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杉並大学探偵事務所  作者: カダシュート
追憶は陽炎のように
18/92

空き家へ侵入

 アストが事務所に入って来た。

「おかえりなさい」

 わたしは、書類を束ねると封筒に戻した。

「奈々。まだいたのか?」

 悪かったわね。

「それよりもアスト、明日だけど暇?」

 アストは警戒するような目になった。

「どういうことかな?」

「明日、長野に行くんだけど助手をしてくれないかなあ、と思って」


 次の日、高速道路はすいていて気持ち良かった。

「なんでオレが手伝わなくちゃいけないんだ?」

 後ろから迫ってきたメルセデスを追い越させるために走行車線に戻ったアストは、そう言った。

「だって、田辺くんのレポート、お粗末すぎて先生に監禁されちゃったんだもの」

 三速にギアを落とし、くたびれかけたディーゼルエンジンに気合いを入れ直すとアストは強くアクセルを踏んだ。

「だからってオレじゃなくても」

 うちのカローラバンよりも真っ黒な煙を吹いていた大型トラックを追い抜いた。

「いいじゃない。どうせアストは留年決定でしょ?」

「そういう奈々だって卒業できないんだろ?」

「わたし、単位は足りてるわよ」

「でも卒論は出来てないんだろ?」

 そういうと、アストはU2のカセットを差し込んだ。街の喧騒を抜け出し、辺りは紅葉に染まっていた。風に吹かれて様々に色づいた葉っぱが走り去る車達の間でダンスを踊る。

「いいでしょ、ほっといてよ」

 U2のカセットを引き抜くと、ビリー・ホリデーを差し込んだ。秋の空にはロックよりもこっちのほうが似合っている。


 書類の住所を頼りに家を探し当てた。

 探すのは簡単だった。ただ、その家を見て、わたしは確信が持てなかった。空き家だったからだ。

 もちろん、身寄りのない高木利沙なんだから、彼女が故郷を出た時点で空き家になってしまったとしても不思議ではない。隣まで五百メートルもある田舎だもの。借り手も見つからないだろう。でも、問題はそんなことじゃない。

「アスト、本当にここかしら?」

 アストも、それを見上げてわたしと同じことを考えているようだった。

「でも、住所はここだしな」

 それは、空き家というより廃虚だった。手入れのされていない垣根の一部は枯れていて、敷地の中を覗くことが出来た。落ち葉が積もっている。庭の木は伸び放題で、放っておけば森になってしまうだろう。枯れなかった垣根はすでに鬱蒼と繁り外界から異様な空間を仕切っている。

「入るの?」

 わたしは、ちらっとアストの顔を伺った。

「仕方ないだろう?」

 そう言うアストの顔も浮かない。気味が悪い家だ。

「虫がいそうだよな」

 あれ?そういう心配だったの?

 アストは錆び付いて動かない正面の入り口は諦めて裏口に回って行った。胸の高さほどの鉄製の格子扉だったから、乗り越えようと思えば出来たけれど。

「裏口は入れそうだ」

 アストが呼ぶので、わたしは仕方なく付いて行く。庭木が伸びすぎて日陰になってしまった裏側の垣根は枯れている部分も多く、人が通れそうな隙間がたくさんあった。

「窓は閉まっているな。表に回ろう」

 狭い通路を通り抜け、蔦まで伸びている木々の隙間をくぐると庭に出た。当然そこも手入れは入ってないのだが、自動車を停めるために木を植えなかったのだろう。広いスペースが残っていた。三台くらいは自動車がおけそう。

「落ち葉がすごいわね」

 いつから積もっているのだろう。まるでカーペットを敷いたみたいにふかふか。もっとも、気持ち良いものでもないけれど。

「見ろよ、奈々。扉が無いぜ」

 アストが感動したような声を出すので顔を上げると、入り口が無い意味不明な家ではなくて、扉やサッシが外されているのだった。部屋の中はガランとしていたけれど、暗い闇が潜んでいた。

「なんで、空き家って不気味なんだろうね」

 わたしは、縁側に寄って行って、一瞬靴を脱ぐべきか考えた。が、脱がないことにした。雨ざらしの板の間の方より、わたしのニューバランスのスニーカーの方が汚れているとは思えなかったからだ。

 わたしに続いてアストも靴のまま縁側に上がった。わたしは奥のほうへ進んだ。家具はおろか、畳すらなかった。照明も取り外されている。完全に打ち捨てられたのだろう。わたしは湿気くさい匂いに眉をひそめた。

「奈々、カレンダーがある」

 アストは、そういってわたしを呼んだ。隣の部屋へ入っていくと、アストがカレンダーを睨んでいた。三年前のものだった。八月のものが一番上になっていた。

「三年前の八月にこの家は空き家になったのかな?」

 アストは、ぼんやり言った。わたしは、アストの隣からカレンダーを覗き込んだ。

「違うわね。引っ越ししたのは七月よ」

 アストは振り向いた。

「なんで?これ八月になってるじゃない」

 わたしは、カレンダーの金具を指差した。

「ここ。ほら、最後の一枚だけが乱暴に破かれてるでしょ?上側二センチくらい残ってる。それまでの月の分は丁寧に切り取られてるのに。後で誰かが破いていったのよ。これは」

 わたしは、カレンダーから目を離し、奥へと進んだ。確か、利沙が長野を離れたのは一年くらい前のはず。でもカレンダーは三年前のものだし、この荒れ方は、とても一年やそこらのものではない。では、利沙は二年間、何処に住んでいたのだろう。その情報は書類には無かった。

 一階には、それ以上めぼしい物はなかった。

 わたしとアストは二階の階段へと進んだ。

 埃が積もっていた。足元は薄暗かったけれど、なんとなく踏んだ感触で砂まじりの埃だと分かったのだ。そのまま、二階へ上がった。

 二階には二部屋あった。手前の部屋の襖は閉まっていた。一階は襖も取り外されていたが、二階には二部屋とも襖が残されていたのだ。

 そうっと、開けると中にはベッドが置かれていた。カーテンも薄汚れていたけれど残っており、中は暗かった。立ち入るのをためらうくらいカビ臭かった。

「ねえ、アスト。先に入ったら?」

「オレか?」

 アストは、ためらったが、そうっと足を踏み入れた。

 ぎしっと床が軋んだ。

「まさか、床抜けたりしないよな、これ」

 アストは、ゆっくりした足取りで窓まで歩いて行って、カーテンを引き開けた。さっと光が差し込んだ。部屋の中は埃が舞っていた。家具はベッドと学習机が置かれていたが、どちらも何も上には物は置かれていなかった。

 わたしは、明るくなった部屋に入ると、机の引き出しを開けた。

 全部、空だった。

「部屋の感じからすると、こっちが利沙さんの部屋だったようだな」

 アストは、壁を見渡しながら言った。壁には、古いポスターが何点か残されていた。ジャニーズ系のもの一点、映画のものが数点。わたしは、バッグからカメラを取り出して部屋の様子を写真に撮った。

 ベッドの写真を撮った時、ふとそれが気になった。わたしは、しゃがみこんでベッドの下を確認した。こういった場所に何か物を忘れていったりするかもしれない。案の定、本のようなものがあるように見えた。だが、それとは別に意外なものを発見した。

「アスト。これ、見て」

 わたしは、自分のしゃがみこんだ目の前を指差した。

「足跡・・・?オレ達の・・・じゃないな」

 メジャーを取り出して長さを計った。靴のサイズはおそらく二十三センチ。女だ。それも写真に収めた。それから、ベッドの下に手を入れて本のようなものを取り出した。それはプラスチック製のケースに入ったVHS一Cのテープだった。ラベルは無い。

「何だろうね、これ」

 わたしは、それをアストに手渡した。

「さあな。ホームビデオ用の物だけど・・・」

 アストはそれを眺め、手に持ったまま部屋を後にした。


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