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杉並大学探偵事務所  作者: カダシュート
追憶は陽炎のように
19/92

聞き込み

 入ってきた垣根の隙間から出ると、ほっとした。カビ臭い匂いから解放されて、空気がおいしいような気がした。アストは、タバコを取り出して火をつけた。家中歩き回ったがテープ以外に発見したのはカレンダーくらいだった。

「ねえ、アスト。タバコちょうだい」

 アストは一本引き抜いて、わたしに渡した。

「奈々、これからどうする?もう行き詰まっちゃったけど」

「そうね。利沙が何処へ引っ越したのか、分からないものね」

 わたしは、タバコの煙を胸一杯に吸い込んだ。途端に、咳き込んだ。

「大丈夫か?」

 アストは、言葉とは裏腹に冷静な目でわたしを見つめた。

「大丈夫。ちょっと胃がね、もたれていたのを忘れていたの」

「胃がもたれると、咳き込むのか?おまえは」

「なんでも、いいじゃない」

 わたしは、懲りずにタバコを吸った。あんまりおいしくなかった。

 後ろで、車の音がした。

 振り返ると、軽トラックが走ってくるのが見えた。

「声、掛けてみろよ、奈々」

「なんで、わたしに頼むの?」

「ほら、奈々ってそういうの得意じゃないか」

 そうだったかな?

 けれども、こちらから声をかける必要は無かった。

「おーい。どうしたんだ?こんなところで」

 いかにも、農家のおじさんという人物が、軽トラックの窓から、わたし達に声をかけた。

「高木利沙さんを尋ねてきたんです」

わたしは、嘘ではないことを言った。

「高木、利沙・・・?ああ、ここん家のお嬢さんか。もう、ここにはいないよ」

 そんなことは、もう分かっている。

「ええ。空家みたいですね」

「あんたら、あの子の友達かい?」

「ええ、そんなところです」

「へえ、あの子にも友達なんていたんだねえ」

 聞き捨てならない言葉だった。わたしは、口から出任せモードになることにした。

「え?利沙ってそんな子だったんですか?わたしたち、利沙の引っ越し先で始めて会ったから」

「あ、こりゃあ悪いこと言っちゃったかね。忘れてくれよ」

 農家のおじさんは、悪びれもしないで言った。その目は、もっと聞いて、と言っているように見えたのだが。

「いえ、聞きたいです。利沙ってどんな子だったんです?」

「いやあ、あんまり言えないよ、悪口になっちゃうからさあ」

 すでに、それだけ言ったら悪口だわ。

「あの、実は利沙、わたし達に何も言わないで引っ越ししちゃったんです。参考になるかもしれないから、教えて下さい」

 農家のおじさんは、軽トラックのエンジンを停めた。窓から身を乗り出すようにして、わたしを見つめた。

「まあ、そこまで言うなら。じつはさ、あの子高校に上がったころからさ、おかしくなっちゃってね」

 おじさんは、そう言うと、ふとわたしの持っているタバコに目をやった。

「お嬢ちゃん、タバコをやるのかい?ダメだよ、若い子が吸っちゃあ。肌がね、悪くなるんだよ。もったいない」

 余計なお世話だ。それに、誰にとってもったいないんだか分かったもんじゃない。

「それでさ、あの子なんだけど、なんて言うのかい?不良?そういうのになっちゃったんだよ」

 この、畑ばかりのところで不良、と言われてもピンとこない。30年くらい前の不良のイメージが湧いてくる。だいたい、今どき不良なんて死語だろう。

「どんな感じだったんですか?利沙って」

「う~ん、そうだねえ」

 そう言いながら、農家のおじさんは車を降りた。

「良く無い虫がついたんだね。土蔵屋敷の息子は知っているかい?」

 知るわけないだろう、と思ったけれど、わたしは愛想よく笑ったまま首を振った。

「こいつがさ、やくざなやつでね、悪さばかりしていたんだよ」

 どういう悪さなのか、まったくわからない。具体性に欠けるんだよね、この人の話。

「利沙って子さあ、そいつにつかまっちゃってね、毎晩帰りがおそくなったんだ」

 帰りが遅いくらいで、悪くなったとは、ふつう言わないんだけど。

「そのうち、万引きなんかもするようになってね、時々、家にも帰らなくなった」

 おじさんは、そこで話を切って、わたしを見つめた。

「ところで、お嬢ちゃん、タバコ持ってない?」

 わたしは、あいにく持っていなかった。

「アスト、一本ちょうだい」

 わたしは、箱ごと受け取ると、おじさんに一本つけてあげた。

「あれは、確か、二年生の時かな?妊娠したんだよ、あれ」

 妊娠、ねえ。

「堕ろすの、堕ろさないのってもめてね。そんで、高校やめたんだ。いや、待てよ、やめなかったんだっけな」

 おじさんは、考え込んでしまったが、すぐに顔をあげて、

「ともかく、堕ろしたんだ」

 なにが、ともかくなんだろう。

「気をつけなよ、お嬢ちゃんも」

 だから、余計なお世話よ。

「そんなことしているうちに、心労がたたったんだろうな、治夫のじっさまが死んじまったんだ」

「じっさま?お父さんじゃなかったんですか?治夫さんて」

 表札に書いてあった名前だ。

「ああ、違うよ。あの子の両親は、まだあの子が小さい時に自動車事故で死んでてね。それも聞いて無かったんか、お嬢ちゃん」

わたしは、あいまいに笑っておいた。そういえば、佐久間から渡された書類に書いてあった。

「で、残されたばあさんも、5年前に死んだんだよ。利沙ちゃんが二十くらいのころか?

高校出て、しばらく後だから」

「それで、引っ越したんですか?」

「うんにゃ。利沙ちゃんは住んでたよ、ここに。引っ越したのは一年前だ」

「え?でも、一年でこんなになるんですか?」

 わたしは、空家を振り返って言った。

「いや、この家は、もともとこんなもんだったよ。じっさまが亡くなった後、手入れする人間がおらんくなったからねえ。わしらも、時々は見にきてはいたけども、ばあさんが死んだ後はね。若い娘が一人だろ。わしらが面倒を見るっていったんじゃけど、「いらん」言うんだわな、あの子は」

 おじさんは、それから車に戻ろうとした。わたしは慌てて言った。

「それから、どうなったんです?」

おじさんは、車のドアノブに掛けた手を離した。

「うん?」

「利沙はどうしてたんですか?」

「あれから、利沙は男を連れ込むようになってな。村のもんも、あまり近付かなくなったんだわ」

 ただ、頷いておいた。

「しばらく後だったなあ、三年前くらいかな。ぼや騒ぎがあってな」

 五年前から三年前に話が移るのに、しばらく、かい。余程変化のない生活を送っているのかもしれない。

「それが、どうも付き合っていた男のうちの一人が火をつけたらしいんだ。火事は大したことなく消し止めたんじゃけど、利沙ちゃんは、それ以来おかしくなっちまってねえ。家から一歩も出んようになった。ただ、それまでがそれまでだったじゃろ。だから、村のもんもあんまり様子を見には行かなくてなあ。それで、一年前に引っ越していったんよ」


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