召喚
左目から得られる情報が無い。
目の前の少女、変貌した
僕の実妹によって突き抜かれたのか。
間合いを取りつつ刀を抜く。
焦らないように相手を捉えるも、
左側から大量の出血。
次の瞬間には左腕が吹き飛んでいた。
僕の右目には、
それまでの過程が何も写らなかった。
────速すぎる。
いつもの動きじゃ有り得ないスピード。
次の突きを片腕で反らす。
大量の火花を散らした後、
両カタールからの更なる追撃が続く。
焦るなよ─────僕。
僕にこの妹への圧倒が許されるなら、
少し傷つけてでも
攻撃を止めさせる事ができるなら、
そこまで条件を絞ると直ぐ様、
一つだけアイデアが浮かんだ。
しかしそれを実行するためには、
妹の手首に刀を這わせて
少しの血を流させねばならない。
僕は相手に反撃するべく、
刀を逆手持ちに切り替えて高く跳ねる。
来い!腕を上げろ、ヘイズ!
ヘイズが空中の僕めがけて腕をしならせた。
その腕へ命中率高めの安定した返し斬り。
強く握るこの刀の切っ先が
まるで手のように従順に動く。
その動きを完全に理解した上での薄皮斬り。
着地した後、全力でバックステップ。
かなり距離を取ると、
右手が勝手に刀を下に落とした。
「片手の音声を訊け、ヘイズ!」
ヘイズは薄く斬られただけの自分の手と、
刀を落とした僕を交互に見て立ち止まった。
僕の右手はまるで自然の流れのように
頭上まで上がると、そこに何もない
空を叩いた。
パン、と乾いた音がした。
片腕はもう無い筈なのに────
音は鳴ったぞ───?
ヘイズが目を見開いた。
僕は自然と口は決まり言葉を唱える。
「隻手の音声、響きたり!」
胸の奥で波紋が広がったイメージ。
そう言えば、
右手で叩いても良かったんじゃないか腕。
ヘイズの切れた手首から、
血の気がうねりながら
煙のように僕の胸へと集中する。
その瞬間、左胸に激痛が走った。
痛い、痛いけど声には出さない。
痛いのはその瞬間だけのはずだ、
そう思うことだけに集中し、
僕は痛む左胸を強く掴む。
すると掴んでいた血気が伸びた──────
抜けるぞ?
痛みが和らぐその感覚を辿るように、
ゆっくりとその"血"を引く。
形ある その手に握られたる物は濃い赤色の刀。
不知火のような、攻撃を反らす鍔は無く、
ただ斬るためだけにあるかのようなもの。
胸の痛みはもう無くなった。
代わりに押し寄せる寒さは、
まるで死を予感させるかのよう。
先ほどからもう観測されている通り、
身体には形質保持の能力は作用しない。
だが体の中の組織には
だいぶ作用させる事が出来るようだ。
心拍は速いが呼吸が楽になってきた。
「我が主、それが腕引きだ。
思いの強さでその切れ味は万物を斬り裂く」
カイナの声だ。僕だけにではなく、
おそらくはヘイズにも届いている。
それは声の主が僕の目の前に現れたから。
頭蓋のようだが、
恐らくは鬼の面で牙が剥き出しだ。
両目の少し上辺りに長い角が二本生えていて、
そこに表情は無い。
侍────というよりは、
マグナの話の中にあった
武士と呼ばれたものの格好だ。
甲冑や金属製の鎧とは極めて異なる、
小さな縄や紐を幾重にも
編んで作られたような鎧、
色あせていて、ひどく老朽化が進んでいる。
腰に、僕と同じ黒塗りの刀を見つけた。
「女の中におる輩、姿を現せ。
その依り代の使いこなし ただ者ではあるまい」
あの声だ。
人を諭すのに適したような、
凛として澄んだ男のものの声。
僕のしゃがれた声と違い、とても心に響く。
すると、
ヘイズがぐったりとその場に倒れてから
その小さな体から妖艶な女が出てきた。
一瞬 枯尾花かと思えたが、
カイナを見ると、そうでなく向こうも
神様なのかと悟る。
「よくぞ判ったよのぅ。久しいか、腕」
妖艶な女は、
マグナの声を訊いているような
人を惹きつける声。
"引き付けられる"のでなく、
"惹き付けられる"だ。
誰のかと問われれば、
誰もがこの神の名を口にするだろう。
女を思わせる独特の声。




