよ・・・」

 バッグから麻美に視線を戻す。麻美の目には涙が浮かんでいるように見えた。

「そのマリファナは磯崎くんからもらったって言ったけど・・・?」

「そうよ。彼、理学系だから。漢方薬のタバコって言ってたわ。自分で乾燥させたって」

 じゃあ、大麻は何処から・・・

「自分で育てているんですかねえ・・・」

 山田は感心したように言った。

「磯崎くんって、ひょっとして実家は北海道?」

「え?」

 山田が変な顔をした。

「そうなのね?」

「そうだけど・・・なんで知っているの」

「北海道には大麻が自生しているのよ」

「まじっすか」

 山田は、思わず大きな声をあげた。 

「そうなのよ。北海道では高校生や中学生の間にも広がりをみせているから、問題になっていたりもするの」

 でも大麻は、別に北海道の特産ではない。日本全国の農産物でもあるのだ。もちろん、それは食用や繊維として耕作されているのであって、ドラッグを作っているわけではない。行動力さえあれば、実は簡単に手に入るのが大麻なのだ。ただし、これには落とし穴がある。手に入れても、おそらくは使い物になるドラッグにはならない。

「じゃあ、本当はマリファナのダイエットタバコから始まって、インターネットでヤセ薬を買ったってことね。それで次はセドリックの男か・・・。店で知り合ったのね?」

 麻美の目が、大きく広がった。かわいい顔とは言えない。

「なんでそんなことまで知っているのよ」

 わたしは、思わず吹き出した。本当のことを言ってもいいけれど、この際、嘘でもついておこうかな、と思ってしまった。実は秘密調査の麻薬取締官、とか。いずれにしても、麻美はバイト先で知り合った男からドラッグを手に入れているんだろう。そう考えると、いろいろと説明がつくような気がした。

 麻美は、磯崎から大麻をもらって、それで麻薬と関係を持つようになった。そこから深入りをして、インターネットや店で知り合った男から他の種類のドラッグを手に入れるようになった。磯崎のほうは、そんな事になっていることに気がつかないから、彼女には新しい恋人でも出きたのか、と疑う。磯崎から隠れるようにしてドラッグを入手していたんだろう。そんなことを始めれば、恋人が浮気していると勘違いしてもおかしくない状況にはなると思う。こそこそと電話したり、連絡がつかないことがあったり。

 そう考えると、説明はつく。でも、なんだかひっかかる。なんだろう。何か、見落としているような気がする。わたしは、じっと麻美を見つめながら、そんなことを考えていた。


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