香水瓶の中の小人
香水瓶の中の小人
牧野さんからエジプトのお土産に香水瓶をいただいた。薄紫のガラスに金の装飾がされたエキゾチックな瓶。細い足と丸っこい胴、きゅっと蕾んだ首に華奢な蓋がさしこまれている。
エジプトの香りがするかしら、と瓶のふたを開けて臭いを嗅いでみると、とんでもなく油臭かった。仕方ないのでふたを開けてしばらく日に当てることにした。
瓶の匂いがとれたらすぐに使えるようにと香水専門店で香水を買ってきた。産まれて初めて選んだのは「シルクロード」という名前のエキゾチックでどこか懐かしい香り。あのガラスの小瓶にぴったりだ。
薄布をまとった踊り子のような香水瓶。牧野さんの趣味の良いプレゼントに私はうっとりと見いる。同じ部署の女子全員に同じお土産なのだと知ってはいるが、それでも私の宝物だ。
早く臭いが抜けないかな、毎日わくわくして見つめていた。
ある朝、起きて一番に香水瓶を見に行くと瓶の中に小人が入っていた。三角帽子に草で編んだ服、いかにも童話に出てきそうな小人だ。何やらキーキーと喚いている。
瓶の中から出してやろうと香水瓶を逆さにして振ってみたけれど瓶の首のところ、細くなった部分から、頭は出るが肩がつっかえて出て来ない。逆さになっているのが苦しいようで、さらにキーキーと声高く喚く。
さて、困った。小人が出てきてくれないと香水を瓶に入れられない。
そう言えば、抜けなくなった指輪を抜くために、石鹸をつけてすべりを良くするといいのだとどこかで聞いた事がある。さっそく香水瓶の中に石鹸水を入れ逆さにして振ってみた。
しかしやはり小人の頭しか出て来ない。いったいどうやって入った事やら。
瓶の口から流れ出る石鹸水が小人の体を泡だらけにしていく。小人はなにやら疲れ果てたような表情で泡だらけになり、ぐったりと瓶の底に座っている。なんだかかわいそうになって、香水瓶の中に温かいお湯を注いでやった。小人はぶくぶくと泡をたててお湯の中で体を洗っている。
二、三度お湯を入れ替えてやったら、さっぱりと満足げになった。そのまま窓辺において乾燥させる。日光消毒。
香水瓶の中に小さくちぎったパンを入れてやって、出勤することにした。
会社につくと、女子が固まってしょんぼりと肩を落としていた。わけをたずねると一人の女子が力なく答えた。
「牧野さんのエジプト旅行、角田主任とのランデブーだったらしいよ」
そんな。まさか。だって。
角田主任は男性だ。もちろん、牧野さんだって。
噂が広まったのを知ってか、牧野さんと角田主任は社内で仲よく寄りそうようになった。目の毒だ。
しょんぼりして家に帰ると、窓辺に置いていた香水瓶が床に落ちて割れていた。小人の姿はなく、ガラスの破片のそばに三角の帽子だけが落ちていた。
私は帽子を拾うと、パンのかけらと一緒に窓辺に置いた。何日か目を離しているうちに、帽子もパンも消えていた。
私はまだ「シルクロード」のフタを開けていない。いつかまた、わくわくしながら香水瓶を見つめられる日が来る時まで取ってある。
その時にはまた小人に出会えるかもしれないと、微笑みながら。