堕落の始祖
吸血鬼は日光に弱い。
ニンニクに苦しめられ、
銀に弱り、
杭で殺され、十字架で手出しができなくなる。
そんなこと、誰が決めた。
確かに、大抵の吸血鬼は“そう”かもしれない。
だけれど、それは大抵の、下等な吸血鬼の話だ。
そう、いるのだ。
日の光の下を悠然と闊歩し、
どんなものでも平然と喰らい、
銀の装飾品を身につけ、
心臓を杭で穿たれようとも死なず、
十字架を踏みつける。
不老不死を唄い、暗き魔界より悪魔を連れて現れるという彼らを、
人々は始まりの吸血鬼ーーー
“始祖”と呼んだ。
鈍い音と共にゴトリ、とその体から首が滑り落ちた。
首なしの男の後ろにいた兵士たち(恐らくは部下たち)は、眼前の光景に言葉をなくし、引き攣るような息をした。
果たして、今目の前では何が起こったのだろうか。
つい先ほどまで自分たちを励まし、共に戦ってくれていた隊長は、今や胴体のみで立っている状態だ。
切られた首の断面からは止めどなく血が吹き出し、その雫が一番近くにいた部下の頬を濡らす。
生温かさとヌメリとした感触に、体に震えが蘇った。
そうだ、自分たちは何千年と封印されていた森へ、魔物討伐に来たのだ。
その途中に古い城らしきものを見つけ中へ入ったはいいものの、酷く荒れていて先へ進めずにいたのだ。
立ち往生していたそこへ、あの青年がーーー
男たちは、隊長だったもののさらに先へと視線を移す。
そこに立っているのは、ほっそりとした長身の青年だった。
艶やかな藍色の髪は後ろを一つにまとめ、背中までの三つ編みになっている。
白磁の肌と、両耳には細い銀の輪がついたピアスがつけられている。
決して筋肉質なわけではなく、むしろ少し乱暴にすると折れてしまいそうな、不健康さを持っていた。
身につけているのは白い薄手のシャツと細身のズボンという寝間着とすら感じさせる格好だ。
そして何より血のように赤い瞳は、隈さえなければ宝石のように綺麗なのが想像に難しくない程、無機質さを秘めた輝きを放っている。
たった一閃。
この青年が隊長に向けて右手を一閃しただけで、鎧をまとった屈強な男の首が刎ねられたのだ。
男たちの剣を持つ手が汗ばむ。
この青年は、人ではない。
その場全員の考えは一致した。
行き止まりで立ち往生していた男たちにとって退路は青年の後ろのみ。
逃げるにしても戦うにしても前へ出るしかない。
脱力したように佇む青年は変わらず冷たい視線を注いでくるだけで、動こうとしない。
今なら…!
「生に飽いたことはあるか。」
聞こえた言葉に、男たちは動きを止めた。
その声は見た目通りに青年のそれで、けれど口調は老成した男性のよう。
「死に、恐怖したことは。」