傀儡
背の高く線の細い男は、
刺青の太い腕を組んで
椅子に座って頭を掻いた。
下っぱの男は、
手枷されたヘイズの義母の
髪を掴んで首筋を撫でた。
「義理の娘を嬲る感覚はどうだったよ」
下種な笑みを浮かべた男は
首筋から手を下の方へやる。
女の胸部を撫で始めると、
不自由な体を捩りながらも
女は涙目で男を睨み抵抗する。
男は鼻で笑って女を突き放した。
ヘイズを傷だらけに
したのは男達ではない。
だがそうするように
命じたのが奴等なのだろう。
やがて、
「あいつ逃がした奴の
目星はついてんのか?」
「この辺で合金属なんかを
叩き割れんのはコリンズんところの
黒犬ぐらいじゃないですかね。
聞き込みによると、
街中で遊んでたガキ達に紛れて、
アイツみたいな黒髪のガキが
遊んでたのを見たって話で....
遊んでた中に黒犬が混じってた、とか」
───こいつらは多少僕を知っている奴だ。
「犬が、か.........?」
───いや、
知っていたのは下っぱの方だった。
下っぱはずっこけた真似をして、
「兄貴、黒犬ってのは通り名でさぁ!
黒服に黒い外套羽織った、
後ろ髪だけ長くて結ってる
黒髪のちっせえガキのことですぜ」
刺青の男はちらりと外の方を見た。
慌てて僕らは扉から離れる。
目は────合ってないはずだ。
話は続く。
「あのガキも黒髪じゃねえか。
その黒犬ってのも捕まえたら
高く売れるんじゃねえの、女か?」
「いえ、それが男です。
しかも変な武器持ちで、
一撃で人を殺せる武器だ、とか」
刺青の男はだらりとして上を見た。
「一撃で殺せる武器なんて、
重量級の刃物ならなんでもそうだろうよ。
しっかし、男か────。
女なら将来期待で高値つくのによぉ。
.........それと、
あのガキの買い手が見つかったぜ?」
刀はそんなに重くなく、
細身の刀身であることは知れてないようだ。
すると、
下っぱは興奮して笑った。
「お、遂にあの高価格に買い手が!?」
刺青の男はカカッと面白げに笑って、
「それが相当のデブでなぁ。
大金持ちの坊ちゃんだってよお、
まだ値が上がるならもっと出せるって。
これは稼げるんじゃねえかね。
しかし噂じゃあな、
高価で綺麗な女奴隷 買っては
一日中、切ったり蹴って
挙げ句、弄んだりしてんだってよ」
「ひでぇ話ですな...」
「俺達もそんなに変わんねえだろうがよ!」
そう言って二人で笑った。
僕はもう一度オーグの方を見た。
顔には汗が流れて、更には震えていた。
そしてその瞳には、怯えを払う殺意。
僕はオーグの手を振り払い、
思い切り右足を踏み込んで駆けた。
「僕らは御前の傀儡じゃない!!」
御前────それはマグナのことだ。
僕はマグナの命なら
何でも訊いて直ぐに動けるが、
"僕"はマグナの操れる"傀儡"じゃない。
命が下りても、自分の意志で動いているからだ。
「な、何だテメエ!?」
「アニキ!黒犬ですぜ、あの武器!」
下っぱが指さすのは僕の武器、不知火。
それを見て首を傾げたるは刺青の男。
「なんだその細い剣は.....。
曲がってるじゃねえか。
それに片刃って.....何斬れるんだよ」
おどけたその問に
僕は一言だけ発して、
音も無く更に
風よりも速く駆けた。
「────人肉」
一薙ぎ命中、だが二薙ぎは避けられた。
この両手刀は重くて振りが遅くなる。
大人なら避けれて当然なのだが、
不意打ちが効いて下っぱは斬れた。
下っぱが"変な武器持ち"と言った時点で、
この武器がどんな特性を
持つのかを訊いておくべきだったな。
男は下っぱの死体を横目に、
冷や汗を流しながら、
ノールックで机下の鉄棒を掴むと
僕の足目掛けて放る。
僕は腰を低くして何の
躊躇いも無くそれを半分に斬った。
二本の鉄棒は回転しながら僕を避けて
後方へ転がってゆく。
「なんだそりゃあ.....
テメェはそれで俺を殺しに来たってのかよ」
僕はふと考えて、
「必要と有らば」
こいつのしようとした事は、
ヘイズの売却。言わば人身売買だ。
ただそれだけなのに
僕やオーグの個人的理由で、
....僕はこいつを斬っていいのか?
男は僕の答えにふと考えて、
「.....じょ、条件でも有るのか?」
「まあ、訊けないんだろうが。
さっき話にあった女の子と───」
僕は切っ先を男に付けたまま、
男の足元で震えている女を指差す。
「そこの女を解放してくれないか?」
「そ、それは.....」
男は女から目を離して、
隣に転がる下っぱの死体を見た。
僕は畳み掛けることにする。
早くヘイズを治療してやらねばならない。
「金が欲しいのか?」
男はえっ、と顔を上げた。
「それで俺の命が保証されるんなら、
............そうさせてくれねえか」
しばらく間を置いてから僕は
刺青の男を見ながら
ゆっくりと刀を納めて、
「あい判った」
男はその場に脱力した。
「恩に切るぜ」
──────────────
こんなやりとりが昔に有った。
その後、僕は男の願い通り
金をくれてやって、
ヘイズとその義母を解放してやった。
それから年が過ぎて、
今度は何があるというのか。
三人で囲んだ四角の机上にて、
これからヘイズの話が始まる。




