七節 富豪、大海を知らず
ショップへの道すがら、「所持金を聞かれたらぽろっと漏らしそうだ」と不安をこぼすと、
「心配ないわ。その……自分だけ助かろうと考える人がいるんじゃないかって、皆警戒しているから。
他人の所持金を詮索しないっていう空気になっているの」
「へえ。どうも本当にややこしい感じになってるみたいだ。あ、ごめん。アンリの所持金見てしまって」
「構わないわ。あなたは信頼できる、そうでしょう?」
「パンツさんはチョロイなー」
「やめて」
そんなやり取りをしながらやってきた。
バーもといショップである。バーテンダー幼女もしっかりカウンターに立っている。
アンリとはショップの前で別れた。他の皆は食堂で今後のことを話し合っているらしく、そちらで俺のことを報告しておくそうだ。ショップを見終えたら合流しよう。
俺はカウンター越しにバーテンダー幼女へと話しかける。
「ようマスター、景気はどうだい?」
「さっぱりです」
「そうかい。ところでアンリから聞いたんだが、あんた、妙なものを取り扱ってるらしいな。ちょっと目録を見せてくれよ」
「妙なものですか。さて、何を指していることやら私には図りかねます。しかしメニューでしたらこちらに」
ドスン。とバーテンダー幼女はソレをカウンターに乗せた。
はた目には辞書に見える。物凄く分厚い本だ。
「鈍器?」
「こちら目録になります」
ドスンドスンドスン。
カウンターが揺れた……ような気がした。
そうして都合十二冊の鈍器が並んだ。
食料
日用品
雑貨
服飾
家具
家電
趣向品
武器
防具
ダンジョン用品
水道光熱
増改築その他
それぞれの表紙にはそんな言葉が印字されている。
一つパラパラとめくってみる。
ほほう、豚小間300Gか。おいおい白菜四分の一カット150G? たけーよ馬鹿。冬前だからってぼり過ぎだろ。
インスタントはこんなもんか。うれしいね。時々無性に即席ラーメンのチープな味が恋しくなる時があるよな。
……
表紙を確認。うん、そうだよね。食料品だよね。知ってた。
無言で本を閉じる。
「日本の物価?」
「そういった面もあるかと」
しれっと言うバーテンダー幼女。
「Gと円って等価だと思っていいのか?」
「そう言った面もあるかと」
いやいや。もろにそうじゃん。日本のスーパーの価格設定じゃん。
てことは俺、今8000円持ってるってこと? すげー富豪じゃん。田舎の高校生にとって8000円なんて大金だぞおい。
少しウキウキしてきた俺は武器をめくってみる。
やっぱり俺も男の子だし? 剣とか燃えるじゃん? 買っちゃうぜー買う買うガハハハッ。
・鉄パイプ 500G 取り回しの良い標準的な鉄パイプ。撲殺のお供に。
500G? 安い安い!
・グロック17 60000G サイドアームにピッタリ。グロックの名銃。
近代火器まであるのか。六万はちょっと手が出ない。
・西洋剣 (レイピア) 200000G 無銘の細剣。可もなく不可もなく。
ちょっと知らない数字ですね。
・暴食の肉切り包丁 555000000G 大罪魔剣の一振り。肥大する悪意の結実。
ごおくごせんごひゃくまんごーるど? なんだ、たかだがうまい棒五千五百五万本分か。
力なく本を閉じる。
落胆に肩が落ちるのが自分でも分かる。
富豪気取りでガハハとか言っちゃってた自分が恥ずかし。井の中の蛙ってこんな気分だったのかな。
ちなみに他のアイテムも酷かった。普通の全身鎧が数百万クラス。鎖帷子でも三、四万ほど。ポーション類は割合お安くなっております。
「価格設定の見直しを要求する!」
「検討しましょう」
「いやいや~頼むよ~。ちょっとおかしいじゃーん? 人一人の命が鉄パイプと同じってありえなくな~い?」
「適正価格です」
だめだこりゃ。暖簾に腕押し馬耳東風、ごねてもお車代は出ませんよってなもんだ。
くそう、密かに思い描いていた『金の力で俺TUEEEE』計画が早くも頓挫してしまった。
どでかいため息が漏れてしまう。
「じゃあさ、8000G……や、ちょっと残しといたほうがいいか。5000G前後でいい感じの装備を見繕ってプリーズ?」
「構いませんよ。目的は?」
「ダンジョン攻略」
「攻略日程は?」
「速攻でよろしく」
「想定交戦距離」
「できるだけ遠くから一方的かつ安全に」
でしたら、とバーテンダー幼女はニッコリ笑った。
「部屋のスミでガタガタ震えて命乞いするのをお勧めします」
「お前やっぱチュートリアルの奴だろ」
ヘルシングを引用するような奴はやばい。古事記にもそう書かれている。
フィンランドの名字は奇跡ですね。