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杉並大学探偵事務所  作者: カダシュート
憂鬱は暗闇に消えて
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ミットナハト

「次は奈々の話を聞こうか」

 アストは、タバコを消すと、そう告げた。わたしは、居心地の悪そうな田辺と、なんだか落ち着きの無いアストを見比べていた。アストは、続けざまに、またタバコに火をつける。わたしは、大きくため息をついた。

「麻美はマリファナを持ってたわ」

 そう言って、もう一度ため息をつく。

「それから、他にも錠剤みたいなのも持ってた」

 アストが頷いた。

「つまり、長瀬麻美はセドリックに乗っている男からドラッグを受け取って、オレが山中湖まで追跡した男に手渡した。ユーザーであると同時に売人でもあるってわけだ」

「そうなりますね、町田先輩」

 そう、普通に考えれば、そうなる。

「でも、なんかひっかかるのよ」

 わたしは、何度目かのため息をつく。

「何がだよ、奈々」

「長瀬麻美は磯崎幹人を刃物で切りつけているわ。どうして?」

「そんなもの簡単だろ?麻美は磯崎にドラッグを密売していることを言ってない。オレ達が浮気の現場を押さえたわけではないけど、少なくとも知らない男の影は掴んだわけだ。そのことで問い詰めた。浮気しているんだろうってな。麻美はカッとなって刃物で切りつけた」

 アストは、さも当たり前という顔で言った。

「じゃあ、どうして磯崎は病院を抜け出したの?意味ないじゃない?」

 アストは腕を組んだ。タバコは口にひっかけたままだった。

「好きなんだよ、磯崎は彼女が。傷害事件にしたくないんだろ」

「そんなの、逃げ出したって仕方がないでしょ?」

「それはそうかもしれないがな。慌てていると、そんなものだよ」

 うん、うんと田辺が首を縦に振る。

「男心っていうやつですね」

 どこが?

「でも、やっぱり気になるの」

 そうつぶやくと、わたしは、ソファーにもたれて天井を見上げた。なにか、おかしいような気がする。考えすぎかな・・・

「でも、ま、それも磯崎のダンナを見つければ済むってことだよ」

 アストは、変なセリフまわしで答える。

「田辺、ちょっと磯崎の研究室を覗いてきてくれよ。磯崎の知り合いを探して、やつが行きそうなところを聞いてきてくれ」

 そう言うと、アストは田辺に手を振る。

「わかりました。じゃあ、ちょっと行って来ます」

 そう言うが早いか、田辺はドアに向かって歩き出した。

「でも、真夜中よ、そろそろ」

「大丈夫ですよ、奈々先輩。理系の研究室は真夜中でも誰かは残っていますから」


 時計の針は午前一時を指していた。田辺は戻ってこない。三十分もかかって、何をやっているのだろう。

「遅いわね、田辺くん」

 そう言うと、アストは首を上げた。寝てたな、こいつ。

「うん?ああ、遅いな。悪いけどさ、ちょっと寝かせてくれ。そこのソファー、使っていいか?」

 わたしは、立ち上がった。

「いいわ。じゃあ、今度はわたしがコーヒーでも買いに行くから」

 アストは、じっと寝ぼけた目のままでわたしを見ると「そうか」とだけつぶやいて、ソファーに倒れこんだ。疲れているのだろう。考えてみれば、彼は一昨日の夜にわたしに呼び出されてから、ずっと眠っていないのだ。その前だって寝ていたわけじゃないのだろう。

 わたしは、そっとドアを開けて廊下へと出た。部屋の外は、空気が冷たかった。もう秋の空気。階段を下りて、自動販売機でジンジャーエールを買う。

 さて、これからどうしよう。アストを起こすのもかわいそう。麻美の部屋に行っている二人も交代させなくては。みんな疲れているはずだ。

「奈々さん?」

 呼ばれて、振り返った。

 もう一つの事件がやってきた。パラノイアの由香。こっちはこっちで大変なのよね。

「こんな時間に会うなんて・・・どうしたんですか?」

「うん、ちょっと別の事件があって・・・」

「わたしの依頼、調査はしてくれてますか?」

「そうね。すぐには取り掛かれないかもしれない」

「そうですか」

 悲しそうに由香は目を落とす。今日もまた革のジャケットに身を包んでいる。でも、こんなに寒いと、あんまり違和感も無いか。流行ではないけれど。

「信じてくれました?わたしのこと」

言葉に詰まった。信じるも信じないも無いのだ、本当は。彼女の事件は、そもそも彼女の妄想でしかない。いくら調査をしても、ぜったいに何も明らかにはならない。

「残念だけど、まだだわ。由香は検査を受けた?」

 由香は首を振った。

「いいえ。でも、妄想なんかじゃないんです。絶対に違うんです。あの虫はいるんです」

 どうすればいい?どう説得すればいい?

「検査を受けないと、証明にはならない・・・」

「そんな必要は無いんです。証拠がありますから」

「証拠?どんな?」

 由香は得意な顔で言った。

「私以外にも見えるんです。その虫。調べてくれた友達がいるんです」

「誰よ、その人って」

「まだ言えません。秘密にしておいてほしい、と言われているんです。卒論で発表する予定だからって」

 なんだそれ。説得力が無いぞ。

「理学部かなんかなの?」

「そうです。奈々さんに話をする前に相談していた人がいるんです。その人が証人です」

 なんの証人なんだか。人の妄想に調子を合わせるなんて悪い冗談だとしか思えない。

「それで助けになるからって。今夜、行ってみようと思うんです。彼は今夜の儀式の場所がわかったって。奈々さん。一緒に行ってくれますか?」

 わたしは、ため息をつきそうになって、慌てて飲みこんだ。

「ごめん。今夜は無理なの。もう事件を一つかかえているの」

「そうですか」

 さびしそうに由香は言った。わたしは彼女を信じて無い、とそうわかってしまったような気がした。見捨てたと思われている、そんな気がした。とても後ろめたい気がした。

「わかったわ。すぐには行けないけれど場所を教えておいて。こっちが終わり次第、すぐに行くから」

 由香の顔は晴れなかった。足元を見たまま動かなかった。革のジャケットがこすれて、

小さな音を立てる。

「わかりました。ここにメモしておきました。きっと来てくださいね。午前3時までに」

 わたしは、わかったと頷いた。これで今夜も徹夜になる。みんな時間の感覚がおかしい、とそう思った。


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