足を使って探すのです
わたしは、アストが運転するカローラバンの中で、車内灯を頼りに地図を睨みながら考えていた。
あのふたり、香住とコートの男。まったく知らない同士にも見えなかった。香住は腕を振払って逃げることも、大声を出して助けを求めることも出来たのに、しなかった。それに、あの男は、香住が怖れなければいけないほど強そうでもない。
お互いに知り合いだと仮定すると、この事件は誘拐では無いかもしれない。
計画的にやったことならば、あらかじめ隠れ家を見つけておくかも知れないし、都合のいいホテルを探しておくかもしれない。
でもわたしのインスピレーションが、これは計画的なものじゃない、と言っていた。理由を聞かれても困る。二人の微妙な間合いとか、その時の表情だとか。
それなので、わたしはあんまり心配をしていなかった。たぶん、香住は放っておいても帰ってくるだろう。必死で探すだけ無駄かもしれない。でも、ひょっとしたら・・・万が一、わたしのインスピレーションが間違っていたら・・・もしくは、急に二人が喧嘩でもしたら。
わたしとアストは、相談して、ビジネスホテルの駐車場をしらみつぶしにして、銀色のスープラを探すことにした。
「なあ、奈々。」
アストは、3軒めも空振りに終わったところでわたしに言った。
「ラブホテルって可能性はないのか?」
「そうね。でも、そんな関係じゃ無さそうだったんだもん。」
アストは、ため息をついた。
「なんだろうね、女の勘かよ。」
わたしは、アストの方を向いた。
「勘も大事よ。当たるんだから。」
夜の11時まで捜しまわって結局見つからなかった。
わたしとアストは、河川の堤防の上に車を停めた。
星がきれいだった。遠くに街の明かりが見えた。
「ひょっとすると、別のインターだったのかもな。」
アストは、車のイグニッションを切りながら言った。責めている感じはしなかった。
「そうね。」
わたしは、シートをリクライニングさせて答えた。
「どうする?これから何処かのホテルを探すか?」
アストは、遠くの街明かりを見ながら言った。
「探すっったって、こんな時間じゃ何処も開いて無いわよ。」
アストはふうっと、息を吐いた。
「そうだな。」
アストもシートを倒した。
「奈々。」
アストはカローラバンの汚れた天井を見上げたまま言った。
「ラブホテルなら空いてるぞ。」
「何言ってるの?」
「馬鹿。泊まるだけだよ。」
わたしは、黙っていた。
「シャワーぐらい浴びたいだろ、奈々。」
「いらない。」
アストは、ウインドーを少し下げてタバコを取り出し火をつけた。
「いるか?」
わたしは、手を出した。
JPSを受け取り、一本引き抜いた。
アストは、口にくわえたタバコに火をつけてくれた。
「洋一のこと、まだ忘れないんだな。」
アストは、少しだけ開いたウインドーの隙間に向かって煙りを吐いた。
わたしは、なにも言わなかった。
「奈々と洋一は、端から見ていてもいい感じだったよ。」
わたしは、
「ありがとう。」
とだけ言った。
「でもな、もう洋一は死んでるんだよ。交通事故でな。お前、あいつのバイク、まだ持ってるんだろ。動きゃしないのに。あいつの両親に無理に頼んで譲ってもらったんだってな。」
アストは、短くなったタバコを車の灰皿に投げ込んだ。
「あのバイク、どうするつもりなんだ?」
わたしの手から、タバコの灰がシートにこぼれた。
「直すのか?それとも、あのまま置いておくのか?」
「洋一が、帰ってくるまであのまま・・・。」
アストは、新しいタバコに火をつけた。
「帰ってこねえよ。」
隣で、洋一が寝息をたてていた。
夢だということは分かっていた。
けれども、以前本当にこの車で洋一と二人、夜を明かしたことがあったのだ。
あれは、去年の秋。日曜日に出かけた帰りに、車が故障したのだ。
あの日も、星がきれいだった。
わたしは寝つけずに、洋一の寝顔を見ていた。素敵な寝顔だった。眠っている時、どうしてこんなにかわいいんだろう、と思った。
そっとキスすると、洋一は目を開けた。
「寝ておけよ、奈々。」
ただ、それだけ言って、また寝てしまった洋一。
わたしは、暗い車の中で一人起きていたけれど、けっして寂しくはなかった。
洋一が、寝息をたてている。
それだけで、幸せな気分に浸っていた。
洋一が、寝息をたてている。
ただ、それだけで、星はどんな宝石よりも輝いて見えた。
わたしは、ゆっくりと目を開けた。
車の外はまだ夜だった。毛布から、顔を出して隣を見た。
隣にいるのは、アストだった。
洋一がいるわけはない。彼は交通事故で・・・。
でも、いつか帰ってくると思う。あの日、図書館にわたしの本を返しに行ったままなのだから。すぐに戻る、と言って出て行ったのだから。
わたしは、目を閉じた。
嘘を信じようとしている自分が悲しかった。
涙がこぼれそうになって、わたしは目を開けた。星がにじんでいた。
そうっと、毛布から抜け出し、コートを着ると車を降りた。
外の空気は冷たかった。
エンジンは止めているが、車の中は外よりましだったようだ。
ひょっとしたら、ここで泣いたら涙が凍るかもしれない。
そう思ったら、おもわず笑ってしまった。




