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杉並大学探偵事務所  作者: カダシュート
憂鬱は暗闇に消えて
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酔いどれ探偵、事件を拾う

 ファミレスでパスタというかスパゲッティーを食べた。メニューの名前はイタリアンスパゲッティー。イタリアンでないスパゲッティーってなんなんだ、と思ったら、隣のメニューは和風たらこスパゲッティーで、その下はインディアンスパだった。そうか。スパゲッティーって国際食なんだ。

「アスト」

「なんだ?」

「素直に奢ってくれるってことは、何か頼み事でもあるわけ?」

 彼は笑い出した。

「まあ、そんなところだ」

「調査依頼?」

「そうだ。探偵事務所のな」

 うちのサークルは営業活動をしている。どこでどうなったのか歴史をひもとけば理由は不思議でもなんでもない成り行きだけれど、杉並大学探偵事務所という名のミステリ研究会は、実際の事件依頼を受ける探偵事務所となっていた。

 もっとも、持ち込まれる調査依頼なんて劇的なものではない。ほとんどがペット探しやら浮気調査やらのパッとしないことばかり。

「重大事件しかやらない」

 そう言ったらアストは首を振った。

「まあ、それもな、だめだな」

「どうして」

「お前がな、うちの所長だからだよ」

「所長は偉いのよ」

「役職っていうのは責任も伴うんだ」

「なによ、偉そうに」

「おれはお前の保護者だからな」

「頼んだ覚えはないわよ」

「ま、それはともかくとしてだ。調査依頼は3日間の監視だ。ターゲットには気付かれないように夜の六時から朝まで尾行する」

「浮気調査ね」

「そうともいう。依頼人はうちの大学の男子学生で、名前は磯崎。ターゲットは、その恋人で長瀬麻美」

「彼に信用の無い彼女は、いったい何をしたの?」

「さあな。自分から話したがらないことは聞かないのがルールだ」

「なによ、偉そうに」

 ビールを注文しようと思ったけれど、アストが怖い目で睨むので、わたしはやめておくことにした。

「二日酔いだし、いいか。我慢する」

「二日酔い?常時酔っているだろう?」

「そんなことはないわよ。起きたときは酔って無いし、飲まない日だって・・・」

「無いだろ」

 それには答えないで外を見た。

 ファミレスの大きなガラス窓からは目の前の国道を行き交う車達が見えた。焦点の合わない目には、それが散りばめた宝石のように写る。ルビーにエメラルドにダイアモンド。

 その中に、きっと恋人の待つ部屋に行く途中の人もいる。

 瞬きをすると、宝石が消えた。

 頬を涙が落ちていったような気がした。

 それに気がついたのは、その時だったかもしれない。

 それはスカートを履いた長い髪の毛だった。つまり、女性だった。たぶん。

 赤信号の横断歩道を飛び出そうとして、近づいてきた大型トラックが急ブレーキをかけた。そのタイヤのきしむ音はファミレスの店内にも響き渡った。わたしは、思わず小さな悲鳴を上げた。

 「どうした、奈々」

 外を指差すとアストにも見えたらしい。ふらふらと立ち上がって歩道に戻る女。窓から罵声を浴びせながらトラックが走り去る。女は、ガードレールにつかまってようやく立っているように見えた。と、その時、また飛び出した。その時に走って来たのは白いセダンで、急ハンドルで彼女を避けていった。女は、まだ車道にいた。ふらふらとして、そして倒れた。

「アスト、お金払っておいて」

 そう言うと、わたしは飛び出した。

 何をしよう、とか、どうすればいい、とか当てがあるわけではなかったけれど、とにかく走り出た。運動不足と体の芯に残ったアルコールのせいで足がもつれる。こんなに広い駐車場を作らなくてもよいのに。地方都市の郊外にある大学そばのファミレス。無闇に広い駐車場には、三、四人の男の子達がいて、目の前の道路で起きている、ちょっとしたサスペンスドラマを眺めて笑っていた。

 無視して走る。

 道路に飛び出ると、大きく手を振って近づいてきた車に合図した。けたたましくクラクションが鳴らされて、思わずわたしは驚いて躊躇する。その脇を、速度を緩めずに走り去っていく。中に乗っていたおじさんは、わたしの顔を睨みつけていった。きっと路上にいる彼女には気がついていなかったのだ。わたしは、次にまたクラクションを鳴らされる前に、その女の腕を掴むと思いきりひっぱって抱え起こそうと、した。

 倒れた彼女を抱え起こそうとして、その女が意識を失っていることに気がついた。

 視界の隅で街の明かりが瞬く。オレンジの外灯が黒いアスファルトを照らし出している。気を失っている人間は、とても重い。引きずるようにして車道から安全な歩道のほうへ寄せていく。彼女の持ち物らしいバッグが道路に落ちていたけれど、とりあえず無視して引っぱっていく。ガードレールに持たせかけて、バッグを取りに戻るとアストがやってきた。

 「大丈夫か?」という問いに「ええ、わたしはね」と答える。バッグをアストに渡すと、わたしは彼女のそばに屈んで顔を覗き込んだ。大きく息をしている。ぜいぜいという呼吸は、普通じゃない気がした。

「まずいんじゃない、それ」

 アストは、めんどくさそうに指差した。

 救急車を呼ぼうと、アストと視線を交わす。すると彼女が目を開いた。焦点が合っていない。

「どこ?」

「え?何が」

「ここ、どこ?」

「どこって言われても・・・」

 わたしは周りを見回した。ファミレス。あとは夜の国道。ううむ。何処とも言い難い。

「あなたの名前は?」と、わたしは、とりあえず質問した。ここが何処かというのは、彼女には大した問題ではないはずだ。

「わたし?わたしは・・・えっと・・・誰だっけ」

 虚ろな目で、わたしを見上げた。

「救急車を呼ぶわ」

「だめ」

 彼女は、そう叫んだ。

「あなたは道路の真ん中で倒れていたのよ」

 わたしは首を振って告げた。

「別に大丈夫」

 頭をふらふらさせながら彼女は言った。

「そうは見えないのよ」

 アッシュブラウンに染めた髪の毛で空中に円を描きながら立ち上がろうともがいた。病院に行きたくない理由でもあるのかな。

「ちょっと飲み過ぎただけ。どこかで休めば大丈夫だから」

 わたしはアストを見上げた。彼は無言でわたしを見つめ返した。女に視線を戻す。彼女は、ちっとも酒臭くなかった。それとは違うにおいがぷんぷんしていた。

「アスト」

「なんだ?」

「サークル室へ連れていきましょう」

「なんでだ?」

「事件のにおいがする」


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