竜の国
「ガイ、あれは竜人か?」
そう言った直後、骨とは思えないほどの硬質な肘が土手っ腹にめり込んだ。
「王室だぞ、流石に控えろよ」
少し体勢の崩れた僕に半笑いでガイがそう言った。王の命に反すると、投獄程度じゃ済まないと訊く。慇懃無礼な奴には即極刑だろうかな。
「生身は意外と弱いんだな」
「この細身でムキムキだったら、別の意味で皆僕に近付かないぞ」
僕は周りと比べて細い、それもかなり。だから速く走れるし高く跳べるのだが。それはガイも例外ではないはずなのだ。コイツも体毛を全部剃れば、発達した腕を除けば体は細い筈だ。今は礼装を着ており、その大部分が見えなくなっている。
「それでは、臨時召集 軍事会議を始める。リッタ君」
「はい、国王様。ではまず初めに......」
長い長いテーブルの端、部屋の奥に鎮座する国王の掛け声に反応して、その隣に座っている若い大臣が席を立って概要の説明を始めた。
「今回の作戦に黒犬を導入する意見が多数出ております。尚、国王様直々の指名でもあるため、拒否権は認められません。従って......」
僕はまるで飼い犬だな。ホワイト・アウトの時はもっと単調だった。マグナの声が、「行け」その一言に僕は全て「御意」で返し実行する。この一連が僕にとってはまるで出撃の儀式みたいなものだった。今はそれが無い。リッタが黒犬と呼称した瞬間、この場のガイ以外の出席者が全員 好奇の目で僕を見た。
「エルニア王国強襲作戦の概要は以上です。何か質問は」
そう言って辺りを見回して、リッタの目が一点に留まった。ガイが手を挙げたのだ。
「そちらのドワーフさん、何か?」
ガイは静かに席を立って、リッタを睨め付けながら声を殺して、
「ワイズは、アンタらの傀儡じゃない。言葉の使い方を少しは謹めよ」
リッタは目を瞬かせて、
「犬に犬と呼んで何か問題が?貸し出しの契約上、ホワイト・アウト領の侵害以外では黒犬を何の任務にでも使っていい契約でしたが」
「契約の話してんじゃねえ、今さっきの任務を見返せって話をしてんだ! もういっぺんワイズのすること言ってみろよ!!」
「は、はぁ......」
リッタは困ったような顔をしながら資料をめくって、僕の作戦概要を淡々と述べた。
「先入部隊が黒犬を導いた後、黒犬は単独で侵入経路から武器庫兼 兵舎の撹乱。その際に敵実験中の生物兵器を破壊。武器庫から王室へ侵入し、敵国王の撃破......以上です」
これを僕一人でこなす、それをさも当たり前のように話す、リッタの異質さにガイは憤りを感じていたのか。普通、生身の人間なら長時間の戦闘の末、倒れるだろう。
「明らかに黒犬のやることがデカ過ぎるだろう。黒犬の失敗いかんによっては、奇襲が本戦になってしまうんじゃないのか。そうすれば我が軍に深刻なダメージを与えることになる」
声を上げたのはガイではなく、先ほど僕がガイに言った竜人だ。
「黒犬に任務失敗は許されておりません。それに黒犬の失敗は任務の内に入っておりません。我が軍の兵を減らさないためには、この作戦がベストだと国王様が直々にご考案なされたことです。何かご不満が?」
竜人は顔を落として席に座り直し、それきり何も言わなくなった。竜人の沈黙を了解と受け取ったリッタは、目をガイに戻した。ガイの目にはまだ怒り少しばかり震えている。いつもより毛が逆立っているのだ。だが興の冷めたガイも座ってしまった。
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会議が終わって、ガイと城の外に出る。
「王命への反発は大罪か?」
僕の唐突な問いに、ガイは目を見開いて僕を見詰めたあと、すぐに顔を落として耳を垂らした。
「死刑じゃ......済まないだろうな。何も言い返せなかった。ごめんよ」
ガイはとても静かなトーンで僕に謝った。
「自分のしたことですぐに謝るなよ、ガイ。僕は任務を遂行する」
「どうして、謝っては駄目なんだよ。いけないことじゃないだろう?」
「目を震わせながらリッタに訊いてくれただろう。あれだけで、僕には君の怒りが感じられた。僕のために怒ってくれたって伝わったんだよ。僕は君に謝られる理由は無いし、そもそも謝られるよりも言えなかった......その言葉だけで僕は嬉しいんだよ」
「......なんだ、ちゃんと見てたのか」
寝てねぇよ。
ガイは照れ臭そうに頬を掻いた。
「相棒が らしくもなく怒ったんだぞ、ちゃんと見ておくだろう。逆らったら死刑だしな」
「ははっ、それは俺の台詞だよ。でも実際、任務は明日だろう。一人で全部やりきれるのかよ。失敗すれば、リッタの言ったように戦争になって兵が減る事態になるぞ」
「そうならないための僕だ。僕だけで敵兵を殲滅する。それに、生物兵器って存在も気になる。下手したら僕はそいつと殺し合うんだからな」
すると、あの竜人が騎士の格好でこちらに向かってきた。頭上の二本の角がなんとも形容し難い。腰には立派な長剣が鞘に収まっていた。竜人は気さくに手を振って口を開いた。
「黒犬、だったか。明日は全力でサポートさせてもらう。この作戦自体は王命そのものだからな、失敗は許されないぞ。それに......」
「生物兵器のことか?」
僕の問いに竜人は目を細めた。
「なんだ、知っているのか」
「僕は何も訊いてないぞ」
ガイと竜人が一緒に軽くずっこけた。そして真剣な眼差しで声を落とした。
「噂によると、軍神を造ってるって囁かれてる。それも魔法生物級のな......」
「禁忌じゃねえ......? しかもそれって魔獣って言うんじゃないか」
竜人は静かに頷いた。
厳密に言えば、竜人やガイは魔法が使えるから魔獣のくくりで違いないのだが、種族のくくりがある上に、この話で言われている魔獣はそもそもスケールが違う。
先ほど「軍神」と言った通り魔法が使える上に、人間が使うよりも数倍強力なのを何発も放てる。更に特徴的なのは、その圧倒的なデカさだ。体格はグレイヴ・ドラゴンなんかの比じゃない。この大陸のどこかには、それ以上にデカい竜もいる。たいてい何年も寝てるのが殆どだが。
ガイの「禁忌」という言葉に静かに頷いた竜人は、
「ああ、生物の命を操作することは生物の理に反する。例えこの世界の人間どもが黙り許しても、俺たち竜人やドワーフたち、神は黙っちゃいないだろうな。まあ、ホワイト・アウトの前では神でさえもが口を紡ぐがな」
ん、それはつまりどういうことなのだろう。マグナはそれほどまでの権力者なのだろうか。割りと僕は、ホワイト・アウトの実態について何も知らないのかも知れない。今度マグナに会ったら訊いてみるか。
「俺たち亜人族は、黒犬の任務遂行に大きな期待を抱いている。頼んだぞ」
そう言って僕の肩を叩いた後、竜人は背を向けて立ち去った。
「名前を訊きそびれたな」
「スジャ軍の騎士隊長なのは知ってる......なあ、ワイズ。一ついいか」
「奇遇だなガイ、僕も早くガイに言いたいことがあったんだ」
僕らはほぼ同時に城の出口へ目線だけを向けた。
「この......礼服脱ぐぞ! 走るか!!」
そう言ってトップギア全開で駆けた。
「応! 着慣れないものはなんだか気色悪い!! それに着慣れないから名前もパッと出ない!!」
「うっせえ!」
僕も後に続く。
僕はまだ、明日の任務の過酷さをまだ知らない。
ど突き合いながら僕らは呉服屋へと走り、元の服装に戻るのだった。
スジャの領土拡大の第二手。この一手によって、スジャ王国の命運は大きく変わることとなる。次々と他国が領土拡大のために動き始める、世界的な開戦の火蓋を切ったのだ。
そしてある一国では、ある作戦を元に周辺国と共謀して動き始める。




