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杉並大学探偵事務所  作者: カダシュート
追憶は陽炎のように
20/92

そして聞き込み

 話し好きのおじさんが帰っていって、ようやくあたりは静かになった。利沙の話を最初はしていたのだが、そのうち関係のないことまで話し出し、アストのタバコを八本とナスの不作と阪神が今年も勝てそうにないことを延々と話し、わたしは秋だというのに熱射病で倒れそうになった。

 そのうちにアストが無関心になり、わたしは、それでも話を止める隙を見つけられずに立っていた。結局、一時間半はそうしていたかもしれない。

「やっと、帰ったな、あのオヤジ」

 アストは眠そうに言った。

「うん。ちょっと休ませて。車の中で座っているから」

「ああ、そうだな。問題は、どうやって話の裏を取るかだな」

「そうね」

 それから、少し考えて、ナスの前の話を一生懸命思い出した。かれこれ一時間も前に聞いた話だ。

「そういえば、引っ越したのは一年前だって言ってたわね」

「ああ。そうだな」

 アストは上の空で言った。

「でも、カレンダーは三年前のやつが残ってた」

「ああ。つまり、利沙は三年前からカレンダーなんか見なくなったってわけだ」

「そういうもの?見なくなったらカレンダーくらい外して捨てるんじゃないかしら」

「そうか?おれの部屋のカレンダーは確か、まだ去年のやつだぞ」

 それは、アストがずぼらなだけでしょ。


 次に行ったのは「土蔵屋敷」だった。

 農家のおじさんの話に出てきた、利沙を悪い道にひきこんだ男の家だ。

 いきあたりばったりに家を訪ね、そこで「土蔵屋敷」を聞いて、たどり着くまでに30分くらい。分かりやすいネーミングのおかげで助かる。大きな土蔵がある屋敷だった。

「立派な門ね、これ」

 わたしはインターホンを押しながら言った。表札には「平松」とある。平松・・・何処かで聞いたような名前だわ。

「ああ。これだけで200万くらいしそうだな。割と新しいよな。垣根も手入れされているし」

 そう言っているうちに、インターホンから声がした。

「あ、貴文さんはおいででしょうか?」

 土蔵屋敷の息子、の名前だ。

「いえ、仕事に行っております」

「そうですか。わたしは高木利沙さんを尋ねてきたのですが、空き家になっていまして、こちらの貴文さんなら分かるんじゃないか、と聞きまして」

 しばらく返答がなかった。

「ああ、そういうことでしたら、お力になれないと思います。うちの息子もあちらとは何年も連絡を取っておりませんから」

「そうですか。お忙しいところすみませんでした」

わたしは、門を離れた。

「どうするんだ?このまま帰るのかよ?」

アストはぶすっとして言った。

「貴文って人が帰ってくるまで待ちましょう。その間にアストは役所で調べものをして来て」

 アストは、カローラバンに乗り込んだ。

「わかった。ところで、さっきから気になっていたんだが、どうもつけられているような気がする」

「尾行?」

 運転席の窓にむかって言うと、アストは大きく頷いた。

「気のせいかもしれないが、さっきから同じ車をよく見るんだ。ちょっと気をつけていてくれよ」


 アストには役所に行ってもらって、わたしは自転車であたりを走ってみることにした。カローラバンはポンコツだったが、マウンテンバイクの一台くらいは余裕で入る荷室がうれしい。今回は、時間に余裕が無いから別行動をとるとることにして積んできたのだ。というのも、アストには、次の日の午後からの、さぼれない講義があったからだ。

 じっと待っていても仕方が無いので、他にも話をしてくれそうな人はいないかな、とわたしは自転車にまたがったのだ。

 風が気持ち良かった。田舎町は自動車といっても時々通るだけで、一番良く聞こえる音と言えば鳥が鳴く声だった。

 こおろぎが遠くで鳴いている。

 飛行機雲が風にたなびいて広がっていく。

 道にはコンビニのごみなんかは落ちて無くて、清潔感がただよっている。

 わたしは、上り坂にさしかかり、自転車を降りた。

 上りたくないな、と坂を見上げていると背後に気配を感じて振り向いた。

「利沙の友達って、あんたか?」

 男が一人、立っていた。赤いTシャツからはみ出した太い腕はよく日焼けしていた。身長も高い。顔は、笑ってはいなかった。

「ええ」

「本当に利沙の友達なんだな?」

「ええ」

 わたしはためらわず、でも、何故そんなことを聞くの?といった感じで聞き返すように言った。

「それならいい。あいつは元気にしているか?」

 わたしは首を振った。

「行方不明なの。あなたは誰?」

 男は意外そうな顔をした。おれのことを知らないなんてやつはいねえ、と言わんばかりだった。知るわけないでしょう。

「あんたの探していた男だよ。平松貴文だ」

 あ、そう。そのつもりで観察すると、いい男だと思う女もいそうな感じもする。垢抜けないが、うまく育っていればモデルとまではいかなくても、ホストくらいにはなれたかもしれない。体格はいい。身長も高い。顔もバランスがとれている。けれど、知性が感じられなかった。

 中途半端に色を抜いた茶髪がいけないのかも。

 あ、着ている服が悪いのか。安物に見える。本当に安いのか、趣味が悪いのかは分からなかった。

 とにかく、何か一味足りないんだよなあ。

「おい、聞いているのか?」

 貴文は怒ったように言った。

「ええ、聞いているわ」

 わたしは、慌てて言った。いやあ、圧倒されちゃって。

「利沙とはどういう関係なんだ?」

 どういう関係って?恋人じゃないわ、と言おうとしてそういうジョークが通用しそうにもないように思えてやめた。というより、どんなジョークもジョークと思ってもらえそうにない。知性なさそうだから。

「友達。一年前から。他の友達から探してくれって頼まれているの。わたしも気になっていたし」

「その友達ってのは利沙のなんなんだ?」

「友達は友達よ」

 貴文は腕組みをして睨みつけた。

「男か?」

「女よ。いなくなって心配しているの」

「そうか」

 顔がゆるんだ、と思ったのはわたしの思いこみか?今でも利沙はおれの女だ、とでも思っているのだろうか。

「利沙はいつごろまで、あなたと連絡を取り合っていたの?」

 わたしは、めんどくさくなって、とにかくこの男から情報が得られるのかどうかを探ろうとした。

「一年前までだ」

 わたしは、ふと考えた。三年前からの高木利沙の経歴を調べるのが仕事だ。じゃあ、この男に話を聞けば、一年前までの二年間の経歴は目星がつくってものじゃないか。

「じゃあ、それまでのこと、教えて」

 わたしは、甘えた声を出してみた。

「それまでって、いつからのことだよ。おれはあいつと生まれた頃から同じ村に住んでるんだぞ」

「そうね、三年前からでいいわ。わたしが出会う一年前くらいから知りたいの。何かあったとしたら、きっとその頃だと思うわ」

 貴文は意味有りげに笑みを浮かべた。いやらしい笑みだった。

「そうかな。利沙はおれといろいろあったしな。三年前なんて一番落ち着いていた頃なんじゃねえか」

 そう言いながら、もう一度「いひひ」と笑った。

「ともかく、ここで立ち話も人目につくから、おれの車に乗れよ」

 そう言いながら、後ろの車を指差した。タイヤのでかい四輪駆動だった。ピカピカに磨かれていた。メタリックのシルバーが周囲に威圧感をかもしだすような、でかい四輪駆動だ。ランドクルーザーとか言うんだっけ、これ。あれは、トヨタの車名だっけ?

「何処へ行くの?」

「何処ってほどのものじゃねえよ。田舎はよ、何処で誰が見てるか分かったもんじゃねえってんだよ」

 ためらった。こんな奴と一緒にドライブなんかしたくない。

「わかったわ。行きましょう」

 けれども、仕方なく、わたしはそう言った。行かなきゃ仕事は進まない。


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