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杉並大学探偵事務所  作者: カダシュート
追憶は陽炎のように
21/92

あぶないのはわかっているんだけど・・・

 車に乗って、その内装が、高級車のような作りになっていて、わたしは驚いた。こういう車って乗ったことなかったけど、勝手に野蛮なものだと思っていた。けれど、中は普通の感じ。というより、普通よりも高級な感じ。シートもふかふかだし、目線が高いことを除けば、大きな高級車に乗っているような感じなのだ。

 もっとも、わたしは高級車は好きでは無いのだけれど。運転する人によるだろうけど、あのゆったりした揺れ方が気持ち悪くなってしまうからだ。

 貴文の車は、余計に揺れるような気がした。重心が高くて、車がどうっていうのもあるのかもしれないけれど、それよりも運転が悪い気がする。ブレーキを踏めば前へ揺れるし、アクセルを踏めば後ろへ揺れる。ハンドルを切れば、横へ揺れる。

 すっかり気持ち悪くなる前に降りよう。

「利沙は、三年前、ここに住んでいたのね?」

 貴文はまた嫌な笑い方をした。

「この車には住んでねえよ」

「そのころ、彼女は何をしていたの?」

「何をって、おれとやっていたかってことか?」

 そう言って、再び「いひひ」と笑った。

 わたしは、自分の判断が間違っていた、と思い始めていた。こいつ、協力する気なんて無いんじゃないだろうか。

「そうじゃなくて、仕事とかそういうことよ」

「確か、国道沿いのコンビニでパートしてたな」

「国道沿い?」

「ああ、この先にあるだろう、セーブオンが」

 そういえば、来るときに見た気がする。他にはセブンイレブンがもう一軒あったけれど、セーブオンは一つきりだった。二、三年前のこととなると、従業員は入れ替わってしまっているかもしれないな、と思ったけれど、貴文に聞くのは時間の無駄のような気がして、それ以上は聞かなかった。

「さっき、利沙の家に行ってきたの。何も無い空き家になっていたわ。随分長く空き家になっていたようだけど、利沙は何処に住んでいたの?」

「あの家だよ。利沙は自分の部屋以外には入りもしなかったんだ。食事は外で食うか、買ってきたものを食っていたから、料理もしねえ。食わせてやる男には事欠かなかったしな」

「そうなの?」

「ああ、よく男をかえていたよ」

 わたしは、ちらっと運転席を見た。

「あなたもその一人?」

「馬鹿野郎。おれは、違う。おれはな、誰とも付き合ったりなんていうめんどくさいことはしないんだよ」

 ああ、そうですか。女のほうだって、こんな男と付き合うのはまっぴらだ、と思うんじゃないかしら。

「付き合ってた男って誰か分かる?」

 貴文は首を振った。

「さあな」

 知ってはいるのだろう。けれど、それを言うのは嫌だ、と。男のプライドか。まあ、いいわ。別にこの男から聞き出す必要はない。そんな努力をするくらいなら、他でしたほうが余程効率がいい。

「最後に会ったのは一年前だそうだけど、その時彼女は何処へ行くとか言ってなかったかしら?」

「さあな。知ったことじゃねえな」

 どうやら、あまりいい別れ方じゃなかったようね。

「それより、今日はこれからどうするんだ?」

 貴文は、突然話をかえた。

「帰るわ。明日は用事があるから」

「自転車でか?」

「まさか。友達と一緒に来てるの。車に載せてきたのよ、自転車は」

「そうか」

 そう言いながら、貴文は何事かを考えているようだった。何か、嫌な予感がする。

「彼が向かえに来るから、そろそろ帰してほしいわ」

 彼、というところを強調して、わたしは言った。

「わかった」

 そう言って、貴文はハンドルを切った。草と木と野菜ばかりが景色の中を流れて行った。

太陽は傾いて沈もうとしている。

 秋の日はつるべ落とし。

 さっきまであんなに明るかったのに。

「こっちじゃないわ」

 わたしは、窓の外を見たまま、言った。

「いや、近道なんだ」

 そんな馬鹿な。ずうっと一方へ走ってきていたのに、曲がった先が近道なんて有りえない。

「降ろして」

 わたしは、またしても窓の外を見たまま言った。なるべく冷静な声を出そうと思いながら。

「大丈夫、ちゃんと送るから」

 わたしは、振り向かなかった。

「降ろして」

 再び、窓の外を向いたまま言った。

「大丈夫だって言ってるだろ」

 わたしは、シートベルトを外して、それからいきなりドアを開いた。ロックがかかっていたけれど、勝手に外した。オートロックだったけれど、何秒かのタイムラグがある。風圧で押し戻されそうになったけれど、思い切り大きく開け放った。

「ばかやろう。何しやがるんだ」

 そう言って、貴文は反射的に急ブレーキを踏んだ。わたしは、それを予測していたけれど、シートから放り出されて、ダッシュボードに肩をぶつけた。変な態勢でシートとの隙間に落ちて、身動きが取りにくかったけれど、ブレーキの反動でドアは大きく開いた。ぎしっとかいったけれど、壊れたんじゃないだろうか、などと考えつつも、体はちゃんと反応した。這うように車外へと抜け出して、それから走った。貴文は大声で怒鳴り散らしていたけれど、追っては来なかった。大方、壊れたかもしれないドアの方が心配だったんだろう。


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