浄眼と魔眼その2
なんとも奇妙な友達が出来てしまったものである。
万梨阿は年を越した後、ちょいとアンニュイな気分で過ごすことが多くなった。
それというのも、自分の目が浄眼と呼ばれる特殊な目であることを知ったし、それを教えてもらいに赴いた場所で、奇妙な神様に好かれてしまったからだ。
「わー! 万梨阿それすごい! どうしたの?」
無邪気に彼女の周りをくるくる巡るのは、奇妙な友達である間戸エリザ。
イタリア出身とかいう女の子で、まるでフランス人形のように端整な顔立ちをしている。瞳の色は普段はブルーなのだが、ある特定の瞬間だけ、内に黒い渦を巻いた鮮やかな紫に変わる。
今、エリザの瞳は紫色になっている。
見えているのだ。
「ねえ、エリザにはどう見える?」
「うーん。真っ赤で、大きな鳥さん? あれ、この鳥さん、女の子が好きみたい」
「これ、やめなさいって!」
万梨阿は一見すると、何も無いと思われるような空間を払った。
そうすると、一瞬だけ羽音が響き、風が巻き起こった。
エリザの目線が上空に向けられる。
「私は構わないよ?」
「私が構うの!」
どうやらエリザにも興味を持ったらしい、目に見えないこの鳥。
炎神様とやら言う神様なのだそうだ。
自分の目の力を知った万梨阿が調べたところによると、鳳凰とか朱雀とか、そういう名前の神様みたいなものによく似ている。
というかきっと本人だ。
一度問いただしてみた事があるのだが、この鳥ったらしらばっくれて答えてくれない。
そのくせ、万梨阿がやろうとすることにはなんにでも興味を持って、文字通り首を突っ込んでくる。
何度か、万梨阿の友人である黒沼遥の髪の毛をくちばしでついばんでいて、慌てて炎神様の首にチョップをかました。
普通の人間には触れる事もできないが、炎神様から接触する事はできる。
だが、万梨阿は彼の事が見えもするし、触ることだってできる。だから、突っ込みのチョップはちゃんと通用するのだ。
炎神様ったら不意討ちをくらって床に転がり落ちて、しばらく首を押さえてのた打ち回っていた。
「アハハー、面白い鳥さんだねえ」
エリザに鳥と呼ばれても怒らない炎神様。
神様だけにさすがに人間(?)ができている。
本日は、炎神様が外に出たがるので、万梨阿が連れ出された形である。
そして外を歩いていたら、この騒がしい友達に捕まった。
「私はねー、ハリイとアミとお年玉で買い物をしにいったの。でもお店を見てるだけで満足しちゃってー」
エリザは、その目立つ容姿ながら、不自然なくらいクラスに溶け込んでいる。
友達もいるようだが、彼女の方から距離を置いているのか、そう親しいわけではない。
エリザがよく口にする、ハリイとアミというのは、学外の彼女の友達なのだ。一度会ったことがあるが、可愛らしい中学生のカップルだった。
一体どういうつながりなのか。
そしてまあ、城聖学園でエリザの友達と言うと、万梨阿が一番親しいのである。
「だけど、別れた帰りに万梨阿に会えたのよ! これってとっても素敵な事だと思わない? 今日はなんていい日なのかしら!」
「あー、はいはい。分かったからさあ……ん? なに、炎神様家に帰りたいの?」
最近では、万梨阿の肩の上が定位置になってきている炎神様。
何やら猪崎家の方向を見つめている。
「万梨阿のおうち? 行きたい! 私行きたいなあ!」
エリザが興奮した。
こうなってしまうと、この友人は止まらない。
ぴったりくっついてくる彼女を連れて、帰宅と相成った万梨阿であった。
「万梨阿のおうちの神様って、私がいたところと似ているのね」
クリスチャンである猪崎家は、それなりにらしいものがあちこちに置いてある。
ロザリオの置物だったり、聖書だったり、カレンダーには月毎に、聖書から抜粋されたありがたい言葉が刻まれている。
この雰囲気、初めてやってきた友達は引いてしまうものなのだが、エリザにとってはとても懐かしい空気を感じるようだ。
それはそうか、彼女はカトリックの聖地が程近いイタリアの出身だ。
「でも、十字の長いところと短いところが逆のような?」
いや、なんだか違うような気がするぞ。
「まあいっか。入って入って」
「お邪魔しまーす」
エリザが靴を脱ぐと、向こうからどたばたと騒がしい足音が聞こえてくる。
「おねえちゃん! おねえちゃん! 大変だよ、友梨亜の友達の心愛ちゃんがねー! !!! きゃー!! おねえちゃんが外人さんを連れてきたー!!」
猪崎友梨亜。
小学校四年生にして大のお姉ちゃん子である、猪崎家の次女はけたたましい声をあげながら飛び上がった。
「うっわー! すっごーい! きっれぇー。ねえねえお姉ちゃん、この人どうしたの? もしかして友達なの!?」
「そうよー。私、万梨阿の友達の間戸エリザよ。よろしくね!」
「わー! わたし、おねえちゃんの妹の友梨亜です! よろしくねエリザさん!!」
「いきなり意気投合したわねあんたら!?」
居間に通されたエリザ。
そこに、友梨亜がお菓子とお茶を持って来た。
彼女は少々子供っぽいところがあるが、今年から小学校五年生。
きちんと一人で紅茶を淹れる事ができるし、味だってなかなかのものだ。持って来たお菓子は、どういうわけか干し餅である。
「このお菓子はどうなのよ……」
「ママがね、お正月らしいお菓子だーってたくさん買い込んでて。我が家には、もうクッキーもビスケットもありませーん」
「気にしないで。私、おモチって大好きなの! でも、このおモチはねばねばしないのね?」
「うん、それは一回干してお煎餅みたいに焼いてるから」
そんな訳で、お茶の時間となった。
しばらく雑談なんかしながら干し餅と紅茶を楽しんでいたのだけれど……。
「あっ、いっけなーい!!」
友梨亜が素っ頓狂な声をあげた。
「いきなりねー!」
いつもの事ながら、友梨亜は思いつきで物を言うし、会話の前後を無視して喋ったりする。
「うん、わたし、最初はこれをおねえちゃんに話す予定だったの! あのね、あのね、心愛ちゃんがね、呪われたんだって」
「ふーん。こっくりさんでもやったの?」
「違うよー! 心愛ちゃんったら、彼の真翔くんとダブルデートしてたんだけどー」
「最近の小学生は……!!」
何故か怒りを燃やす万梨阿だった。
「それで、肝試しだーってお化け屋敷に遊びにいったのよ」
「オバケヤシキ?」
「遊園地にそういうのがあるのよ。お化けに扮したキャストとか、そういうびっくりさせる仕掛けがされたアトラクションで……」
「ちーがうー!」
友梨亜が手をぶんぶん振り回して否定した。
そして急に声をひそめて、
「これは本当に本当なんだってば。瀬田さんちの雑木林の向こうに、古い家があるでしょ。あれがお化け屋敷なの! 本当に呪われちゃうんだってば!」
「え、あそこに行ったの? 小学生がダブルデートで? はー……」
万梨阿は天を仰いだ。
浄眼の能力から、よからぬものを見てしまうことも多々ある万梨阿。
友梨亜の言うお屋敷は、彼女も一度目にしたことがある。
なかなか洒落にならないものが見えたので、近づかないことにしていたのだ。
「それで、真翔くん、抜け殻みたいになっちゃったんだって。なんにも喋らなくなって、ずっとぼーっとしてるの。病院でもげんいんが分からないって! ずっと休んでるのよ」
「ほうほう、そりゃ災難ねー」
「だからね、おねえちゃん助けてあげて!」
「ほうほう……って、ええっ!? あたしが!? なんで!? どうやって!?」
「おおー!」
突然の呪われた小学生救済要請に、目を白黒させる万梨阿。
その隣で、干し餅をあらかた食べ終えたエリザが興味津々という風に、身を乗り出してくる。
「いいんじゃない? やってみようよ万梨阿! 私も手を貸すわ!」
「あー……。でも、そんな危険な事をするいわれが……」
「面白そうだから!」
「うぐぐっ」
キラキラした目でエリザに言われると、何も返せなくなる万梨阿である。
それに、魔眼を持つ彼女なら、あの厄介な家もなんとかなるかもしれない。
可愛い妹のたっての頼みだし……。
そんな訳で、万梨阿とエリザの週末の予定は、リアルお化け屋敷探索と相成ったのである。
魔眼と浄眼の話は、ゆるーいホラーコメディみたいなのになるかもしれません。