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杉並大学探偵事務所  作者: カダシュート
追憶は陽炎のように
30/92

おばあさんに聞き込み

 服装というのは、探偵にとって重要な項目だ。信用出来るかどうか、人はまず外見で判断する。髪を整え、しっかりと後ろで束ねる。田辺も、紺色のスーツを着た。これでカローラバンに二人で乗り込むと、営業のサラリーマンのようだと思った。探偵には見えないかもしれないが、大学生にも見えまい。

 まずは昨日の空き家の前まで行き、それから一番近い家を探した。

 最も近いのは隣だったけれど、そこは4日前に空き家だと確認していたから、300メートルほど離れた家に向かった。門のある、大きな家だった。

 その門の前に白いカローラバンを停め、チャイムを押す。インターホンが付いていた。田辺には、そこからさらに100メートルほど離れた家に行かせた。二人で立っているのも威圧感がある。

「はい?」

 おばあさんのような声がした。

「杉並探偵事務所の蓮田と申します。お隣のことでお話をお伺いしたいのですが」

 大学、という部分は、わざと抜いた。そのほうがそれらしい。

「はい?」

「お手間はとらせません。少しだけよろしいですか?」

「ああ、ちょっと待っててください」

 しばらくして、玄関が開き、中から農作業をするような格好のおばあさんが出てきた。しっかりとした庭のある家には不釣り合いな格好に見えたけれど、周りは畑ばかりなのだから、これから仕事にでも行くところだったのだろう。

「すみません、お忙しいところに」

「いえいえ、いいですよ」

 そう言うと、門を開けて出てきた。家に入れる気はないらしい。

「高木利沙さんについて調べているんです」

 わたしは、そう言うと、名詞を取り出した。大学名の入っていないやつだった。ただ、杉並探偵事務所、と書いてある。まるで、杉並という名前の人が開いた私立探偵事務所のような感じだ。

「高木利沙さんが失踪していまして。手がかりを探しているんです」

 わたしは、困っているような顔で言った。

「ああ、1年前に引っ越したねえ」

「ええ。知ってます。引っ越した先で失踪したんです。引っ越す前に何があったのかのかを知りたいんです」

「なんでまた?」

「いなくなった理由が分からないんです。ひょっとしたら、1年以上前の事が理由なのかもしれませんし、一応調べようということになったんです」

「ああ、そう」

 おばあさんは、受け取った名詞をしげしげと眺めていた。そんなに珍しいのだろうか。

印刷は、パソコンでやったものなのだけど。

「利沙さんはどんな人でしたか?」

「どんなって言ってもねえ、ちゃんと挨拶の出来るいい子だったねえ」

 そうなの?ちょっと意外だった。いい子、というような人は今まで会わなかったからだ。みんながみんな、不良だとかあばずれだとか言っていたような気がする。

「てつさあと、やよいさあが死んだろ、そんでもあの子は健気でねえ」

 てつさあ、と言うのは父親のことだろうか、それとも祖父のことだろうか。確か、4日前、軽トラックのおじさんは、祖父のことを治夫のじっさまと言っていたような気がする。そうすると、てつさあ、というのは父親のことかもしれない。母親の名前は「やよい」なのか?

「そりゃあそうと、あんた、あそこの家で人が死んでたって聞いたかい?」

 突然、話を変えて、おばあさんは言った。

「ええ。発見したのはわたしです」

「へえ。それは驚いた」

 本当にびっくりしたような声で言った。

「わたしもびっくりしました」

「大変だったねえ」

「ええ。怖かったです」

 わたしは控えめにそう言った。

「首を吊ってたそうじゃないか。嫌だねえ」

 わたしは、首を振って見せた。

「自殺じゃないですよ。頭を殴られていました」

「へええ。本当かい?これは驚いた」

 目を丸くして驚いていた。まるで、テレビに出てくる田舎のおばあさんのようだった。実際、田舎のおばあさんなのだが。

「頭を殴られていたって?怖い話だねえ。身元はまだ分かってないんだってね」

 身元が分からない?警察はなにも発表していないのだろうか。

「新聞には何も載っていなかったんですか?」

 わたしは、思わず尋ねた。

「ああ、自殺した人が発見されたって、小さく載ってただけだねえ。気味が悪いよ」

 警察には、秘密にしておきたい理由でもあるのだろうか。

「あんた、見たんだろ、どんな人だったんだい?」

 わたしは、少しの間だけ躊躇した。警察に協力するのが市民の義務だ。でも、わたしは口止めされているわけじゃない。話してあげれば、利沙のことをいろいろしゃべってくれるかもしれない。

「平松貴文さんでした」

 おばあさんは、目を丸くして驚いた。

「本当かい、それは。あの極道息子がねえ」

 そう言うと、言葉を失ったようにわたしの顔を見つめた。

「極道息子、だったんですか?」

 おばあさんは、聞かれるまでもないという顔で頷いた。

「ああ、死んだ人間の悪口は言うもんじゃないけど、あれはどうしようもないやつでねえ。利沙ちゃんも、あいつのせいでおかしくなったようなもんだ」

「利沙さんは、どんな子だったんですか?」

 利沙の名前が出て、わたしは、このタイミングを逃さないうちにそう言った。

「いい子だったねえ」

 それは、聞いた。

「ご両親が亡くなってから、おじいさんとおばあさんに育てられた、と聞きました」

「そう。治夫さんがね。高校に入る頃までは、いい子だったんだけどねえ。治夫さんも死んじまうし、かわいそうな子だよ、あの子は」

「そういえば、3年ほど前にぼやがあったと聞きましたけど」

「ぼや?ああ、あったねえ。利沙ちゃんが一人で火を消そうとして火傷をしたんだ。右手の甲に跡が残ってね。嫁入り前の子なのに」

 遠くを見つめるように目を細めた。そのおばあさんの目の先は、大根畑だった。

「放火だったんですよね?」

「ああ。あれもあの極道息子がやったに違いないんだよ」

 怒ったような顔でおばあさんは言った。

「平松貴文さんですか?」

「そう。悪口は言いたくないけど、利沙ちゃんはあの男のせいで何もかも駄目になったんだ」

「そう言えば、利沙さんは結婚されていた時期がありましたね」

「ああ。離婚してからは、もっとひどくなったんだ、あの男は。身内がいないことをいいことにやりたい放題で。わたしは何度もあの男に言ってやったんだ。いい加減にしろとね」

「利沙さんは、平松さんと結婚していたんですか?」

 わたしは驚いて言った。

「あんた、知らなかったのかい?探偵さん失格だねえ」

 あはは、とおばあさんは豪快に笑った。わたしも釣られて笑った。確かに、そんなことはもっと早くに調べるべきだった。いくら、調査する3年間に含まれていないとは言っても。何故だか、夫だった人物の名前は佐久間から渡された書類には記されていなかった。意図的なのか、それとも調べられなかったのかわからない。たぶん意図的なんだろう。

「離婚したのは、暴力か何かが問題だったんですか?」

 わたしは、気を取り直して言った。

「そう。時々顔に痣を作ってね。だから、別れなさいって言ってやったんだ。離婚してよかった。あのままだったら、どうなっていたか分からないよ」

「離婚してからも付きまとっていたわけですね、平松さんは」

「そうそう」

 そう言うと、おばあさんはわたしの後ろをひょいっと見た。

「おはようさん」

 これまた、別のおばあさんが自転車で現われた。荷台に鍬が縛ってあった。

「おはよう、トミさん」

 もう一人のおばあさんは、自転車からひょいっと飛び降りた。なるほど、足が付かないのか。体に対して自転車が妙に大きい。随分と使い込んだような自転車で、かごに付いたライトはビニールテープで縛ってあった。

「昨日の首吊り、土蔵屋敷の息子だって聞いたかい?」

 さっきまで話していた方のおばあさんが、トミさんと呼ばれたおばあさんにそう言った。

 わたしの目には、どちらも良く似ていた。背格好もそっくりだし。明日、もう一度二人一度に見たら、どっちがどっちなのか分からないかもしれない。

「土蔵屋敷の息子?」

 トミさんは、不思議そうな顔をしながら、自転車を押して近づいてきた。それから、こう言った。

「あの極道息子なら、さっき車で走って行ったよ。会社に行ったんじゃないかねえ?」



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