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Blade And Hatchetts  作者: 御告げ人
第二章 ─排斥─
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積み重ね

「......なんだこいつら、斬っても斬れて......ない?」


全速力で間合いを詰めて、正面の敵の大剣を横から蹴り飛ばした後、逆手持ちにシフトして二人目の大剣を刀で流す。そして全力で後方に跳ぶ。


「刀が、通らない。それどころか斬り込めない。なら......!」


もう一度 一本目の大剣を流し、左腕で二人目の大剣を受け止めて敵の顔を蹴り上げた。ヘルムが飛んで顔が(あら)わになるも、二度突きで仕留めた。ゆっくりと近付いて跨がり、顔を上に向けて、二人の心臓部に刀を突き刺す。

刀の血を振り払った僕は、辺りに感覚を研ぎ澄ます。

近くに敵の匂いは無いな。



──────────────────

メイドのシアンさんが淹れた珈琲に口を付けたマスターは、大食堂の隅の席で静かに外を眺めていた。そこへ燃えるような赤髪のラガルがミッションを終えてやってくる。


「ワイズのことが気になりますか」


「ワイズの生死については何も心配していない」


即答ですか。


「制限の指輪を破壊した理由について尋ねても?」


「大過去の話か。気にしているのは例になく君の方ではないか。私は外を眺める以外にする事もないし、構わない。時に、ラガルは自制という言葉を知っているか」


唐突になんのことだ?


「読んで字の如く、己を御することですよね。知っています」


マスターはこちらに向き直ると、皮肉めいた作り笑い顔でこちらを見て、


「なんの間違いもない。実に凡人めいた答案だな、ラガル。私はワイズについて話しているのだよ。君は一体、誰の制限の指輪について尋ねているつもりなのだ」


単独で敵軍隊に乗り込み、全員暗殺してきたボクは凡人ですか、構いませんが......。


「勿論、ワイズの指輪についてです。自制と何か関係が?」


「大有りだ、それも並大抵のものじゃない。アイツはそれで生きているのも同然だからな。まずはそこから話しておくべきだな」


そう言って一度珈琲に口を付けると、マスターは再び外を眺めながら語り始めた。



「私は昔からワイズに自制を教え込んできた。戦闘で失敗させないためだ。主に、自分の出したい技だけを使わせるのではなく、相手をよく観察し、相手の特徴から適切な技を考えさせるためだ。やがてワイズは戦闘で刀を使うことにおいて、並大抵のことでは死なないようになった。死なせたことは一度も無いがな」


「刀の使い方だけでなく、ワイズの生存確率を格段に上げた訳ですね」


「そうとも言えよう。だが、どんなに()()(さい)穿(うが)った知識や技を教えても、所詮は確率が上がっただけ。死ぬ確率があることには何の変わりも無いのだよ。私はそのことについてワイズには何も教えてない」


「それはなぜでしょう?」


「ラガルなら言葉に出来ずとも、その身で解っているはずだ」


ボクはそれでも少し考えてやがて、ゆっくりと言葉を紡ぎだす。


「負けは無い。負けるビジョンを教えるよりも、勝つ事を教えれば、負けるという概念が頭には無いから、必然的にどんな戦局でも負けることが解らない。結果的に、勝った奴が一番強いのだから。マスターがそう仰いましたね」


「その通りだ。ワイズの出撃必勝の理由は自制とその概念にある。負けは無い、自分の得意技だけに縛られることなく、相手の気持ちにもなって戦えるワイズこそ、今のこの世界では真に強い、それにあの刀は時に敵の武器すらも斬る。まあ、刀はもうしばらく誰にも作れないだろうが、この戦術はそのうち他国の軍隊が使い始めるだろうな」


「相手を観察する行動がプレディクション・アクトやパーフェクション・スタイルだなんて呼ばれているからでしょうか」


「人は概念として認識したいものに固有の名前を付ける。おそらく名前を付けた人間たちは必死に研究しているのだろうな。ただ見ているだけなんだが」


「柔の構えや剛の構えは、剣や大剣でもないと真似できないでしょう」


「そうだな、あれは私の中で最も傑作だ。戦況によって構えを変え、技の切り出しを全く別物にする。一手は絶対突きでくると思っていたのに気付けば胴体が半分になっている、という感想を遺して逝く亡霊が多数だな」


「その辺は......ボクには判りかねます」


マスターには亡霊の声が聞こえるのかっ! 初めて知った!!


「さて、自制について知れたことで、おのずと見えてくるのはワイズが任務を失敗しないことか。ラガル風に言えば、任務の成功率が上がるのだ」


「はい、メリットばかりですね」


ボクの言葉に、マスターの声のトーンが少し落ちた。いや、元からかなり落ちているのだが。


「そうだな、良いことづくめだ。しかしそうはいかなかった。ワイズには黒犬という異名があるだろう。どうしてもあれが必要になる事件が発覚したのだ」


「......異名が?」


「正確には異名自体ではなく、必要だったのはその概念だ。こちらでは任務人間とよく呼ばれているものだな」


「任務に没頭する人間なんてただの指示待ち人間じゃないですか。今のあいつは感情的で、ボクは今のワイズに好感持てますよ」


「それだ、感情。ワイズは任務自体を失敗した事はないのだが、任務に支障をきたしたことがあったのだ。それはいつだか判るか?」


「支障に近いものを......ボクは目の当たりにしました。何の罪も無い人間の殺害任務で、刀を握ったワイズの手が少しブレた......あの瞬間でしょう」


「ああ、私も見て驚いた。任務に忠実、精神的に強靭な人間を作る上で、感情は少ない方がいいのではないかとその時思えた。むしろ、人を殺めるためだけの人間に、慈悲の感情があってはならない。だからワイズには力を制限する指輪を付けさせて、紋様まで施した。そこで話はまた自制に戻る」


「難易度の高い任務ばかりを受けるワイズにとって、力を存分に出せない事は致命的。つまるところ、自分の意思で強くなるために、自ら無駄なものを捨て去り、必要なものは貪欲なまでに取り込み自分の使える技にする......」


「見事な解答だ、その通り。黒犬:ワイズの完成というわけだな」


これだけ訊けば、ワイズという生き物は化物だ。力のために他の生き物から生きる術を略奪し、体内で自分の養分に変換し、それを有効な時に排出する。

己の力が抑制され、増えることが止まったら、力を用いずに戦う知識だけを貪り使い、今は中にいる軍神の恩恵で力を増幅している。更に指輪はボクのお陰で壊された。


......暗殺が十八番のボクにはもう、ワイズに勝てないのではないだろうか。そして、それを計算して作ったマスターの意図は、本当にワイズを黒犬たらしめるためだけのものなのだろうか。ボクには、他の意図があるように思えてこの先が読めない。


いつの間にかこちらに顔を向けていたマスターは、


「急にワイズが遠く感じたか?」


「ええ、まあ......」


「私はまた、失敗したのやも知れん。(むご)いことに、またあの子を暴走させることになって記憶を消して、一から作り直すのかも知れんな」


「それは......黒結晶の剣を買った娘のせいでしょうか」


「あの娘のせいではないさ。誰のせいでもない......。ワイズには本当に惨いことをしてしまった。あの娘はこの大戦で、黒結晶の剣を解き放ち、記憶を全て失う。恐らくワイズについてもな。その時ワイズの自制心が感情を捨てるようになれば......私はワイズに何かを命令する資格があるのだろうかね、ラガル」


えっ......マスター?


マスターの顔には表情が無い。それはいつだって同じこと。目の前で人が死んでも、いつだってマスターの顔には悲しみの表情一つ浮かばない。頭がキレて常に冷静沈着。誰と話す時も無表情のマスター。いつでも的を射た指令を飛ばすのだ。だが、表情の無いマスターの今の言葉の中には、何かを案じるものが見え隠れした......気がした。


「この事は、ワイズは......?」


「命令通り、君は伝えなかったのだろう?」


「ええ」


「なら、ワイズは知らない。母親がこの事を知れば私を殺しに来るかも知れん。ワイズはどうか、予測できんがな。私がワイズなら、マグナ・コリンズという名の女を恨み、この手で斬り殺すだろうな」


マスターの、自分を恨みきったその最後の言葉を期に、辺りにしばらく静寂が流れた。シアンさんはマスターのカップに湯気立つ珈琲を注いだ。それに少し口を付けて、マスターは黙り込んだ。


つまり、ワイズの欠点は感情の現れ。戦闘する上で必要ない感情が芽生始めているワイズ。大切に思える人が出来てしまったことが、大きな原因だ。貸し出し自体は大した問題じゃない。待てよ、ボクは元相棒の......大切にしている人に魔剣を売ったのだ。記憶を媒体にした強力な結晶の弾丸を飛ばせる魔剣を。


「感情の現れによって、軍神の恩恵が薄れる。半分は神でも、やはり半分は人間なのだ。人間に近付けば近付くほど、神の力は失われてくる。とてもよくできたものだ......。人間に近付けばワイズは、おそらくあの理想的な長さの刀を満足に振れなくなる」


唐突なマスターの重い一言。

マスターは、最強の神間が作りたかったのだろうか。今の話からすると、ワイズが真に人間になれば、その時は黒犬の名も失うことになる。それが戦闘中であれば、おそらくワイズの命はすぐに散るだろう。

マスターが今まで積み重ねてきた大切なものや無駄なものが、研究が無駄になる瞬間なのだろう。その時までボクは生きているだろうか。そして、ワイズは死に際に安心して逝けるのだろうか。

まだボクには、それが解らない。

「......」


武器庫を後にし、左腕(まえあし)を血に染めながらゆっくりと歩く黒髪の少年は、心の中で大切な人の名を呼んでいた。


ユウリ、ユウリ。もう一度、君に会いたい。体は持つか、僕一人で勝てるか、生物兵器に。ここまでの戦闘で思ったが、思うように力が出せてない。心なしか、カイナとのリンクも切れている気がする。体に傷はあるが、腕引きを今しても血の刀は作れない気がする。


敵だ。......倒してやる、何度でも。


右足に力を込めて、敵が息を吐いたのに併せて、僕は全速力で駆け出した。

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