ぬくもり
朝目が覚めて、
近くにあった人の手を、
昨夜に雀呂に治してもらった
左手で布団から出して眺めてみる。
そこには切れ跡の一つも無い、
小さな白くて温かい手があった。
爪は綺麗に手入れされていて、
栄養不足も感じさせない、
光の反射も申し分ない健康な爪だった。
僕は布団の中に
潜っていたみたいだったので、
隣で寝ている手の主から離れて、
布団から顔を出してみた。
そこは、
見たことのある女の子の部屋。
外はまだ真っ暗い。
「....もう少し寝ていよう」
僕は再び布団の中へ潜り、
先程までしていたように
手の主の体を後ろから
軽く抱き締めて、
右手は主の手を握って目を瞑った。
抱き締めていると、
だんだん体が熱を帯びてきたのを直に感じた。
僕の体は何故かいつも冷たいので、
しばらくこの熱を頂戴することにする。
手の主がこちらに
寝返りをうったので顔がこっちに向いた。
寝返りさせるために
一度離していた手で、また軽く抱き締める。
先程まで握っていた主の手が、
何かを探して僕のお腹をまさぐっていたので、
すかさず握ってやったら止まった。
微かな寝息が聞こえ、
同時に甘い果実のような匂いが鼻をくすぐった。
ゆっくりと目を開けてみると、
「ふあ........ヘイズか」
欠伸をひとつ。
ヘイズの目は既に開いていて、
瞬きしながらこちらを見ていたが、
僕のに続いてヘイズにも欠伸が直ぐに移った。
「ふわ.....あひゃよお、です、ワイズ」
「おはよ、まだ外は暗かったよ」
「まだ、出たくないのですー」
「はいはい」
寝ぼけていらっしゃるのか、
いないのか、布団の中で甘えたような
声を出したヘイズは
微笑み 僕の胸へと擦り寄った。
ヘイズの動きがぴたりと止まったので、
僕も抱き締めてから再び目を瞑った。
二人の胸の前で握った手は、とても温かい。
僕は左手をヘイズの腰に回しているが、
ヘイズは両手で僕の右手を握っているため、
多分一番温かいのは僕の右手だ。
どのくらい寝ていただろうか、
玄関の扉がノックされている
音で目が覚めた二人は、
お互い顔を見合わせてから、
もう一度扉の方を見た。
「お客さんでしょうか、ワイズ」
「僕が見てこようか」
こくんと頷いたヘイズから
離れて立ち上がり、玄関の方へ向かう。
ヘイズの住み処は飲食店の二階なので、
基本的には、この家に
訪れる人は知り合いのみとなる。
これは、下からは家が
あると判別出来ないためだ。
今尚ノックされ続けている扉に近付き、
扉に手をかざして力を込める。
魔力解錠式の扉が、
適量の魔力を検出して鍵を開けた。
ゆっくりと扉を開けるとそこには───
「なんだ、ガイか」
そう言った僕の言を振り払って、
ガイは扉に手を突っ込んで声を荒げた。
「いやいやいや!閉めるなよ!?」
「えっ、僕に何か用だったのか」
僕の背中から顔を出したヘイズは、
「何で...私の家....教えてないのに....」
「怖いこと言うなよ!?
ちゃんとマスターに訊いて
ここに来たんだよ!決して、
昨日から付けて来た訳じゃない!」
僕はそれを訊いて直ぐに、
「そうかよ、まあ上がれ」
ガイは上がった肩を下ろした。
「........話が早くて助かる」
御茶を汲んできたヘイズが
僕の隣に座ると、
ガイがくすりと笑い頬の毛を揺らした。
「なんだよ、ガイ」
「いやいや、
髪おろしてたら
二人ともそっくりだなってな」
僕は後ろ髪を結っていた
紐が切れていたのを思い出した。
ヘイズが小さな
八重歯を覗かせながら笑顔で、
「昨晩私がカタールで斬ったです」
「アンタら喧嘩したら
殺し合いになるのかっ!?」
ガイは全力でドン引きしていた。
僕は目を細めて、
「ならねえよ。まあ、なんだ。
昨日はヘイズも疲れてたんだよ。
フールに訊いたって言うのは、
僕を心配してか?」
ガイは釈然としない顔で、
「まあな、ワイズと
軍事ミッション受けようかと思ってな。
お邪魔だったか?」
「何を気にしてるんだ、兄妹だぞ。
それより、軍事ミッションって
もしかして国が動いてるってことか?」
僕がフールに命ぜられて以来、
そんな任務は一度も出ていなかった。
一瞬驚いた顔を見せたガイだったが、
直ぐに顔を切り替えて、
「ああ、
お国はある国を占領したいらしい。
そのために戦力を
何でも集めてるって話だぜ」
「物騒な話ですね、
ガイはどうして参加を?」
僕はガイと顔を見合わせた。
そんなもん、
理由は決まっている。
スジャ王国には
仕事が無さ過ぎるからだ。
だからガイの貯蓄は今のところ、
減っている一方なのだ。
その事について
ガイが一通り話すと、
「ガイって貧乏さんだったのですね」
ヘイズのすっとんきょうに
ガイがずっこけた。
「おい、俺の話訊いてた!?」
「訊いてたですよ、
ガイにはお金が無いって話ですよね」
「いや、有ってる。
有ってるんだけれど本筋とは違う...」
──────────────────
どれだけ歩いただろうか、
ヘイズと髪を結う紐を
買いに歩いているのだが、
一向に着く気配が無い。
それどころか、
「........ねえ、見てあの二人」
「.....どこどこ?わぁ」
「可愛らしく二人腕組んでるよ!」
周りの目がとても生暖かい!!
目立ってるぞ?!僕ら兄妹だよ!!
どうしてスジャの人たちは
こんなにも僕の事を知らないんだろう。
いつもの同じ黒の外套、
そして少し見える程度には
腰の刀だってあるのに。
ひょっとすると黒犬って
ホワイト・アウトの
メンバーだと
思われてないんじゃないかな。
オーグが街歩いてたら
皆から恐れられていたのに。
僕の腕に抱き付いたままの
ヘイズは、顔が真っ赤だった。
「........思い切って
この通りに入った瞬間
抱き付いてみましたけれど、
注目が予想以上なのです......。
今すぐ死にたいです........」
僕にしか聞こえない声で
そう言ったヘイズに僕は、
「僕を置いて死ぬなよ、
せめて今だけは。
なあヘイズ、兄妹だと
思われてないみたいなんだが?」
周りの声に耳を傾けてみると、
「......可愛らしいお似合いカップルね」
「........でも、二人とも
髪長いから女の子じゃない?」
「あんなに黒い髪、初めて見た........」
それを訊いたらしい、
ヘイズの顔が一段と紅くなる。
何で抱き付いたんだ........。
店に早く着け。
願わくば僕は、もう帰りたい。




