聞き込み
入ってきた垣根の隙間から出ると、ほっとした。カビ臭い匂いから解放されて、空気がおいしいような気がした。アストは、タバコを取り出して火をつけた。家中歩き回ったがテープ以外に発見したのはカレンダーくらいだった。
「ねえ、アスト。タバコちょうだい」
アストは一本引き抜いて、わたしに渡した。
「奈々、これからどうする?もう行き詰まっちゃったけど」
「そうね。利沙が何処へ引っ越したのか、分からないものね」
わたしは、タバコの煙を胸一杯に吸い込んだ。途端に、咳き込んだ。
「大丈夫か?」
アストは、言葉とは裏腹に冷静な目でわたしを見つめた。
「大丈夫。ちょっと胃がね、もたれていたのを忘れていたの」
「胃がもたれると、咳き込むのか?おまえは」
「なんでも、いいじゃない」
わたしは、懲りずにタバコを吸った。あんまりおいしくなかった。
後ろで、車の音がした。
振り返ると、軽トラックが走ってくるのが見えた。
「声、掛けてみろよ、奈々」
「なんで、わたしに頼むの?」
「ほら、奈々ってそういうの得意じゃないか」
そうだったかな?
けれども、こちらから声をかける必要は無かった。
「おーい。どうしたんだ?こんなところで」
いかにも、農家のおじさんという人物が、軽トラックの窓から、わたし達に声をかけた。
「高木利沙さんを尋ねてきたんです」
わたしは、嘘ではないことを言った。
「高木、利沙・・・?ああ、ここん家のお嬢さんか。もう、ここにはいないよ」
そんなことは、もう分かっている。
「ええ。空家みたいですね」
「あんたら、あの子の友達かい?」
「ええ、そんなところです」
「へえ、あの子にも友達なんていたんだねえ」
聞き捨てならない言葉だった。わたしは、口から出任せモードになることにした。
「え?利沙ってそんな子だったんですか?わたしたち、利沙の引っ越し先で始めて会ったから」
「あ、こりゃあ悪いこと言っちゃったかね。忘れてくれよ」
農家のおじさんは、悪びれもしないで言った。その目は、もっと聞いて、と言っているように見えたのだが。
「いえ、聞きたいです。利沙ってどんな子だったんです?」
「いやあ、あんまり言えないよ、悪口になっちゃうからさあ」
すでに、それだけ言ったら悪口だわ。
「あの、実は利沙、わたし達に何も言わないで引っ越ししちゃったんです。参考になるかもしれないから、教えて下さい」
農家のおじさんは、軽トラックのエンジンを停めた。窓から身を乗り出すようにして、わたしを見つめた。
「まあ、そこまで言うなら。じつはさ、あの子高校に上がったころからさ、おかしくなっちゃってね」
おじさんは、そう言うと、ふとわたしの持っているタバコに目をやった。
「お嬢ちゃん、タバコをやるのかい?ダメだよ、若い子が吸っちゃあ。肌がね、悪くなるんだよ。もったいない」
余計なお世話だ。それに、誰にとってもったいないんだか分かったもんじゃない。
「それでさ、あの子なんだけど、なんて言うのかい?不良?そういうのになっちゃったんだよ」
この、畑ばかりのところで不良、と言われてもピンとこない。30年くらい前の不良のイメージが湧いてくる。だいたい、今どき不良なんて死語だろう。
「どんな感じだったんですか?利沙って」
「う~ん、そうだねえ」
そう言いながら、農家のおじさんは車を降りた。
「良く無い虫がついたんだね。土蔵屋敷の息子は知っているかい?」
知るわけないだろう、と思ったけれど、わたしは愛想よく笑ったまま首を振った。
「こいつがさ、やくざなやつでね、悪さばかりしていたんだよ」
どういう悪さなのか、まったくわからない。具体性に欠けるんだよね、この人の話。
「利沙って子さあ、そいつにつかまっちゃってね、毎晩帰りがおそくなったんだ」
帰りが遅いくらいで、悪くなったとは、ふつう言わないんだけど。
「そのうち、万引きなんかもするようになってね、時々、家にも帰らなくなった」
おじさんは、そこで話を切って、わたしを見つめた。
「ところで、お嬢ちゃん、タバコ持ってない?」
わたしは、あいにく持っていなかった。
「アスト、一本ちょうだい」
わたしは、箱ごと受け取ると、おじさんに一本つけてあげた。
「あれは、確か、二年生の時かな?妊娠したんだよ、あれ」
妊娠、ねえ。
「堕ろすの、堕ろさないのってもめてね。そんで、高校やめたんだ。いや、待てよ、やめなかったんだっけな」
おじさんは、考え込んでしまったが、すぐに顔をあげて、
「ともかく、堕ろしたんだ」
なにが、ともかくなんだろう。
「気をつけなよ、お嬢ちゃんも」
だから、余計なお世話よ。
「そんなことしているうちに、心労がたたったんだろうな、治夫のじっさまが死んじまったんだ」
「じっさま?お父さんじゃなかったんですか?治夫さんて」
表札に書いてあった名前だ。
「ああ、違うよ。あの子の両親は、まだあの子が小さい時に自動車事故で死んでてね。それも聞いて無かったんか、お嬢ちゃん」
わたしは、あいまいに笑っておいた。そういえば、佐久間から渡された書類に書いてあった。
「で、残されたばあさんも、5年前に死んだんだよ。利沙ちゃんが二十くらいのころか?
高校出て、しばらく後だから」
「それで、引っ越したんですか?」
「うんにゃ。利沙ちゃんは住んでたよ、ここに。引っ越したのは一年前だ」
「え?でも、一年でこんなになるんですか?」
わたしは、空家を振り返って言った。
「いや、この家は、もともとこんなもんだったよ。じっさまが亡くなった後、手入れする人間がおらんくなったからねえ。わしらも、時々は見にきてはいたけども、ばあさんが死んだ後はね。若い娘が一人だろ。わしらが面倒を見るっていったんじゃけど、「いらん」言うんだわな、あの子は」
おじさんは、それから車に戻ろうとした。わたしは慌てて言った。
「それから、どうなったんです?」
おじさんは、車のドアノブに掛けた手を離した。
「うん?」
「利沙はどうしてたんですか?」
「あれから、利沙は男を連れ込むようになってな。村のもんも、あまり近付かなくなったんだわ」
ただ、頷いておいた。
「しばらく後だったなあ、三年前くらいかな。ぼや騒ぎがあってな」
五年前から三年前に話が移るのに、しばらく、かい。余程変化のない生活を送っているのかもしれない。
「それが、どうも付き合っていた男のうちの一人が火をつけたらしいんだ。火事は大したことなく消し止めたんじゃけど、利沙ちゃんは、それ以来おかしくなっちまってねえ。家から一歩も出んようになった。ただ、それまでがそれまでだったじゃろ。だから、村のもんもあんまり様子を見には行かなくてなあ。それで、一年前に引っ越していったんよ」




