遭遇、凸凹カップル
映画館で、ちょっと変わった二人組を見た。
片方はすらりと背が高く、手足が長くて体格もしっかり。
顔は大きくないから、とっても頭身が高く見える。
恐らく身長が180cmを超えてるんじゃないかっていう女の子。
濃い色のボトムスに袖なしの紺色シャツ。上からカーディガンを羽織っている。
大人びた雰囲気だったけれど、肌の色つやがきれいだから、まだ年齢が若いと分かる。
もうひとりは、弟なのかな? と思える小柄な男の子。
一見すると中学生くらい。シャツにジャケットにジーンズ。
無難だけど趣味がいい格好をしていて、多分ファッション雑誌なんかを読んで一生懸命勉強したのだろう。
流行の色でまとめてきている。
だけどまあ、服に着られてしまっている感は否めない。
そんな二人が隣り合って映画を見ている。
てっきり姉弟なのだと思っていたのだが、どうやら二人とも手をぎゅっと握りあっているようで、これはカップルである。
凸凹なお二人なんであった。
お互いの右手と左手がふさがっているから、買って来たジュースを中央のドリンクホルダーに置く事ができない。
映画の間くらい手を離していればいいと思うのだが、この二人にそんな考えは思いつかないらしい。
ちょいとベタな恋愛映画は、コメディの色もあってみている側はそこまで照れくさくない。
だけど、雰囲気を作ってくれるところはばっちりやってくれるから、隣り合うお互いを意識せざるを得ない。
これがデートに慣れたカップルなら別なんだろうけれど……。
実に眼前の二人は初々しい。
そういうシーンがあるたびに、ちらちらとお互いを横目でみてしまっているようなのだ。
そして目が合ってしまい、慌てて顔を戻す。
あの様子では、映画の内容なんて頭の中に入らないに違いない。
スタッフロールが流れ出す。
なんだか二人はぐったり疲れた感じで、深く座席に背中を預けている。
上映時間である90分間、ずっと緊張しているようなものなのだからそれは疲れるだろう。
二人はまだ結構中身が残っている紙コップを手に取ると、何か会話しながらシアターを出て行く。
シネコンというのは便利なものだ。
一つの映画館の中に、複数のシアターが存在し、たくさんの映画を一挙に上映している。
映画に必要な設備は一通り揃っていて、ショッピングモールの中にあったりもするから、次の上映時間までの待ち時間に時間を潰す場所にも事欠かない。
本日は映画を梯子すると決めていたけれど、まだ時間に余裕があるようなので時間を潰す事にした。
秋の休日。
モールの中を道路が貫いていて、それを跨ぐように商業施設が作られている。
植えられた街路樹も徐々に葉を赤く染めてきていて、落葉の季節も近いことを教えてくれる。
家族やカップルでごった返すフードコートに行ったら、件の二人を発見した。
可愛い彼氏は健康的に、野菜たっぷりサンドイッチ。ドリンクはアイスティ。
彼女はラーメンセットにハンバーガーセット。そして特大のコーラ。
女子というのは好いた男子の前では、小食を装ったりしないのかなと思いつつ、おうどんを買ってくる。
「ごめんね、私ばっかりたくさん食べて……」
「夏芽さんは大事な体なんですからいいんですよ!! むしろたくさん食べなくちゃ!」
大事な体!!
意味深である。一瞬うどんが器官に入りかけた。
むせていると、男の子の方が声をかけてきた。
「あの、大丈夫ですか?」
「げほっ、ごほっ、だ、だいじょうぶ、だから」
まさか二人の会話をなんとはなしに聞いていて、発言内容に驚いてむせたとは言えない。
そうしたら、背の高い彼女の方が水を持ってきてくれた。
「大丈夫ですか?」
彼氏と同じことを言うのだ。
うーん、この二人、気遣いが出来るし息もあっている気がするし、お似合いなのかもしれないなあ、なんて思う。
少し落ち着いてきて、礼を言って彼らに席に戻ってもらう。
「落ち着いたわ、ありがとう。デートの最中を邪魔してごめんなさいね」
「そ、そんな、そのー」
「……!」
二人とも真っ赤になってしまった。
おお、かわいい。
結局言葉少なになった二人、これはいけない、こちらを気にしているのではないか。
うどんをお腹の中に収めて、早々にお邪魔虫は退散することにする。
「あ、諒太、口にごはんついてる」
「んっ」
そ、そのセリフは、口についてる食べ物のきれっぱしを彼女が取って食べてあげるイベントか。
なんてことだろう。
青春だなあ。
どうやらあの二人とは縁があるらしい。
午後の上映までまだ時間があるから、お手洗いに行って出てくると、道路を跨ぐ通路の入り口、そこに近い女性衣料のお店にお二人さん。
「や、いやあ、あの、諒太、私には似合わないって……! そ、そのスカートなんか、さ」
「そんなことないです! 絶対、絶対夏芽さん、このワンピース似合います!」
「お客様はすらりとしていらっしゃいますから、活動的な衣装もよく似合われると思うんです。ですけれど、いえ、だからこそワンピース! これはお客様の新たな魅力を引き出してくれるに違いありませんよ!」
おお、店員嬢と彼氏の諒太くんが猛プッシュしている。
彼女の夏芽さん、顔を真っ赤にして困っている。
だけれども頬の辺りがちょっとにやけそうになってる。満更でもないんだな。内心では女の子らしい格好をしたいのだと見た。
結局諒太くんと店員嬢に押し切られ、彼女は試着室に押し込められた。
ゲームセンターで欲しくもないキャラクターグッズのUFOキャッチャーなどやりつつ、彼らの動向をうかがう。
覗き見はよろしくないが、気になってしまうではないか。
少しして、試着室のカーテンが開いた。
姿を現した夏芽ちゃんは、そりゃあもう。
背の高い女の子のワンピース。いいじゃない。可愛い。
「すっごく似合います、夏芽さん! きれいです!」
「あ、いや、その、う、うう、ありがとうっ……!」
「ひゃっ」
感極まって、夏芽ちゃんは諒太くんを抱きしめてしまった。
あー、これはもう、ごちそうさまですわ。
あの身長差だと、抱きしめられた諒太くんは持ち上げられてしまうのね。
ばたばたしてるのも可愛らしいけど、ここは公衆の面前だよ?
そろそろ解放してあげては。
午後の映画の後、心地よい疲労感とともに外に出た。
伸びをする。
ふと、マナーモードにしていた携帯に着信がある事に気づく。
あいつめ、ようやく手が空いたとか。
これから迎えに来るらしい。
モールの入り口のロータリーを見つめ、ベンチで缶ジュース。
今日はお一人様で過ごしてしまったけれど、思いのほか楽しめたじゃないか。
初々しい二人も見ることができたし。
……というか、普段から見ているのは長年連れ添った夫婦みたいな弟カップル。
ああいうのもたまにはいいものだ。
「お待たせー」
「待ったー」
あいつが降りてきた。
教職というのはなかなか融通がきかないらしい。
本日は休日出勤。
勤務を終えて、あいつの車が私の前にある。
そんな私たちの目の前で、見覚えある二人がモールから出てきた。
おお、結局そのワンピース着て帰るんだね。
にやにや。
「おや? 岩田じゃないか」
「わっ……和田部先生!?」
むむっ!?
夏芽ちゃんがひどく慌てている。
……夏芽ちゃん? ……あれ?
私は彼女と面識がある事に気づいた。去年は全然さばさばしていたのだけれど、今年は随分大人っぽくなっていて気づかなかったのだ。
彼女は、つまり。
「あっ、あなたって、勇太の友達の……!」
「えっ、気づいてなかったんですか!?」
私、坂下綾音は自分の記憶力の不確かさに、ぺしっと額を打った。
「いやあ、随分夏芽ちゃん、可愛らしくなっちゃってたからさ……」
「やっ、やめてください!?」
おお、真っ赤真っ赤。
諒太くんは訳が分からないみたいにきょろきょろして、
「でも、夏芽さんが可愛いのは本当ですから!」
おお、追い討ちだ。
あいつもニヤニヤしている。
「俺は今日は何も見てない! ……ということで、行こうか?」
「ええ。エスコートされたげる」
私は助手席に納まり……ちらり、バックミラーで初々しいカップルを見やった。
精一杯背伸びした諒太くんが、夏芽ちゃんの頭をなでなでしている。
二人とも、とってもお似合いじゃないかな。