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杉並大学探偵事務所  作者: カダシュート
追憶は陽炎のように
28/92

うちは真面目な探偵事務所なんです

 カローラバンに戻ってから、十分ほどして一台のパトカーがやってきた。中年と若い警官の二人は、二階の部屋に上がるまで、わたし達の話を信じているふうはなかったけれど、貴文を発見してからは大騒ぎになった。無線で連絡を取ったり、わたし達に事情を聞いたり、あちこち歩き回ったりした。わたしも田辺も、空き家には警官が来てからは一度も入らなかった。

 二人とも、二階の部屋に入って貴文を見つけた、その後はカローラバンの中にいた、と話した。その後、警察署に移動して、別々に事情聴取が始まったから、二人とも夜になるまで顔を合わせなかった。

 貴文はあきらかに他殺だったけれど、わたしにも田辺にもはっきりとしたアリバイがあったから、夜になるころには解放された。彼は少なくとも死後数時間から数日は経過しており、わたし達がそれまで高速道路を移動してきたことはすぐに理解されたからだ。ただし空き家とはいえ、不法侵入には違い無いから、その点だけはしっかりと、お説教された。だけど、不法侵入しなかったとしたら、誰があの死体を見つけたというんだ、とわたしは思った。

 その夜は、結局ホテルの予約をとっている暇もなく、わたし達はまたしてもラブホテルに泊まるという暴挙に出た。もちろん、田辺はソファーで寝ることにしてだ。

「奈々先輩、隣から変な声が聞こえます」

 わたしは、シャワーを浴びて、濡れないように気を付けながら、バスルームの中で服を着て出たところだった。

「安い作りね」

「そうですね」

「田辺くんもシャワーしたら?」

「そうします」

「服は、わたしに見えないところで脱いでね」

「はい」

 田辺は素直に頷いた。経費節減のために、こういうホテルに泊まるのはいつものことだ。こうでもしないと、正直なところ、利益はないのだ。大学当局も馬鹿じゃないから、調査費として依頼人に請求出来る額は低く抑えられている。それが、サークルとして認められる範囲なのだ。

 それに、はっきり言って、こういうホテルも悪くない。

 カラオケがあったりするし、洋一となら、結局同じことだったし。

 どうしても、安いホテルもラブホテルも見つからないときは、車の中で寝ることもあった。だから、寝袋は必ず積んで来る。バンだから、後部座席を倒せば、そこそこの空間が出来るし、シャワーだけ我慢すれば、それなりに快適に寝られる。

 次の日の午前中に、銭湯か温泉を探せばいい。とくに、田舎の温泉施設は安いし、広くて楽しい。調査をしなくちゃいけないから、あんまりゆっくり出来ないのが難だけど。

 田辺が、十分ほどでシャワーから帰ってきて、わたし達は、遅い夕食をとることにした。途中のコンビニで買った弁当だった。

「レンジは無いですね」

「仕方無いわ」

 冷たいままの弁当を開けて、箸を袋から取り出した。

「それにしても、牛丼屋すら無かったですよね」

 最初、デニーズか何かで食べよう、と言ったのだけど、そんなものは全然無くて、結局こうなってしまったのだ。

「ところで、奈々先輩、どうして平松貴文とかいう人は殺されたんでしょうね」

 田辺は、唐突に、海老フライを食べながら言った。わたしは、途端に食欲が無くなっていった。

「その話は、食べた後にしてほしかったわ」

 わたしは、一口だけ食べた空揚げを置き、お茶に手を伸ばした。

「え?なんでですか?」

 不思議そうな顔で田辺は言った。

「死体を思い出しちゃったじゃないの」

 田辺は、ご飯をごくんと飲み込んで、

「ああ」

 と言った。それから、二つめの海老フライを箸で掴むと、それにかぶりついた。

「よく食べられるわね」

「ええ。お腹、減ってますから」

 そういうことじゃなくて。

 わたしは、自分の弁当を見つめた。気持ち悪くなってきた。

「平松って、どんな人だったんすか?」

 こりずに田辺は言った。わたしは、仕方無く、お茶を持ったまま答えた。

「嫌な奴だったわよ、わたしが知る限りで言うなら」

「どんな?」

 わたしは、貴文の車で何があったか、田辺に話した。

「襲われるとは、限らなかったと思いますけど」

 事もなげに田辺は言った。これだから男ってやつは。

「あのね、わたしだって女を二十年以上もやってるのよ」

「はあ」

 わかったような、わかって無いような声だった。

「少なくても、あいつは女を人間と思ってないタイプの男だわ。だからね、恨んでいる人ならたくさんいると思う」

 田辺は、がつがつと食べながら、

「じゃあ、利沙さんもそのうちの一人ってことですかね?」

 わたしは、お茶のパッケージを眺めた。どくだみ茶入り、と書いてあった。

「それは分からないわ」

 田辺は、最後の一口を飲み込むと、まだ食べたりなさそうにウーロン茶に手を伸ばした。

「ところで、今日の報告書はどうしますか?」

 すっかり忘れていた。そういえば、事務所にも連絡していなかった。

「どうしようも無いわね。あった通りの事を伝えて、今日の報告書は無しにしてもらうしか」

「じゃあ、調査費は出ないんですか?」

「たぶん」

「そうすると、交通費も宿泊費も無しですか?」

「交通費は出ると思うけど。明日と明後日は調査が出来るんだし」

「でも宿泊費は出ないんですよね」

「そうでしょうね」

 浮かない顔で田辺はわたしの弁当を眺めていた。

「明日から、切り詰めるしかないですね」

 つまり、明日の夜は宿泊費を浮かせよう、と言っているのだ。でも、わたしはあんまり車の中で寝たくはない。さっきは割りと快適、と言ったけれど、実際には朝、あちこち体が痛かったりするのだ。なんとなく不潔な気持ちになるし。

「とにかく、アストに電話するわ」

 わたしは、バッグを開いた。田辺は、まだわたしの弁当を眺めていた。

「食べるなら、どうぞ。わたしは食欲無いわ」

「え、いいんですか?じゃあ、いただきます」

 そう言いながら、手を伸ばす。わたしは、それをあんまり見ないようにしながら、携帯の履歴を呼びだした。人が食べているのを見ているだけで吐きそうだった。

「もしもし?アスト?」

 電話の向こうで、がさがさと音がした。

「ああ、奈々か。何してたんだよ。何度も電話したんだぞ。田辺まで出やしないし」

「あ、うん。忙しかったの」

「忙しいったって、電話ぐらいしろよな」

「それがね、例の貴文って人の死体を見つけちゃったの。あの空き家で」

 電話の向こうで、息を飲むのが聞こえた。

「もしもし?聞いてる?」

「あ、ああ。それは本当か?冗談じゃなくて。警察には行ったのか?」

「うん。それで連絡が取れなかったのよ。でね、依頼人の佐久間さんに連絡を取りたいんだけど、電話番号を教えて欲しいの。メモを忘れてきちゃったのよ」

「あ、ちょっと待ってくれ」

 すぐに、電話を何処かに置く音がして、それから、「一美、ちょっとあとにしてくれ」

という声がした。

 アストめ、何をしていたんだか。

 しばらくして、がちゃがちゃ、という電話を掴む音がして、

「書類を探してきた。番号を読むけど、メモはあるか?」

 わたしは、バッグからノートとボールペンを取り出した。

「ええ、いいわ」

 番号を書き取り、それから電話を切った。携帯電話の番号だった。アストには帰ってから詳しいことを言う、とだけ伝えておいた。

 次にするべきは、依頼人の佐久間に電話だった。

「もしもし、佐久間さんですか?」

 電話は数回コールしただけで相手が出た。

「はい」

「杉並大学探偵事務所の蓮田奈々です。今朝はどうも」

「ああ」

 静かに、佐久間はそれだけ言った。あんまり話したくない理由でもあるのかしら。とにかく、わたしは言う事だけ言って、すぐに切ろうと思った。

「本日の報告書が届けられない事態になってしまいましたので、ご了承をいただきたいと思いまして、お電話差し上げたんです」

「何故?」

「実は、先日の報告書にも書きました、平松貴文が死亡しまして、その遺体を発見したのが我々だったんです」

「ああそうなの?」

 ぼうっとしたような声でそう言った。もっと驚いてもいいはずなのに。

「ええ、そうです。それで一日中警察に事情を聞かれまして、本日は報告書を送る事が出来無くなってしまいました」

「ああ」

 気の無い返事だと思った。

「調査日程ですが、一日延長されますか?それとも、今日を除いて6日間、ということで請求させていただいたほうがよろしいですか?」

 電話の向こうは黙ってしまった。何か言ったほうがいいのか、それともこのまま待ったほうがいいのか分からずにいた。一分ほど待って、やっぱり何か言おう、と思った時、佐久間は言った。

「いいわ。今日の分もお支払いします。その替わり、今日あったことを報告書に書いて、送ってちょうだい。それでいいわ」

「え、わかりました」

 どうして貴文の件を聞きたがるのだろう。それとも、お金を払わないというのは、かわいそうだ、とでも思ってくれたのだろうか。

「それじゃあ、よろしく」

 そう言って、電話は切れた。

「なんて言ってました、佐久間さん」

 それまで聞き耳を立てていた田辺が言った。

「調査費は払うって」

「今日の分もですか?やったあ」

「そんなに単純に喜ばないでよ」

「なんでですか?」

「貴文の件について、今日あった事を報告して欲しいんだって」

「何故ですか?」

「さあ」

 わたしは、電話をバッグに戻した。

「案外、佐久間さんが犯人なんじゃないですか?」

 田辺は、にこにこしながら言った。

「そんな、女性にあの重そうな男を天井からぶらさげるなんて出来ないわよ」

「そうですね」

 にこにこしたままだった。

 とにかく報告書を書かなきゃいけないから、わたしはバッグからノートパソコンを取り出した。

「利沙さんに関係あったことは確かですよね、平松貴文は」

 田辺は、少し真剣な顔になって言った。

「そうね。その点から明日は調べようかしら」

 わたしはさっきの電話のやりとりを思い出しながら言った。佐久間は、ぼうっとしていた。今朝、わたしが風邪薬を飲んでぼうっとしていたような感じ。

 そう言えば、いつの間にか風邪のほうは、だいぶ良くなったようだ。

 佐久間も風邪なのかしら。季節の変わり目だし、ありえないことではないわ。何か、ぼうっとするような薬を飲んでいたのかもしれない。


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