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男の手料理

作者: ひでん

俺は料理が好きだ。


もともとは必要に迫られて作っていた料理。


一人暮らしをするようになり生まれた余裕は料理にます注ぎ込まれた。


自分の好きな時に好きなだけ好きなものを作る。それだけで日々によって擦り切れそうになった心は幾分か落ち着きを取り戻し、煤けた感覚は仕上砥石まできっちり研がれたかのように鋭さを取り戻す。


料理は心の洗濯のようなものだ。そう思う。そして料理を好きになっていった。


そのためにこうやって仕事帰りに食材を買い集め、家までのちょっとした距離を歩いていた。


気がつけば夏になっていた。そんな感覚を思い起こされるような蒸し暑い都市の雰囲気に包まれる。


実際に先週までは台風の余波によって連日の強い雨でいくらか気温は抑えられていた。


しかしそれも台風が過ぎ去ると、一気に太平洋からやってきた高気圧に支配されたような、空だけがどこまでも突き抜けるほど青いのに地べたに押さえつけられ這い回ることを強要されるような、なんとも言えない日本のよくある夏になってしまった。


汗がシャツの裏で流れ落ちる。額の汗を腕で拭う。もう片方の腕は買い物帰りのビニール袋に占領されている。


俺は夏が嫌いだ。


洗濯物はよく乾くようになるし、この暑さを潜り抜けた先の冷房の効いた部屋で飲むビールは格別だ。


しかし、この暑さで吹き出る汗とともに気力も何処かへ行ってしまうような、蒸し暑いこの夏は大嫌いだ。


仕事に行くまでにも疲れるし、帰りは帰りで疲れた体に追い打ちをかけるかのように疲れる。


しかも鍋物を作っても鍋に置いておいて温めなおしながら染み込ませていくということもできない。


この季節は一人暮らしの料理好きには厄介だ。いつもは室温で保存している野菜も夏の間は冷蔵庫の中だ。少々窮屈になってしまうがしょうがない。


夏の暑さに悪態をつきながらも、体はいつの間にか家の近くまでたどり着いていた。


途中の自動販売機でコーラを一本買う。酒でもいいのだがここには置いていない。酒が欲しければ駅前で買えばいいのだが、この暑い中で駅前のスーパーから自宅までさらに買い物袋を重くする選択肢は自分にはなかった。


コーラを片手に家まで歩く。といってもすぐそこなのだが。


自宅のドアの前で鍵をポケットから引きずり出す。コーラが邪魔で手が奥まで入らなかったので一旦床に置いて、鍵を取り出した。


手早く鍵を開け体をドアの間に滑り込ませる。コーラももちろん回収済みだ。


およそ12時間ぶりに帰ってきた我が家は、一言で言うと暑かった。それこそ外気温と変わらないほどに。


買い物袋をキッチンへとりあえず置いておき、コーラ片手に寝室へ向かう。


寝室は6畳ほどの部屋で、いわゆるフローリングになっている。ベッドに会社用バッグを放り投げ、エアコンをつける。


これでいい。やはり夏にはエアコンでガンガンに冷えた部屋で過ごすに限る。コーラを開けて一口に半分ほどを飲み干す。この瞬間が生きていることを実感させてくれる。炭酸で刺激された喉が声にならない声をあげる。


一息ついたところで、キッチンに放置してきた買い物袋を処理しなければいけない。キッチンのあるリビングのエアコンは普段つけないから、この気温では食材が悪くなってしまう。


買い物袋から手早く食料を取り出す。


今日買った食材はひき肉、玉ねぎ、人参、トマト缶、ミックスビーンズのドライ缶だ。そこに加えて尽きていた市指定ゴミ袋といった内容だ。


今日は作りたいものがあった。それはチリコンカンだ。


チリコンカンは、いわゆるアメリカンかつメキシカンな料理だ。


何料理かと言われると答えるのは少し難しいが、俺はあえて豆料理と言おう。


チリコンカンは様々なバリエーションがあるが、その中でも俺が好んで作るのはトマトで野菜と豆とひき肉を一緒に煮込むものだ。スパイスは基本的にチリパウダーというミックスされたスパイスを使うが、どこにも置いてあるものではないようで、駅前のスーパーにはなかった。しかしある程度の代用は効くようだ。


さて、能書きもいいが腹もいい感じに減っている。さっさと作ってしまうか。コーラを冷蔵庫へしまい準備を始めた。


まな板と包丁を用意する。まな板はありふれたものだが、包丁はちょっとだけいいやつだ。


まずはニンニクをみじん切りにする。冷蔵庫の中にあるニンニクを一片だけ取り、根っこの部分に切れ目をいれそこから皮を剥いていく。


皮を剥き終わったらまずは半分に切り芯の部分を取り除く。


切り口を下にして根っこに向かって切れ目を入れていく。包丁を横にして切れ目をもう一度入れたら端から刻んでゆく。


みじん切りにしたニンニクはフライパンに入れ、そこにオリーブオイルを大さじ3杯入れたら弱火で予熱しておく。ニンニクが色がつくくらいになったら火を一旦止める。


ニンニクとオリーブオイルを火にかけたら、その間に人参をみじん切りにする。


人参の皮を剥いたのちに両端を切り落とし輪切りにしてから一つ一つ刻んでゆく。形が崩れないよう抑えながら縦に薄切りにし、それを方向を変えてもう一度薄切りにするように切っていく。


途中でフライパンを見たらニンニクがいい感じになってきたので一旦火を止める。ニンニクのそそる香りがなんともたまらない。


人参を一本全てみじん切りにできたらそれもフライパンへ入れる。火にはまだかけない。


さっと玉ねぎもみじん切りにする。皮を剥いて半分に切り、横から切れ目を入れては端から刻んでゆく。


玉ねぎも一つ丸ごとみじん切りにしたらフライパンに入れて、火にかける。


強火でみじん切りにした野菜を炒めていく。フライパンを振って満遍なく火が通るようかき混ぜる。シャーシャーと、フライパンからみじん切りになった野菜が踊るたびに音がなる。こういった時には菜箸ではなく木べらかフライ返しなどが大きく混ぜることができるのでオススメだ。


玉ねぎが透き通るような感じになってきたら、お次はひき肉を入れる。この分量だと200gもあれば十分だと思うが、ここは好みで調整してもいいだろう。


ひき肉は豚でも牛でもいいし、合挽きでもいいだろう。今回は合挽きが安かったので合挽きにした。鳥のひき肉でも悪くはないと思うが、ここは肉の旨味を出したいところだ。


ひき肉を木べらで切るようにしながらフライパンへ分けて入れる。こうすると丸ごと入れるよりは、まとまらず炒めることができる。


肉の焼けるいい匂いがする。木べらで切るようにして混ぜながら、フライパンを振る。ここら辺で軽く塩コショウで下味をつける。これもお好みだ。なくてもあまり変わらないだろう。


ひき肉がいい感じにぽろぽろになり、火が通ったならば、一旦火を止める。


薄力粉を大さじ2ほど、フライパンへ振り入れる。簡単に混ぜた後に薄力粉が馴染むまで中火で炒める。


薄力粉が馴染んだ後はトマトで煮るだけだ。買ってきたトマト缶を開けてフライパンへ入れる。さらにその缶の3分の2ほどまで水を入れて、それもフライパンへ入れる。今回はカットトマト缶を使った。およそ400gもあれば足りるが、これより多くてもいいだろう。


ミックスビーンズ缶も開ける。ドライパックなのでそのまま使ってもいいが、なんとなく気になるので缶のまま水ですすぐ。何が気になっているのかはよくわからないが、これも好みでいいだろう。ミックスビーンズはひよこ豆とレッドキドニー、マローファットビーンズ(グリーンピース)のものを使った。なければ大豆のみ、レッドキドニーのみなどでも良いはずだ。ミックスビーンズもそのままフライパンへ入れる。


そして味付けだ。俺はここであえてカレー粉を使いたい。チリパウダーに含まれるスパイスはだいたい入っているので、ほとんどこれで代用が効く。小さじ半分ほどを入れる。


そしてここからはあればでいいが、ラー油、オレガノ、胡椒、輪切り唐辛子などをお好みで好きなだけ突っ込む。俺の場合はラー油を小さじ1、オレガノを小さじ2、胡椒と唐辛子をとにかく気がすむまで入れる。量を間違えるとけっこうからくなってしまうので注意が必要だ。


さらにケチャップ、中濃ソースを入れる。大さじ2ほど入れるが、これを入れると異国の料理がだいたい日本人好みになるような気がする。なお醤油は入れたことはない。


全て入れた後、それらを混ぜ合わせて火にかける。弱火でおよそ40分ほど煮込む。


しばらくするとふつふつとなるにつれトマトと香辛料の良い香りが漂ってくる。


時折混ぜながら、様子を見る。


その間に俺は別の準備をしておくことにする。パスタを茹でるのだ。


一人暮らしにおいてパスタは重要な主食だ。やすい、はやい、うまいを自炊で簡単に実現できるなんともありがたい食材だ。


パスタはチリコンカンが出来上がる時間に合わせて茹でる。鍋に大量の水をはり、塩を入れて沸騰させる。今回のパスタは1.8mmのものだ。太めのパスタの方が合う。


パスタを茹でたらチリコンカンの方も水分がある程度飛んでいる頃だろう。味見をして塩気が足りないと思うのなら塩を出す。この後も火にかけ水分が飛ぶので、少し足りないくらいにしておく。


タイマーがなり、40分が経過した。パスタをざるに上げ水を切る。チリコンカンの方は火を止めておく。


パスタを皿に取り、その上にチリコンカンを乗せてゆく。まるでミートソースだが、これはそれよりも具が多く、さらにスパイシーで見るだけで唾液が口から溢れてきそうになる。


そして仕上げに、チェダーチーズをすりおろし乗せる。すりおろすのが面倒ならスライスされているものをちぎって乗せても美味しいだろう。


よし、これで完成だ。


パスタの上にチリコンカンを乗せ、チーズをトッピングするこのスタイルをスリーウェイ・チリなんて呼ぶこともあるらしい。今回はパスタを2人前くらいで茹でたため、ボリューム感も満点だ。


完成したスリーウェイ・チリが盛られた皿と食器を寝室のテーブルへ運ぶ。もちろんコーラも忘れず冷蔵庫から出して持っていく。


22度に設定されたエアコンにより冷えた寝室は、天国であった。やはりキッチンは火を使うため熱くなる。一息ついたのち、食器を目の前にして。


「いただきます」


まずは、上のチリコンカンだけでいただくか。


スプーンでチーズのかかっていない部分を食べる。


辛い。しかしそれがいいのだ。暑い夏に冷えた部屋で辛い物を食べる。これは贅沢以外の何物でもない。暑いからこそ鍋という物にも通じる贅沢であろう。


そしてこのチリコンカンは辛いだけではない。カレー粉やその他の香辛料、中濃ソースなどが複雑に絡み合ってはいるが、その後味はシンプルに旨い。やはりカレー粉は偉大である。もちろん野菜の旨味、肉から出たコクもそれらをまとめ上げて一つの料理へと段階を引き上げている。


豆もいい塩梅だ。これがあるからこそ大幅に“食べている”という実感が増すのだ。噛めば口の中でほろほろと崩れるレッドキドニーがみじん切りにされた野菜と一緒になり、それは優しい甘みとなる。この甘みとスパイスの辛みとでチリコンカンは一気にオールラウンダーな旨味を得ているのだろう。


もちろんその上のチェダーチーズも忘れてはいない。しかし、このチリコンカンにおいてトッピングのチーズはあくまで脇役。チリコンカンの強烈な旨味の前ではそのコクもイマイチ効いてこない。もちろん溶けて混ざり合ったチリコンカンはさらなる旨味を得る。だがこの料理、スリーウェイ・チリにおいてこのチェダーチーズの役割はさらに別の部分にあるのだ。


そしてようやく俺は下のパスタに目を向ける。あくまで主食ではあるが、主役ではない。スパゲッティの太めの物を使ってはいるが特別な物ではなく、ありふれた物だ。


チリコンカンとパスタを混ぜ合わせる。スプーンとフォークで半分ほどを絡ませ、フォークで大きく巻き取る。


そこには、大きな夢(アメリカンドリーム)があった。


俺はフォークに巻かれた大量のパスタ。油とトマトに塗れたチリコンカン。そしてそこにまとわりつく黄色い脂肪(チェダーチーズ)。ここに俺は広大なるアメリカ大陸を幻視していた。


スプーンで下を抑えながら、大きく開けた口にフォークを一思いに突っ込む。


ああ、これこそ、これこそジャンクフードなのだ!


大量の炭水化物パスタに肉、油、豆、トマト!


熱く、刺激的なそれを急いで味わい嚥下する。


そこへ容赦なく流し込む、コーラ!


いままで口の中で暴虐の限りを振るっていたチリが、甘ったるくて刺激的な黒い液体で塗り替えられる。


その強すぎる刺激に一人酔いしれる。もはや夕飯にコーラを持ち込むななんてことを言う人間はここにはいない。


ああ、これこそ俺の追い求めていた、一人暮らしの姿なのだ…





*******



「ごちそうさま」


大量のスリーウェイ・チリはコーラとともにあっという間に胃の中へ収まった。


胃が幸せになり眠気に襲われる。しかしここで寝てはだめだ。俺にはまだやることがある。


まずは残ったチリコンカンの処理だ。先ほど食べた量で4分の1ほどなので、まだ多く残っているのだ。


これをおにぎり一つ分くらいに分けてラップで包んでゆく。


こうして小分けにして冷蔵しておけば、一週間はチリコンカンを食べられるだろう。夏なのでフライパンに放置するのはなるべく避けたい。


こうしてチリコンカンは6つに分けて冷蔵庫に保存した。そのあとは洗い物だ。


チリコンカンに限らず、トマトと油が合わさった汚れは強烈だ。衣服などに付着するとシミになって残ってしまうこともある。


まずはフライパンを洗う。テフロン加工がされているので特に力を込める必要はなく、多めの中性洗剤を使いスポンジでこすっていく。スポンジが赤くなってしまうが、それは仕方ないことだ。あとでスポンジを洗えばだいたい落ちるが、気になる人は事前にティッシュなどでフライパンの汚れを拭き取っておくことで洗い物が楽になる。今日はあまり生ゴミを増やしたくない日なのでその手は取らなかった。


その他は使った食器くらいだ。特に皿の方にはチーズも付いているので早めに洗っておきたいところだ。


スポンジで洗ったあとはカゴに入れて乾かす。空になったシンクを見るとなんだか清々しいような気がする。


あとは普段と同じように風呂に入って歯を磨く。ニンニクを使ったので歯磨きは念入りに。そこまで多く入れたわけではないが臭いは必ず残る。


さあ、明日も仕事だ。早めに寝よう。


エアコンの設定温度を上げて、タイマーをセットしたあとはすぐにベッドに潜り込んでいた。


おやすみなさい。







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