凸凹カップル、気にしてはいるんです
岩田夏芽は、城聖学園高等部の、女子バレー部エース。
恵まれた身長と、生来のバネから放たれるスパイクは一撃必殺。
既に、バレーで強豪と呼ばれる大学や、社会人チームからのスカウトも視察に来る、そんなレベルの少女だ。
身長は実に、186cm。日本の女子バレー代表の平均身長が、170cm台後半だったはずだから、現状でも十二分に即戦力レベルの高さ。
さらに、彼女の跳躍力は並外れていた。
依然、インターナショナルスクールと交流試合をした時。
オランダからやってきた、夏芽よりもさらに背が高い少女と戦った。
その時、会場は目を剥いた。
高らかにトスされたボールを、夏芽が打ち据える。
それは、ブロックするべく、両腕を高く掲げて跳躍したオランダの少女の、さらに上を悠々と突きぬけ、コートの隅に突き刺さったのである。
天賦の才であった。
将来的な代表チーム入りは確実。
そう見られている。
バレーを志す少女たちの誰もが、彼女を羨んだ。
……のだが。
「はぁ……」
夏芽は机にもたれかかり、しんなりとした。
塩をかけられた野菜のようなしんなり振りである。
「およ、どうしたのさ夏芽ちゃん」
対面で、椅子に後ろ向きに座るのは、彼女の親友……悪友である金城勇。
女子としては平均的な身長ながら、跳躍すると跳んだ夏芽に近いところまで上がってくる運動神経のお化けである、
彼女はスカートの身でありながら、とてもはしたなく、背もたれを跨ぐように座っていた。
自然、クラスの男たちの目がそちらをチラチラ。
だが、絶対領域が強い。
その奥に秘められているであろう、神秘の色合いを見せてはくれないのだ。
こんなこともあろうかと、城聖学園の女子制服、そのスカートは優れた伸縮性能を持っていた。
「ねえ、勇はさ」
「うんうん」
「坂下くんより背が低いじゃない?」
「そうだねー」
「楓はさ」
「うんうん」
「上田より背が低いじゃない?」
「あの二人はそんなに身長差ないけどね」
「……うちはあるのよね……」
しなしなしなっと脱力する夏芽。
今にも机から転げ落ちそうだったので、勇は彼女をガシッと支えた。
「おおー……き、気にしてたんだ?」
「気にするわよ……。諒太、周りから何か言われてないかって心配で」
「あ、そっちか」
あくまでも、パートナーである彼を心配する夏芽。
いい子である。
岩田夏芽の彼氏である、紺野諒太。
彼はバレー部のマネージャーである。男子バレーを目指していたようだが、彼の入学と共に、人数が少なかった男子バレー部は自然消滅。
結果として彼は、少しでもバレーに関わるべくマネージャーになった。
普通、女子のマネージャーが男子なんて、当の女子たちから総スカンを喰らいそうなものである。
だが、紺野諒太くんには武器があった。
彼は小柄で、ちょこちょこ動いて、そして可愛かった。
小動物的な愛らしさという、強烈な武器。それが、バレー部女子たちのハートを射止めたのである。
かくして、紺野諒太くんはバレー部に受け入れられた。
彼自身としては、男らしさに憧れているようなのだが、几帳面できれい好き、整理整頓と料理が上手く、部員たちへの差し入れの味もぴか一。豆に対戦相手のデータも収集、編集し、最近ではマッサージの腕前もめきめきと上げてきている。
彼の女子力の高さは、部内ダントツであった。
そんな彼が、30cmも背が高い、バレー部エースと恋に落ちた。
というところから、夏芽の悩みが始まっているわけである。
「あうう、私でいいのかしら……ぐぬぬぬぬ」
「んー、お似合いだと思うけどなあ。彼の方だって、そんなに身長の事は気にしてないんじゃない?」
「そ、そうかしら……」
青春時代の真っ只中。
悩みの種が尽きないお年頃である。
友人から見れば幸せそうなカップルであったとしても、当人たちからすると何かと見えない悩みがあったりするものなのだ。
いや、この二人の場合は非常によく見えるところに悩みがあるのだが。
「心配しすぎだよ。夏芽ちゃん可愛いし、そういうところに紺野くんも惚れたんだって」
「そうかなー。そうなのかなー」
「うじうじしてるだけじゃなくて、気になるんだったら直接ぶつけてみたら?」
「それもなあ……き、嫌われたらどうしようとか……」
「乙女だねー」
勇がほっこりした顔をした。
「大丈夫だって。私が保証する」
「なんでそんなに自信ありげなのよ? 男心なんて分かるの?」
「分か……いや、まあ、ほら、私と郁己って幼馴染で、色々分かるからさ」
なんか誤魔化された気がする。
釈然としないまま、夏芽は部活動に向かった。
本日も、ちょこまかと忙しく動き回る紺野くんであった。
マネージャーの仕事というのはこれはこれで忙しい。
女子力が高いばかりでなく、理系の作業にも強い紺野くんは、女子バレー部マネージャー陣の中核だった。
ちなみに彼以外にも、女子のマネージャーが二名いる。
二年生と三年生なのだが、彼女たちも紺野くんを弟のように可愛がっているのである。
「岩田先輩! これ、今日のメニューです!」
「ありがとう」
メニュー一覧を受け取る時、ちょっと指先が触れ合ったりする。
目と目が合ったりする。
部活では彼氏と彼女じゃない。エースとマネージャー。
だけど、こんな些細な触れ合いが嬉しい。
ちなみに、二人の仲はもう公然の仲として、部内に知れ渡っていたり。
「またあいつらいちゃついてますよー」
「よっしゃ、岩田しめてやろう!」
「行くぞ岩田ー!」
「ええっ!?」
帰りの時間。
秋ともなると、日も傾いて、何もかも真っ赤に見える。
夏芽の横を、紺野くんが歩く。
「うーん」
夏芽は唸った。
やっぱり身長差があるなあ、と。
気にしてないかな。彼は本当に気にしてないのかな、と懊悩する。
そうしたら、彼がひょいっとこちらを見上げてきた。
「!!」
突然の事でびっくりする。
だけど、身長差があるから彼の目線がこちらに来てないだけで、紺野くんはずっと、夏芽の事を見ていたのかもしれないのだ。
息を呑んでいる彼女に、紺野くんは微笑んだ。
「なんていうか、その。僕、こうやって夏芽さんと一緒に帰れるのが、まだ夢みたい」
彼の言葉が、すっと胸にしみこんだ。
ああ、彼は、自分といる事が嬉しいのだ。自分を受け入れてくれているのだ。
それが、彼の言葉と表情から伝わってきて、夏芽は今まで感じていた悩みが馬鹿みたいに思えた。
「今度、この間買ったワンピース、また着て欲しいです……じゃない、欲しいな」
あえて、先輩後輩という関係じゃなく、彼氏彼女の対等な関係を意識している紺野くん。
敬語を言い直したところが可愛い、と夏芽は思った。
彼って、とっても男の子じゃないか。
「いいよ。でも、ちょっと恥ずかしいかもね」
「恥ずかしい事なんてないよ! 夏芽さんにすっごく似合ってたから! 僕が保証する!」
なるほど。
勇の保証は間違ってなかったかもしれない。
男心が分かってなかったのは、自分の方だったのかな?
一瞬夏芽はそう思ったけれど、今は素直に彼の気持ちを受け取っておくことにした。
「それじゃあ、お言葉に甘えまして……ワンピースでデートしようか!」
「しよう!」
夕暮れで伸びる影は凸凹だけど、互いの気持ちは同じ目線。
多分、いや、間違いなくそうだ。