ダブルハチェット ─サイド ガイ─
ワイズは木の影で静かに、
自分達の番が来るのを待っている。
来るべき、真剣の戦いに備えて。
その姿は、飼い主を待つ賢い黒犬の様であり、
獲物を待ち伏せする猟犬が、
静かに息を殺している黒犬の様でもある。
何故、何度も黒犬を連発してしまうのかは、
この少年の髪の色、そして少年の
纏う外套が全てに於いて漆黒だからなのかも知れない。
それ以前に、この男を形容するに
相応しい言葉が黒犬だから、皆一様に使うのだ。
黒犬は静かに木の根元に腰を下ろし、
目を瞑って、雑念を取り払っている風ですらある。
勝てるのだろうか........彼の元を付いて行けば....。
俺はこのギルド、ボーン・ブルに入団して、
大事な役目を果たさなければならない。
その時にこの少年が邪魔にならないといいがな......。
いや、この世間知らずに限って
そんな野暮な真似はしないか。
ふと、戦闘の方へ目を向ける。
そろそろ俺達、最後のペアの狩りの時間だ。
「ワイズ」
相棒の名前を静かに呼ぶ。
相棒は静かに答える。
「何だ?時間はまだだろう?」
そうだ、この少年はまだ知らないんだったか。
「上位連中の大半が棄権した、もう次が俺達だぜ?」
「....今、戦ってるのは....?」
何チーム目なのか、と訊きたいのだろうか。
「見ろよ、三チーム目だ。棄権した理由は、
上位連中の相手が悪かったからだと思うぞ?」
そう言って、二人で再び木に貼られた対戦表を見る。
二位の相手は毒吐く巨大蛇。
三位の相手は麻痺針を備えた蜂
四位の相手は、
ただデカくて力の強い事で有名な熊だ。
ワイズは隣で、目を見開いていた。
見ていたのは、対戦表───ではなく戦闘の方だ。
こちらから戦闘している所までの距離は、
ほんの少しだ。
俺も目をやると、
人間の女二人が、同じ背丈で、
一際大きな拳を
持つ怪物と対峙していた。
その大きな拳を振り上げる───あれは猿だ。
そして少女達の方は、
昼の日差しに輝きそうな、
金色で、短くても波打つ髪の
二本の長めのダガーを逆手に握り、駆ける少女。
あんな細い腕でも振れるのか。
そう思い、片方を見ると
少女は完璧に、敵に怯えていた。
しかし猿は腕を降ろして、
怯える少女に戦意が無いと判断したのか、
金髪の少女の方へ、ゆっくり向き直る。
金髪の少女は、尚も駆けて
猿に隙有らば、二本のダガーを駆使して
振り抜く。
洗練されたその動きに、寸秒の隙もない。
それを見ていた相棒は、
正面にいて
俺たちに背を向け、怯えている少女に
静かに呟いた。
「───頑張れ──あと少しだぞ、連携だ」
今のが聞こえたのか、少女は
濃い藍色の長い髪を
なびかせてこちらを振り向きながら、
驚いたような表情を見せた。
俺は固まっていると、
今度はワイズが、静かに頷いた、少女へ。
呼応するように、
少女もゆっくりと頷くのだった。
少女は猿の方へ向き直り、
腰に納めてあった、
黒色の剣をゆっくりと引き抜くのだった。
刀身まで焼ききったかのような、
柄まで真っ黒の剣。
あれは────片手用直剣だ。
異様なコンビだな、ワイズが釘付けになる訳だ。
金髪の少女は、相棒の存在に気付いたのか、
短くアイコンタクトを送ると、
猿の懐へ滑り込む。
唐突な先制攻撃に
驚いた猿は両手を大きく振り上げた。
「今だ」
またもワイズの呟き。
それを訊いたであろうほぼ同時の
タイミングを読んでいたのか、
少女は駆け出した。
腕が上がりきった猿の背後から、
刀身の細くて短めの直剣で──
「せぁあっ!」
短い呼気と同時に、平行斬りからの
垂直十字斬り、
三撃目は力一杯の突き技だ。
猿の背後から心臓目掛けて───。
更なる唐突な攻撃にも、怯みから立ち直った猿は
最後の突きを右へ避わして見せた。
右へ避わしながら、左腕を大きく後ろへ振り込む。
このままでは少女に当たってしまう。
滑り込もうとしたワイズの右肩を掴む。
その右手には左腰に提げられた刀へ掛けられていた。
どんな戦いも、割り込む事は反則だ。
だがこれは命のやり取りだ。
反則ではないのだろうか?
次の瞬間、
ワイズが静かに手を降ろしたのは、
形勢が逆転したからだ。
猿の振り込まれた左腕は、
少女の顔寸前で止まっている。
しかしその猿の肩から上には、
頭部と呼べるべき何かが無い。
猿の向こう側には、
二本のダガーを赤い鮮血に染めた
金色のなびく髪の少女が、振り抜いた低い体勢で
体を止めていた。
ギリギリで頭を斬り飛ばしたのか。
ワイズは戦いの終わった二人の元へ、
ゆっくり歩いていった。
人が少ないからか、
最早歓声も無い。俺も歩み進む。
ワイズの小さな手が、
藍色と金色の髪を双方、
ゆっくりと撫でた。
「よく頑張った...」
そこから先は声が小さ過ぎて聞こえない。
二人は呼吸を整えながら
ワイズに笑顔で礼を言った。
そしてその次の言葉は、しっかりと聞こえた。
「後は僕達の番だ、頼れるこの相棒と
共にグレイヴドラゴンを倒してやる」
俺はそれに「ああ。」と笑って短く答え、
少女二人の肩を押す。
獣人に驚きが無いようだった。
二人は俺が送る視線の先を見てから、
納得したように、小走りに
木陰へ駆けていった。
俺たちが先程まで立っていた場所だ。
相棒は余裕そうに刀を抜き、言い放った。
「デカいな、元気そうだし、隙も大きいぞ」
眼前に有るのは、灰色の巨大な檻だ。
それが今、
俺達の方へ向けて開け放たれようとしている。
俺は背中に吊った、二本のハチェットを
音高く抜き放ちながら、
「どんな怪物なんだ?」
「骨だよ、見てからのお楽しみだ」
笑顔でそう言って静かに構えるワイズ、澄んでいた。