あぶないのはわかっているんだけど・・・
車に乗って、その内装が、高級車のような作りになっていて、わたしは驚いた。こういう車って乗ったことなかったけど、勝手に野蛮なものだと思っていた。けれど、中は普通の感じ。というより、普通よりも高級な感じ。シートもふかふかだし、目線が高いことを除けば、大きな高級車に乗っているような感じなのだ。
もっとも、わたしは高級車は好きでは無いのだけれど。運転する人によるだろうけど、あのゆったりした揺れ方が気持ち悪くなってしまうからだ。
貴文の車は、余計に揺れるような気がした。重心が高くて、車がどうっていうのもあるのかもしれないけれど、それよりも運転が悪い気がする。ブレーキを踏めば前へ揺れるし、アクセルを踏めば後ろへ揺れる。ハンドルを切れば、横へ揺れる。
すっかり気持ち悪くなる前に降りよう。
「利沙は、三年前、ここに住んでいたのね?」
貴文はまた嫌な笑い方をした。
「この車には住んでねえよ」
「そのころ、彼女は何をしていたの?」
「何をって、おれとやっていたかってことか?」
そう言って、再び「いひひ」と笑った。
わたしは、自分の判断が間違っていた、と思い始めていた。こいつ、協力する気なんて無いんじゃないだろうか。
「そうじゃなくて、仕事とかそういうことよ」
「確か、国道沿いのコンビニでパートしてたな」
「国道沿い?」
「ああ、この先にあるだろう、セーブオンが」
そういえば、来るときに見た気がする。他にはセブンイレブンがもう一軒あったけれど、セーブオンは一つきりだった。二、三年前のこととなると、従業員は入れ替わってしまっているかもしれないな、と思ったけれど、貴文に聞くのは時間の無駄のような気がして、それ以上は聞かなかった。
「さっき、利沙の家に行ってきたの。何も無い空き家になっていたわ。随分長く空き家になっていたようだけど、利沙は何処に住んでいたの?」
「あの家だよ。利沙は自分の部屋以外には入りもしなかったんだ。食事は外で食うか、買ってきたものを食っていたから、料理もしねえ。食わせてやる男には事欠かなかったしな」
「そうなの?」
「ああ、よく男をかえていたよ」
わたしは、ちらっと運転席を見た。
「あなたもその一人?」
「馬鹿野郎。おれは、違う。おれはな、誰とも付き合ったりなんていうめんどくさいことはしないんだよ」
ああ、そうですか。女のほうだって、こんな男と付き合うのはまっぴらだ、と思うんじゃないかしら。
「付き合ってた男って誰か分かる?」
貴文は首を振った。
「さあな」
知ってはいるのだろう。けれど、それを言うのは嫌だ、と。男のプライドか。まあ、いいわ。別にこの男から聞き出す必要はない。そんな努力をするくらいなら、他でしたほうが余程効率がいい。
「最後に会ったのは一年前だそうだけど、その時彼女は何処へ行くとか言ってなかったかしら?」
「さあな。知ったことじゃねえな」
どうやら、あまりいい別れ方じゃなかったようね。
「それより、今日はこれからどうするんだ?」
貴文は、突然話をかえた。
「帰るわ。明日は用事があるから」
「自転車でか?」
「まさか。友達と一緒に来てるの。車に載せてきたのよ、自転車は」
「そうか」
そう言いながら、貴文は何事かを考えているようだった。何か、嫌な予感がする。
「彼が向かえに来るから、そろそろ帰してほしいわ」
彼、というところを強調して、わたしは言った。
「わかった」
そう言って、貴文はハンドルを切った。草と木と野菜ばかりが景色の中を流れて行った。
太陽は傾いて沈もうとしている。
秋の日はつるべ落とし。
さっきまであんなに明るかったのに。
「こっちじゃないわ」
わたしは、窓の外を見たまま、言った。
「いや、近道なんだ」
そんな馬鹿な。ずうっと一方へ走ってきていたのに、曲がった先が近道なんて有りえない。
「降ろして」
わたしは、またしても窓の外を見たまま言った。なるべく冷静な声を出そうと思いながら。
「大丈夫、ちゃんと送るから」
わたしは、振り向かなかった。
「降ろして」
再び、窓の外を向いたまま言った。
「大丈夫だって言ってるだろ」
わたしは、シートベルトを外して、それからいきなりドアを開いた。ロックがかかっていたけれど、勝手に外した。オートロックだったけれど、何秒かのタイムラグがある。風圧で押し戻されそうになったけれど、思い切り大きく開け放った。
「ばかやろう。何しやがるんだ」
そう言って、貴文は反射的に急ブレーキを踏んだ。わたしは、それを予測していたけれど、シートから放り出されて、ダッシュボードに肩をぶつけた。変な態勢でシートとの隙間に落ちて、身動きが取りにくかったけれど、ブレーキの反動でドアは大きく開いた。ぎしっとかいったけれど、壊れたんじゃないだろうか、などと考えつつも、体はちゃんと反応した。這うように車外へと抜け出して、それから走った。貴文は大声で怒鳴り散らしていたけれど、追っては来なかった。大方、壊れたかもしれないドアの方が心配だったんだろう。




