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浄眼と魔眼その3

 とても。

 とてもとても、怪しい邸宅だった。

 一見すると、ごく普通の古びた民家。

 木造ということもなく、壁はモルタルが施されていて、屋根はトタン製。

 しばらく人が住んでいないせいか、窓ガラスは薄汚れて曇っているように見えた。

 玄関まではそれなりに距離があって、入り口にはどういうわけか、お地蔵さんと黒ずんだ木製のお社。


「うっわー。怪しいー」

「うわあー、オリエンタルー」


 二人の感想は、一言目こそ同じものの、続く言葉が全く違う。

 猪崎万梨阿は顔をしかめて、間戸エリザは目をキラキラ輝かせて。


「ちょっとちょっとエリザ。どこがオリエンタルよ。こんなのどこにだってある空家じゃない?」

「ええー、だってこのオジゾウサンも可愛いし、金物で出来た屋根なんて初めて見るもの!」


 妙なところに感激している。

 そういえば、彼女はイタリアから来たと言うから、ああいうトタン屋根というのは珍しいのかもしれない。ヨーロッパの古びた建物と言えば石造りだし、屋根だってもっと凝った素材を使っているのかもしれない。それにお地蔵さんだって……。

 万梨阿はふと足元の地蔵尊を見下ろして、「うげ」と声を漏らした。


「? どうしたの、万梨阿?」

「見えない? 変なのが取り憑いてるのよ、これ」


 万梨阿の目には、黒い影のような蛇が地蔵の胴から頭にかけて巻きついているように見える。

 これが何者なのかは大体見当がつく。

 低級な動物霊の一種であろう。蛇に見えるのは、決まった形を持たないせいだ。よくよく見れば、地蔵は既に首が折れており、この霊が繋ぎとめているから、まるで胴と首が付いているように見えるのだ。

 これはきっと、自分たちが通り過ぎたりすると地蔵が首を回して睨んでくるような仕掛けなのだろう。


「くだらない」


 吐き捨てるように言うと、動物霊はちょっとたじろいだようだった。

 自分が認識されているのが分かるのだ。

 しかも、何となく分かるのではなく、本質にいたる部分まで克明に見透かされてしまっている。

 本来、低級な霊を見ることはあまり褒められた事ではない。

 己を知覚できる対象に、霊が縋ろうとしてまとわりついてくるからだ。

 だが、浄眼は知覚出来るという次元の見え方ではない。

 それの正体、あり方、来歴までもを見通す。持ち主に知識があればあるだけ、見たものの正体を一瞬で明らかにするのだ。

 分からないから怖い。

 分かってしまえばそうでもない。


「ただの飼い犬の霊じゃない。この家に住んでた人の犬? ご主人様を守ってるわけ? そんな事無いわよね」

「んー、私にはぼんやりした黒い紐にしか見えないなあ」


 エリザも万梨阿の横にやってきた。


「どーれ」


 わしっと、エリザの手は、実体が無いはずの霊体を鷲づかみにした。

 ギョッとしたのは霊ばかりではない。万梨阿もである。


「えっ、そんな無体な」

「うんしょっ、と」


 エリザは大した力も込めずに、霊体を地蔵から引き剥がすと、ぺいっとその辺に投げ捨てた。

 ごろり。

 お地蔵さんの頭が転がり落ちる。

 霊体は寄り代を失い、しばらくじたばたと地面の上でのたうっていたが、すぐにスッと消えてしまった。


「うん、なんか強制的に成仏させたわね、これ。まあここにやってきて死んだ犬の霊だったみたいだし、これでよかったのかなー」


 かくして、二人は地面に落ちたお地蔵さんヘッドをお地蔵さんの足元に設置して先に進む。

 仕組みが分からなければ恐ろしい状況も、何もかも丸見えではあまり怖くない。


「あ、玄関の上にまたいる」


 万梨阿に指差され、玄関の斜め上で待機していた霊が動きを止める。


「エリザ」

「はーい」


 エリザはぼんやりと見える霊を、じっと凝視。

 万梨阿には、エリザの瞳の色が鮮やかな紫色に変わったのが分かった。

 じゅっ、と音を立てそうな勢いで消滅していく霊。


「うーん、さすが……!」

「今のをやると、ちょっと疲れるのよね。昔は出しっぱなしだったんだけど」

「ええっ、あの勢いのを出しっぱなし!? そんなのまともに生活できないじゃない」

「そうそう。だから私引きこもりだったの」

「へえー。人に歴史有りねえ」


 のどかな会話をしながら、所謂お化け屋敷に踏み込んでいく女子高生二人である。

 怪奇も何もあったものではない。


「あ、エリザ、下の物置から出てくる」

「はーい」


 じゅっ。


「エリザ、今度は押入れから飛び出してくる」

「はーい」


 じゅっ。


「エリザ、そこの壁の隙間に隠れてる」

「はーい」


 じゅっ。


 しばらくして、二人で休憩タイムとしゃれ込む事に。


「あー、つかれたあ」

「おつかれー。肩揉んだげる」

「あっ、あっ、そこ気持ちいい。万梨阿マッサージ上手いー」


 首をもぎ取られた人形が散乱する、日差しが薄っすらとしか差し込まない破れカーテンに覆われた居間。

 だが、そこに巣食う霊が「じゅっ」やられた今、ただ埃っぽいだけの部屋だ。

 窓を開けると、日差しが燦燦(さんさん)と差し込んできた。

 迫ってきてた霊っぽいのが、うあー、とか、おぼぉー、とか悲鳴をあげて逃げていく。


 二人でお弁当を食べた後、作業再開である。

 正体がわかって駆逐できるものは、別に怖くもなんともない。

 霊も不快害虫Gも大して変わらないのである。

 むしろ殺虫剤やホイホイやホウ酸団子を使わなくていいぶん、霊の方がお手軽ともいえよう。

 さくさくと二階も隅々まで除霊した。


「あ、地下室がある」


 万梨阿の浄眼から逃れる事はできない。

 不可視の結界が張られていた地下室扉があっさりと発見。


「えいっ」


 結界が破れて。


「うわ、でっかいのがいる」

「えいっ」


 じゅっ。


『もがー』






「おねえちゃん、真翔くんが治ったんだって。お化け屋敷も立ち入り禁止になったみたい」

「ほうほう、そりゃあ良かったねえ」


 夕飯の席。

 あれから数日が経ち、何やらお化け屋敷のせいで放心状態だった人々が立ち直っているとか。


「でね、友梨亜はお化け屋敷、遠くから見に行ったんだけどー」

「あぶなーい。子供が一人で行っちゃいけません」

「ごめんなさーい! でもね、なんだか全然普通だった。お化け屋敷じゃなかったよ?」

「そうだね。でも、小さい女の子が好きなおじさんがいるかもしれないから、近寄っちゃだめよ」

「きゃあ、こわーい」


 かくして、現代社会からまた一つ、神秘が消えてしまったりして。

 それでも世の中は変わらずに動いていくのである。


「それでねおねえちゃん! 今度はうちの学校に幽霊がー」

「はいはい」


 興味なさげに聞く万梨阿。

 まだまだ世の中、神秘は溢れているものなのかもしれない。

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