宝もの
大人と一緒でなければ入ってはいけないと いつも言われている森の中の 一本の木の下で私は泣いていた。
私は村一番の泣き虫でひとりでは何も出来ず、いつもかばってくれる強い幼馴染の後ろに隠れてばかりいた。
他に友だちも作ることも出来ない私に、幼馴染は なんだかんだ文句を言いながらも 私につきあってくれていた。
いつまでもこんなではいけないと思うのだが、なかなか勇気を出す事が出来ないでいた。
そんな ある日、遠くの街に働きに行っている父さんが帰って来た。
とても嬉しくていっぱい甘えたかった。
でも父さんはまたすぐに街に戻らなくてはならない。
寂しがってまた泣いている私を心配した父さんは、街で人気のお土産をくれた。
それは出会うと幸運が訪れると云われている 薄緑色のしっぽがふかふかな森の生き物のぬいぐるみだった。
これを持っていると勇気が出てくるよ、父さんはそう言って私を抱きしめてくれた。そうして父さんはまた街に働きに行ってしまった。
寂しくて泣き続けていたけどそのぬいぐるみを抱きしめると 涙が止まった。
なんだか本当に勇気が湧いて来る様な気がして、私は初めてひとりで家の外に出た。
そして、初めてひとりで他の子どもたちに話しかける事が出来た。
そうして、少しずつ幼馴染の他にも友だちを作ることが出来る様になった。
その日からぬいぐるみは私の大切な宝ものになった。
この宝ものがあればなんでも出来る、もう幼馴染に迷惑をかけなくてすむ、私はうれしくて 、それからはどこに行くのも何をするのもぬいぐるみと一緒だった。
他の子と遊ぶ事が増えて、いつの間にか幼馴染といる事も少なくなっていた。
そして幼馴染が 私が宝ものを抱きしめているのをつまらなさそうに見ているのにも気付かなった。
ある日、私は幼馴染と初めてけんかをした。
私はどうして良いか分からず、宝ものをぎゅっと抱きしめた。
すると幼馴染はパッと宝ものを取り上げると森の方へ投げてしまった。
呆然としている私を見て 幼馴染は気まずい顔をしていたが、私が幼馴染の方も見ずに、宝ものの行方にばかり気をとられているのを知ると何か怒鳴って村の方に走って行ってしまった。
大事な宝もの。
森には子どもだけでは入ってはいけないのは知っている。
でも宝ものを探さなければ。
私は森に恐る恐る入って行った。
そんなに奥に行かないうちに宝ものは見つかった。
でも、それは高い木の枝に挟まっていて私には手が届かなかった。
なんとか登ろうと頑張ったが手に擦り傷を作っただけだった。
手に滲んだ血を見ていると久しぶりに涙が出てきた。
少し前ならここんな時は必ず幼馴染が助けてくれた。
でも今は誰も助けてくれくれない。
涙を止めてくれる宝ものは木の上。私はしくしく泣き続けた。
しばらく泣いていると足元でカサッと音がして目を向けると、私の宝ものがそこにあった。
うれしくてぎゅっと抱きしめると宝ものは本物の生き物になっていた。
ぬいぐるみの時よりすべすべふかふかで、色も鮮やかになっていた。
おかえり、と頰ずりしていると今度は頭の上でガサッと音がして目を向けると、大きな恐ろしい竜がこちらを見下ろしていた。
私は宝ものを抱きしめたまま腰を抜かしてしまった。
すると腕の中の宝ものが顔を擦り付けながら私と竜を交互に見ている。
怖がらなくてもいいよ、と言っているようだ。
私が少し落ち着くと竜が木の枝に挟まっているものを見つけた。
それは私の宝ものだった。
目の前の生き物は私の宝ものではなく、本物の幸運の森の生き物だった。
竜は始めは爪で、その後は鼻先で宝ものを取り出そうとしていたが竜はとても大きいので上手く行かないようだ。
すると腕の中にいた幸運の生き物がするすると木に登って枝に挟まっている宝ものを押したり引いたりして取りだしてくれた。
私は宝ものを受け取ると抱きしめた。すると宝ものの中から白い綿が飛び出して宝ものはぐんにゃりしてしまった。
宝ものだったものはただの布のかたまりになってしまった。
そして気がついた。私が幼馴染にしたことを。
私は今までこのぬいぐるみを幼馴染の代わりにして、ひとりでなんでも出来ると思ってしまった。
本当に自分を助けてくれていた幼馴染を用済みの様にしてしまった。
幼馴染は私を許してくれるだろうか。前の様に一緒にいてくれるだろうか。
また涙を流し始めた私を見た竜が 何か口の中で囁くと、ぬいぐるみが光り、次の瞬間にはもうぬいぐるみは綺麗に直っていた。
私は驚いて、ぬいぐるみと幸運の生き物と竜に目を順にやると竜がなんだか微笑みを浮かべた様に感じた。
私がほっこりとした気持ちになっていると、後ろの方から幼馴染の私を呼ぶ声が聞こえた。
大人を連れて私を捜しに来てくれたらしい。
幸運の生き物が私を押している。もう行く様に言っているらしい。
私は竜と幸運の生き物にお礼を言うと、幼馴染の声に向かって走り出した。
ぬいぐるみは私の大切なお守り。
だけど私を迎えに来てはくれない。
竜と幸運の生き物の様に力を合わせて何かをする事は出来無い。
私が勇気を出せたのは、初めに幼馴染が私の手を取ってくれたから。
一度立ち止まり息を吐くと私は駆け出す。
本物の宝ものに向かって。