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杉並大学探偵事務所  作者: カダシュート
追憶は陽炎のように
24/92

鬱な酔いどれ

 自分のアパートに帰って来たのは午前三時より少し前だった。

 今日の報告書をサークル棟の部屋で仕上げ、コンビニでファックスした。サークル棟に引いた、探偵事務所のファックスは壊れていたからだ。受信は出来るけれど、送信は出来ないという奇妙な壊れ方をした機械は買い換えの予定もなく放置されている。

 そのコンビニで、わたしはウイスキーとビールを買った。

 グラスにウイスキーを注いで、それをビールで割る。

 自分がかわいそうになった時にはこれを飲むことにしていた。悪酔いしそうで気に入っている。

 茶色に濁った液体を一気に飲んで、ウイスキーを足す。それから缶ビールを注ぐ。どんなに飲んでも減らない。

 アパートの前の道を大きな音を立てて車が走っていく。マフラーを替えた改造車だろう。こんな真夜中にそんな車を動かすなよ、と思いながら、すぐに忘れて、そのまま床に倒れた。

 酔いが回る。

 世界が回る。


 葦に囲まれた沼で、もがいている夢を見て、目が覚めた。水は濁っていなくて、わたしはその中でもがいていたけれど、少しも苦しくなくて、訓練すれば水の中でも息が出来るのだ、と思った。そんなわけないけれど。

 いつの間にかベッドの上まではたどりついたらしい。

 体の半分はベッドの上にあった。

 下半分はベッドから落ちて床にあった。それともベッドに寄りかかっているというべきか。

 そうっと立ち上がると腰が痛んだ。

 テーブルの上のウイスキーボトルに手を伸ばす。

 半分ほど残っていたそれを瓶から一口飲んで、目を覚ました。

 水が飲みたい。

 立ち上がると気持ち悪くなりそうだったから、這ってキッチンまで移動する。ほんの三メートルだ。水道に手を伸ばしてグラスに水を入れ、それを一気に飲み干した。もう一杯入れて、それからまた這うようにして移動する。

 今日は出かけたくない。

 調査は誰か別の人に任せたい。

 利沙の人生は不幸続きだった。

 小さい時に両親を同時に亡くし、祖父母と暮らしていた。両親を亡くした記憶からか医者を目指したが、あえなく高校受験は失敗。付き合った男が悪かったのか、妊娠中絶。そしてすぐに祖父が他界。

 高校を出て、祖母の世話をしていたようだが、その祖母も高校卒業後1年ほどで他界。

コンビニでパートを始める。二十一歳で結婚。すぐに離婚。

 そこまでは、調査前から分かっていたことだ。すでに書類に書いてあった。

 これは、どうやって調べたのだろう。

 佐久間、という依頼人が直接、利沙から聞いた話なのだろうか。わたしは二人が親友だと思っていたけれど、そうだ、という理由は無い。違うという理由も無いけれど。

 昨日の調査で分かったことと言えば、その後も利沙はパートを続けていたということくらい。けれど、調査する内容は、仕事と交友関係なのだから、去年の一月までの仕事は分かった、というわけだ。

 交友関係についていえば、いろいろな男と関係があったらしい、ということ。その中でも、平松貴文、という人物とは長い付き合いがあった、ということ。

 そう言えば、三年くらい前にぼやさわぎがあった、と農家のおじさんが言っていた。

 付き合っていた男の一人が火を付けた、とか。

 それは誰なのだろう。

 しかし、もっと分からないのは、こんなことを調べてどうするのか、ということだ。結婚するから、相手の女性について調べてくれ、というのなら分かる。けれども、今回は女が女を調べて欲しいと言ってきているのだ。理由は結婚じゃない。レズビアンかもしれないけれど。その可能性は、たぶん無い。

 わたしは、水を口に運んで、それからカーテンを少し開けた。曇っていた。

 長野まで四時間、二百キロ以上ある。日帰りをするのはつらい。

 今日はやりたくない。調査が一日で終わると思っていた勘は外れた。あと二、三日は向こうで調べないとどうしようも無い。

 今日は、休んじゃおうかな。

 調査日程はまだ六日間もある。こっちに来てからの調査は後輩に任せてある、と田辺は言っていた。利沙が二週間前ほどまで住んでいたアパートの住所は分かっていた。大学から割と近い場所だった。一日全部を当てられない人間でも出来る仕事だ。あとは人員の数でカバーする。実際に何人でやるかは、調査費として出る金額で決まる。だけど、長野まで出張していると、うちが請求する調査費では、経費を含めても、ほとんど残らなかった。そうすると、調査費的には、三日間でこっちの調査をやり、残り三日で長野の調査をすることになる。つまり、わたしは、長野へ何日間行くとしても、三日分のバイト代くらいしか当ててもらえないってことになる。出来れば、長野の調査が終わって、その情報を元にしたほうがいいのだけど、一日で終わると思っていた調査がそれで済まなかったのだから仕方無い。

 いずれにしても、お金が出ない仕事をするかどうかはわたしの裁量次第じゃないだろうか。

 わたしは、そこまで考えて目を閉じた。

 三日間あれば充分だ。

 三日以上調査しても、変わらない。あの狭い街で得られる情報なんて、知れたものじゃないか?

 それが、わたしの勝手な意見だということは良く分かっていたけれど、そうは考えないことにした。

 そうそう、二日酔いだって、立派な飲酒運転になるんですからね。

 わたしは、ベッドに戻ることにした。


 寝ている間に、田辺から電話がかかってきて、わたしは寝たまま、今日は調査に出かけない、と言ったような、言わなかったような気がする。

 ぼうっとして、そのまま夢を見た。

 わたしは、広いお風呂でシャワーを浴びていた。温かい湯が降り注いでいる。目を閉じてじっとしていると、誰かがわたしの肩を抱いた。

「洋一」

 わたしが、そう言うと彼はそうっとわたしを振り向かせた。微笑んで、わたしの髪を手でかきあげ、優しくキスをしてくれた。

「会いたかったのよ」

 わたしは、そう言って彼の体を抱きしめた。彼の胸や背中の感触が伝わる。なつかしい感触。

 彼はそうっとわたしを離すと首にキスをして、それから・・・。

 ベルが鳴った。

 枕元で携帯電話が鳴っていて、反射的にそれをつかんで出てしまった。

「・・・・」

 何を言っていいのか分からなくて何も言えなかった。ここは、何処?

「奈々先輩、そろそろ起きましたか?」

 田辺、の声、だ。

「あ、なに?誰?」

 わたしは、ぼうっとしたまま言った。体が熱い。

「田辺です。起きて、サークル棟に来て下さい。日程を決めたいんです」

「あ、うん。分かった」

 わたしは、考える前にそう言い、それから切った。

 ようやく、目が覚めて、ベッドの中だということが認識できた。周りを見回すと、いつもの自分の部屋で、散らかっていた。

 読みかけの本、空き瓶、空き缶。

 半開きのカーテン。

 脱いだままのシャツ。

 もう一度眠ったら、あの続きができるのかしら、と思った。

 わたしは、目を閉じた。途端に、暗闇に鋭く光る目を見た気がした。慌てて目を開けた。

 だめ、きっと悪い夢を見るに違い無い。


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