tall tall tall
太鼓の音が一回。それに続き人が騒ぐ大音響。それらを確認して、僕は手早く相棒の手に持つ二本の瓶を守る。
「狙われてないんじゃないか?」
後ろから相棒の声。
「よく訊け、瓶の割られてる音は鳴ってるぞ」
人々の走る足下を見ると、確かに割れた瓶とこぼれた牛乳が見える。ここで一本割られても、残り二本は有るから取りに戻りはしない。
仮に取りに戻るとなると、もう一度このデカい建物へ入り、一番奥の瓶の山まで駆けねばなるまい。それはたいへん非効率だ。そうならないようにこの三本の瓶を守り抜き、ガイと僕を合格させねばならない。口よりも体が先に動いた。
「ワイズ、走るのか?」
「ああ!しっかり瓶を握ってろよ?」
「アンタこそ!」
拳同士を突き合わせる。人混みを一気に駆け抜ける姿はターゲットされ易いだろう。しかし僕の脚力だ、そして獣人の相棒
撒ける自信しか無いがな。
そう考える一方で、ガイの方から声をかけてきた。
「意外と走るの速いな....!」
当たり前だ、これでずっと戦場を駆けて来たのだ。
「"黒犬"だからな、当然だ」
「じゃあ、もっとスピード上げれるか? 追っ手は直ぐ後ろだぞ」
振り返ってみる。確かに数人、明らかにこちらをターゲットして走ってきている。後ろからついて来るガイの顔は な? とでも言うような顔になった。僕はそれに頷いて、
「よし、スピード上げるぞ」
思い切り走った、町中を。後ろを見て曲がり角を突っ切り、暗い路地に突っ込む。僕は息を整えながら、
「一番、近くの住所は?」
しかし相棒は首を横に振りながら短く答えた。
「ここの地理は知らん」
なら、ちと姑息かも知れないが、
「覚えた住所の、断片を言え。僕はここへ、何度か来た事が有る」
「覚えてるのか!?」
と言いつつも、ガイは覚え切ったその一つの住所を口にした。
「判った、そこはお得意様だ」
この時の僕は笑っていたのかも知れない。
疾風のように走っては、隠れる。この動作を繰り返して動くのが割りと安全と、二人で判断した。人通りが多過ぎて壁沿いを歩けない僕たちは、背中を守るものが互いの視覚と聴覚しかないのだ。僕はガイを全力で守り抜くと決めた。
だからこの瓶と刀は離さない。
そしてガイの正面と左右を警戒する。ガイは後ろだけを警戒するように言っておいたが、後ろを向いて歩くのは怪しいので、獣の持ち前の気配察知で相当警戒している。
そして僕は止まる。
「着いた、ここで違いない」
瓶は玄関前の魔方陣に置くことで、ポイントが加算されるらしい。試しに僕のを置くと、瓶が転移した。ガイがそれを見て呟く。
「何だ、消えたぞ」
「転移だよ」
ガイはあまり魔法を知らないのか。
家の敷地から出て僕は足を止めた。それを見てガイも足を止めて険しい顔になる。
「ワイズも判るのか?」
「まあな、この先でガイの瓶を狙ってる奴がいる」
殺気じゃないが、一際強い視線は感じられる。
「同感だ」
ガイが答えて、小さく囁く。
「突っ込むのか?」
「───いや、動くな」
「っ!?どうしてだ、狙われてるんだぞ?」
ガイが僕の肩を瓶を持つ手で触ろうとするのを制す。
「相手はこちらが瓶を持ってるのか探ってる」
「───なに」
「もう少しだ」
ガイは素直に手を下ろしてくれた。
「判った」
しばらくして、僕はガイに視線を送る。
「行ったな。さっきはありがとう、ガイ」
「気にするな、それよりも前を見ろよ」
判ってるよ、と言わんばかりに僕は刀を握る右手に力を込めた。
僕の正面には、デカい男が三人立っていた。僕の二倍くらい背は有りそうか。デカい男の一人が口を開いた。
「何だ、この小さいのらは」
そしてもう一人。
「おい、見た事有る小っせえバケモンが居るじゃねえか」
三人がにやけながらガイを見た。僕はどうするべきだろうか。僕がそう思ったのと同時に、ガイは口を開いた。
「久し振りじゃないか、アンタら相変わらずデカいな」
ガイの言葉に、最初に口を開けたボス(格)が返す。
「無駄口叩いてんじゃねえ、瓶を持ってんなら寄越せよ。」
続いて下っぱも続く。
「ガキはこんなのに参加せず、遊んでるのがお似合いだぜ?」
どうやらお知り合いか、アンタらは。
「ふざけんな、こっちにはなぁ───」
ガイがこちらを見て、僕の名を言おうとした瞬間、僕は刀で一閃。
「ワイズの、解・体ショー!!」
我ながら意味不明である。
ええい、構うものか!
僕は右腕を思い切り左に薙ぐ。
「....」
「....」
「....」
僕の相棒も呆然しいている。
「....」
とは言っても、三人の履き物はするりと下に落ちた。
「な、なに!?」
「このガキっ!!」
ボスっぽいのが僕に掴みかかろうとするが、下っぱが先に逃げた。もう一人の下っぱが叫び、落ちた履き物につまずく。そして気付いた。
「おい、待てっ!!............!?」
道行く人々の視線がどんどん集まっていた、これが狙いだ。
「チッ!覚えてやがれっ!!」
二人も下っぱの後を追って、駆けていった。
ガイは僕に問う。
「あれが狙いだったのか?」
「いや、でも───」
僕は相棒に振り返る。
「無闇に、僕の名前を出さないでおくれ。この作戦は、あくまで誰にもバレずに合格する事だ」
「っ!?───あぁ、すまない。取り乱していた」
ガイは肩を竦めた。
言い過ぎたかな? 僕は一つ息をついて、ガイの肩をポンと叩く。
「まぁ、あんだけデカかったらなぁ。行こう、次の場所へ」
ガイが顔を上げて、大きく返す。
「ああ!」