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連投注意です。

 日もすっかり沈んだ頃。

 ブレイハ領の街中にある酒場の一つ。そこで、四人の男が酒を酌み交わしていた。

 実際は、生真面目なアレンは酒ではなく水を飲んでいたし、酒に弱いルークはオレンジジュースを飲んでいたのだが、みかけだけは酒を飲んでいる風であった。

「遅いな……」

 ハノイがそういうと、隣にいたセディが軽い調子で言った。

「んーまあ、抜け出すのに手間取ってんだろ」

 セディは待ち人が遅く来ればくるほど酒が飲めると言わんばかりに、景気よく盃を煽った。

「来たぞ」

 アレンがぽつりとつぶやいた声は、酒場の喧騒に飲まれて消えて行ったが、その場の三人の耳にはしっかりとどいていた。

「相変わらず……」

 金髪の美しい女性が歩いてきた。少女といっても差し支えない歳だったが、彼女の纏う雰囲気がそれをはばからせるのだ。

「お待たせしました。遅れて申し訳ありません」

 彼女は洗練された動作で謝罪すると、アレンが差し出した椅子に腰かけた。

「それで、頼んでいた件は……?」

「あ……これが計画書です、アイラさん」

 アイラが尋ねると、ルークが思い出したとばかりに懐から書類を取り出した。

「やっぱり……黒」

「あの、あなたは――」

 ハノイが尋ねようとしたところで、アイラはそれに被せるように口を開く。

「立案にはレオという子が協力してくれています。彼のこともよろしくお願いしますね」

「あ、はい」

「これは、彼の身元証明みたいなものです。あと、取引の決行はこの日に」

 ルークに向かって一枚の紙を差し出し、アイラはさっと立ち上がった。

「では、これで」

 すると、誰が引き止める間も無く彼女は颯爽と酒場から出て行ってしまう。

「ズドラジル……? どっかで聞いたような……」

 紙にある名前を読み上げたルークの声を聞いて、アレンがひったくるように紙を取り上げた。

「これは……! やはり怨恨か」

「んーそうみたいですね。そうかあそこの長男が生きてたか……」

 急に納得しだしたアレンとセディの様子を見て、ハノイとルークは話についていけず、当惑した表情を見せた。

「そこがどうしたんですか?」

「数年前に一家は何者かに殺され、長男は遺体が見つかってない。ただし、時期から考えると、何かを知ってしまって、口封じのために殺された可能性が高いとされていた」

「しかも、それは俺が騎士団として……いてっ!」

 今まで隠していた本当の立場をあっさりとバラしたセディに、アレンがテーブルの下てま蹴りを入れた。

「あー、その、俺の初仕事は、それだったんだよ。長男は当時十六歳くらいなはずだ」

 少し涙目になりながら説明すると、ハノイとルークは納得したように頷いた。

「つまり、彼はあの家で働いてるってことですね? おそらくは、復讐のために」

「だとすると、少し厄介だな。計画よりも先に動かれたら……」

 ルークの問いに、ハノイが答えた。

 四人の仕事は、ブレイハ伯爵家の罪を明らかにし、その悪事に関わった人間を全て拘束することにある。

 しかし身内の復讐のためであれば、機会を狙って殺そうとするのではないだろうか。彼が直接手をかけられるのは、伯爵が檻に入る前しかない。

「いや、決行日は決まってるみたいだな」

 アレンはアイラが置いていった紙に記してある情報を、指差して言った。

「最悪の誕生日だったろうな……」 

 ハノイがそれを見て、少しだけ悲しげな表情を作る。

 その紙に書いてあったのは、一つの日付だった。

 その日は、レオ・ズドラジルの誕生日であり、ズドラジル一家の命日でもあった。





 




「ねえ、レオ」

 太陽が沈んでゆく様子をじっと見つめていたレオの主は、ゆっくりとこちらを振り返った。

「今日は出かけないのぉ?」

 レオは従者だが、いつでも主にべったりしているわけではない。

 確かにこの曜日は毎週このくらいの時間に出かけている。ただ、その必要ももうなくなったのだ。証拠は揃ったし、なにより誕生日まであと数日しかない。

 それはつまり、彼女といられる時間が少なくなっているということだ。

 もうすでに彼女に対しては、復讐心よりも愛が勝ったことに気付いていたレオは、少しでも長い時間、彼女といることを望んでいた。

「出かけないと何か不都合でも?」

「え、いやぁ、そのぉ……」

「何ですか?」

「夕焼けを見に行こうと思ってぇ……」

「つまり、一人で抜け出す気だったんですね?」

 屋敷の中では座って過ごしていることが多い彼女だが、一度、外に出ようと決めると、それなりに動けるようだ。

 それも、お忍びというものに憧れているらしい。世間知らずなお嬢様にとって、一人歩きがどれだけ危険なことか、彼女は露ほども理解していないに違いなかった。

「今から行きましょう。一緒に」

 やれやれといった声でレオがそういえば、彼女はなぜか俯いた。その表情に驚いたレオは、じっと彼女の顔を見つめた。

「……ありがと、ねぇ」

 小さく礼を行って顔をあげた彼女は、レオが想像していたより普通の彼女だった。

 彼女が俯いた時、彼女が泣いているようにレオには見えたのだ。

「急がないとぉ、日が沈んじゃうわぁ」

 この屋敷でもっとものんびりとしている人間にそういわれて、レオは思わず声をあげて笑ってしまった。

 それにつられたのか、彼女もまた、声をあげて笑った。

 二人は部屋を出て、屋敷の裏にある抜け道から湖へと出た。部屋を出たときはまだ真っ青だった空は、湖についたときには赤く燃え始めていた。

 風が湖面に波を作り、そうすると、湖にあった太陽がぐにゃりと姿をゆがめた。しかししばらく見つめていると、再び同じ形になって二人の前に現れる。

「きれいねぇ。私、好きなのよぉ。だって」

 不自然なところで言葉を切った彼女は、湖へ向いていた体をしっかりとこちらに向けた。彼女の結われてもいない金色の髪が舞い、碧い瞳がまっすぐとレオに向けられている。

 そして彼女は手を広げて湖のほうを手のひらで指すと、にっこりと笑って言った。


「この赤は、レオの呼ぶ(ほむら)みたいでしょう?」


 言い知れない何か複雑な感情が、胸を満たしていくのをレオはどこか他人事のように感じていた。それはまるで現実味がない夢のようで、どう扱っていいのかさっぱりわからなかった。

 ただ一つ、レオは決して彼女に刃を向けることはできないだろうと確信していた。

 彼女の方は、自分のせいいっぱいの告白で、レオの反応まで見る余裕がなかった。彼女が恋愛小説を読んでいたのは、彼にどうやって思いを渡すかを考えていたのだと、レオは知る由もない。お嬢様と従者でありながら、彼女にとってのレオが従者以上の何かだと、彼女もまた自覚していたのだった。 


「ありがとうございます」


 だからこそ、彼女はレオの素直な言葉に破顔した。

 その微笑みがさらにレオを苦しめることになるとは、彼女には想像もつかないことだった。

 愚鈍姫たる彼女の中には、レオが自分をただの主人以上に思っているなどという発想は、露ほども存在していないのだ。

 そしてそれゆえに、彼女は素直に思いを告げることをあきらめているのだ。


 ブレイハ家への憎悪。その家の長女への思慕。

 そのどちらもレオには抱えきれぬほど強く、また、彼が生きるための活力としてすっかり彼の中に根づいてしまっていた。

 矛盾した感情は、いつかはどちらかと別れなければならない。それをすでにレオは決めているというのに、彼女のああいった不意打ちの言動は、彼の心を強く揺さぶる。

 気づけばレオは、彼女から一歩離れて、宙に手をかざしていた。


「きれい……」


 その場に広がったのは、空一面に咲く焔の花だった。彼の焔が空に打ちあがった瞬間、太陽が完全に沈んで空は深い藍色へと変化する。

 レオの打ち上げた焔の花は空いっぱいに広がって、藍色の空に赤という彩を添えた。


「どうして?」


 レオは自分でも初めて知ったことだった。

 焔呼びは強い感情に反応する。

 それはたいてい怒りや憎しみであり、それ以外の感情で焔を呼ぶことはできないのだと思っていた。


「……どうしてでしょう?」 


 ――うれしかったんですよ。


 素直にそうは言えなくて、レオはごまかすようにそんなことを言った。

 すると彼女は焔の花から視線を外して、下を向く。


「そんなに……嫌い?」


 震える彼女の声に、レオは彼女が何を言っているのかさっぱりわからなかった。しかし地面を濡らす水滴を見て、今度こそ本当に彼女が泣いていると気づいたとき、その理由がいまだに宙に舞う花のせいだと気づいた。

「そうじゃない! そうじゃないです。うれしかったんですよ。喜びだって、焔を呼べるんです」

「ほんとに?」

 先ほどはためらった本音をレオはつい打ち明けた。

 すると彼女は顔をあげた。彼女の目からあふれ出る涙がほおを伝う。

 それをぬぐおうと手を出そうとして、レオはその手を宙で遊ばせた。

「泣かないでください。驚きました」

 行き所のなくなった腕はすとんと下におろされた。彼女に触れることはできなかった。

 彼女をこんなにも想いながら、それでもレオはブレイハ家の復讐を止めることはできない。

 彼女から今の平穏な日常を全て奪っていく自分が、どうして彼女に触れる資格があるというのだろうか。

「ふふ。ごめんねぇ……」

 泣きながらも笑顔を作って見せた彼女が、愛おしくてたまらないとレオは思った。

 絶対に口には出さないが、彼女がきれいだといった焔の花よりも数百倍、彼女のほうがきれいだった。


 別離の時は確実に近づいている。

 彼女への想いを打ち消すことも、ブレイハ伯爵家への恨みを消すこともできず、両極端の強い感情に身を焼かれる思いだった。

「ありがとう、レオ」

 彼女の言葉が体に沁みていく。

 屋敷に帰らなければと思うのに、二人は一歩も動けない。


 ただそこで、何を話すでもなく佇んでいた。






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