八節 征く者、留まる者、その確執
バーテンダー幼女とすったもんだやりあった後のことだ。
俺は当初の予定通り、会議中であるらしい食堂へと移動した。
中では、なるほど議論の真っ最中であるらしく、扉を挟んだ廊下まで怒号が漏れ聞こえていた。
嫌だなー入りたくないなー。
俺はソロ~っと扉を開けて中の様子を覗う。室内は思った通り、しっちゃかめっちゃかの様相を呈していた。
「ここから出るにはダンジョを踏破せねばならん。なぜこんな簡単なことがわからんのだ!」
あれは医者のおっさんだったか。テーブルに拳を叩きつけて怒鳴っている。
「だから男だけでやってって言ってるでしょ! 女子を巻き込まないでよ!」
かと思えば金切り声を上げるおばちゃんがヒステリックに叫ぶ。
「それは分かったと言っている! ならばせめて金を出せ! そういう話だ!」
「ふざけないで! 食べていくのだってお金はいるのよ!
男はいっつもそう! 勝手な事ばっかり言って! 女の苦労なんて知ったことじゃないんだわ!」
……
回れ右しようか迷っていると、平賀さんと目が合ってしまった。
地獄に仏とでも言いたげな顔をされた。
「皆さんちょっと、藤崎君が来ましたよ。ちょっと落ち着いて。ね? ほら藤崎君、こっちこっち」
逃げる間もなく手招きされる。
俺は諦めて空いている席に着く。
「や、ホントによかったよ。蘇りなんていうのがあって。体は大丈夫なんだよね?」
アンリから話は通っているようで、死人が現れた衝撃は見られない。
それでも好奇な目で見られはしたが。まあしょうがないね。
「ダンジョに行くか行かないかの話ですか?」
「え、い、いや、それは皆でがんばっていこうっていう事でね。ただ……うん」
言いにくそうに頭を掻く。
「各人の貢献の仕方をどうするか、という話だ」
見かねた石原さんが助け舟を出した。
「体力に自信のある者には潜ってもらいたい。強制はできんが、これは概ね了承してもらった。しかしな……」石原さんは腕組みをして眉をひそめる。「ショップを見てきたのだろう? 価格設定を見てどう思った?」
「高い……というか、手持ちが足りない印象です」
そう答えると、石原さんは重苦しく頷いた。
「我々は君が『寝込んで』いる間に事の経緯を聞いた。ダンジョンには恐ろしいモンスターが潜んでいるのだろう? であれば、モンスターの闊歩するダンジョンを攻略するには、しっかりとした装備が必要だ。
そして装備を整えるには相応の対価もまた必要。しかし我々個々人の資金で調達するのは難しいため、攻略組に対して待機組は所持金の一部を拠出すべきではないか、という意見と――」
「嫌よ! あるだけでやりくりしなさいよ! こっちだってねえ、色々と入用なのは同じじゃない!」
ご覧の有り様だ、とでも言いたげな石原さん。周りの反応もヒステリックおばさんに呆れている者が多いけれど。
一方で、居心地悪そうに沈黙する者も確かにいる。
なるほど、と思う。
おばさんは暴れているから目立っているが、つまり、おばさんに同調する者も確かに一定数いるようだ。金も体も出さないけどダンジョンは攻略しろ、という者。真意は不明だが、確かにそういった者はいる。決しておばさん一人がわがままを言っているわけではなさそうだ。
彼らを身勝手だと糾弾するのは酷だろう。不安なのは誰だって同じだ。所持金が少なく、体力に自信のない人だっているのだろう。彼らには彼らの事情がある。
かといって甘い顔をしていられる余裕もなし、と。
……うん、これは確かに面倒だぞ。
「一度攻略が軌道に乗れば、待機組からの支援は必要ないような気がしますけど」
と言うと、平賀さんは困ったように一度唸った。
「それは、モンスターを倒して資金を稼ぐっていうことかな?」
平賀さんはそう言って翔琉クンに視線を移す。その翔琉クンはヘラヘラ笑って、
「やっぱあれっしょ? ダンジョンでモンスターっつったら、金とか換金アイテムドロップするって思うっしょ? ゲーマーの基本、つか現代っ子の常識的な? ワカルー」
デスヨネー。
うっわまじか。俺ってば翔琉クンと同レベルなん? ちょっとショックだ。
「……一度、試してみたほうがいいのかな」
ボソッとした呟きに、みんなの視線が一斉に集まる。
今のは誰だ? 桃木坂だ!
当の本人はビクッとしてデカい体を精一杯縮こませると、顔を伏せて黙ってしまった。
「そう……だね。うん、ここであれこれ考えるより、実際に動いて確かめよう。幸い、死んでも何とかなるのは分かっているし。
あ、いや……すまない藤崎君。無神経だった」
平賀さん、別に気にしちゃいませんよ。
というかあれだ、一度死んだ者として言わせてもらうなら。
「実験するとして、ダンジョンに潜る人選はどうなりますか?」
「そうだね……有志になる、のかな」
では一つ、生き返りの先輩として助言をば。
「体力のあるなしよりも、自分の死に無頓着というか、生き返りを受け入れられるかどうかで判断してください。
自己の同一性に疑問を感じるような人には、ちょっと生き返りはお勧めできません」
俺は皆に向けてそう言った。
幸い俺は受け入れられたけども。人によっては抵抗感があると思うのだ。
いわゆる『死と再生』ってのは。
次回からやっとダンジョン探索です。ここまで長かった……