三節 光の剣に斬られたヤス(享年24歳)
「いいかよく聞け! お前らは! ……えーっと、あれだ! ゴミだ!」
開口一番、どもりながら罵倒するスーツ幼女と、呆気にとられる俺ら。
なんだこいつ、というのが感想の全てだ。
そんな32人に構わず、スーツ幼女は続ける。
「お前たちは現代日本のぬるま湯にどっぷりつかって溺れたゴミだ。
糞を垂れ流すだけの肉袋ども。驕り、怠惰で、惰性を貪るゴミども。
お前たちは哀れだ。だが……許せん!
たとえ親兄弟、恋人、友人。彼らが許そうとも、我々はお前を許しはしない!
……だが安心してほしい。我々は怒ってはいるが、君たちを見捨てたりしない。ゴミを卒業するチャンスをあげるのさ」
……え? なにこいつ……なに?
「人間というやつは不思議な生き物でね、どうしようもないクズをひとまとめにすると、
なぜだかその中の一部はまともになるのさ。ん? まともになー、ならざるを得ない。うん」
やばいぞこれは。
なにがやばいって、ヘルシングを引用するような奴にまともなのがいないのがやばい。
だから、意味不明の言葉も、きっとやばい。
「この館は、あー、次元の狭間的なところにあってだね。人の身では、出るも入るもできないのだよ。
だがしかし、安心してほしい。君たちは独りではない。君たちを見守るのは、人よりもずっと上位の存在。雄大で偉大で、けれど残酷なお歴々だ。
君たちに課金する存在でもあるわけだから、彼らの機嫌を損ねない方が良い、と忠告しておこう」
スーツ幼女は手をすり合わせて一同を見渡す。
「みんな、所持金は把握しているかな? システムウィンドウは? 課金について尋ねたいよね?
けど残念。全てを教えることは――」
言葉が途切れる。
いつの間に移動していたのか、男が一人、壇上に上がっていた。
「――おうコラ。てめえ舐めてんのか?
コラおう! ざけてんじゃねえぞコラ!」
見るからに野蛮で、明らかにソッチ系のあんちゃんだ。
青筋を立ててスーツ幼女を睨みつけている。今にも掴みかかる勢いだ。
「拉致りやがってよお、あ? 分かってんだろうな? ガキがよお、お終いだぜお前――」
「おっほー! 凄いね君。わざわざ自分からチュートリアルのやられ役を買って出てくれるなんて、お姉さんってば涙が出ますよ」
スーツ幼女は手を開く。
ジャラジャラと、硬貨の擦れる音。
虚空から現れた、金色に発光する光の剣が握られ。
一閃。
男の身体を、一筋の光が切断した。
「うっ……お?」
スーツ幼女の光の剣が霧散する。
キョトンとする男の前には所持金のシステムウィンドウ。
と、その数字が、堰を切ったかのように減少を始める。
「お、おおおおお!?」
肩を震わせて男は叫ぶ。白目を剥いて、口からは泡を吹いて。
悲鳴は誰の物だったのだろう。
叫ぶ男をつまらなさそうに一瞥したスーツ幼女は、一つ手を打ってニッコリと俺たちに笑って見せた。
「今のは『ブレード』。所持金の一部を消費して、消費した額の十倍を相手から奪える、君たち共通の武器ですね。攻撃が成功すればハッピー、でも気を付けて。失敗すればアンハッピー、使ったお金は返ってきません。
で、所持金が0になったらー」
< 所持金 0G >
男の身体が薄れていく。靄に溶けていくように、どんどん男の存在が希薄になる。
そこにあるモノが、意味を失っていく。
絶叫は消え、苦悶の表情も消え、ついに男は消え去った。
一片の痕跡も残さずに。
「はい。ご覧の通りですねー、素寒貧には退場してもらいます。
理解したかな? システムウィンドウに表示されてる資金。これは君たちの剣であり、命なのだよね。
ブレードを使えば、奪えるし、奪われる。
所持金が0になれば、こんな風に退場しちゃうわけだから、大切にかつ大胆に運用してね」
……
「……消えた?」「マジックだろ」「え、なに、なんなの」「バカ、あんなのトリックに決まってんじゃん」
「バカはお前だ、あんなの無理だろ」「あの人どうなったの」
「質問だ」
不可思議な光景にざわつく中、野性味あふれる中年の男性が発した、ひときわ重く響く重低音。
水を打ったように静まる室内。
はいどうぞ、とスーツ幼女は言った。
「この館から出るにはどうすればいい?」
その質問に、スーツ幼女はニッコリ笑う。
待ってましたと言わんばかりだ。
「君は察しが良いね。けーどー?
もうちょっと周りの歩調に合わせたほうがいいと、お姉さんなんかは思っちゃったりするわけだーねー?
まーいっか。うん、君たちがここから解放されるにはー……じゃじゃん! 最後の一人になるまで皆殺ししちゃえば帰してあげまーす。
たーだー? いやん、そんなの無理無理ムーリーってぶりっ子ちゃんもいるわけだし?
あれだ、ダンジョン用意したから、そっち全クリしたら全員解放です。でもお勧めしないです。つまんないから。
あと、9999億G貯めればショップで解放チケットが買えるから。まあ一応ね? 目指すのも止めないよ」
スーツ幼女はさも嫌そうに口を尖らせた。
「やっぱりお勧めは皆殺しルートだよね。一番簡単確実受けも良い、個人的には断然こっち。
でもまー、これって一応は更生目的だし? 皆仲良く力を合わせてってのも、まーいーんじゃないっすか」
わざとらしくため息を吐くと、
「そんじゃ、チュートリアルはここまで。後は各自の創意工夫にお任せだよ」
スーツ幼女はそう言って、まばたきの間に消えてしまったのだった。
次回は館内の探索をしていきます。
ヤス(24歳)に合掌。