不器用 ─後─
「えらくオーグの頭が高いです!」
「王様みたいに言うなやっ!?」
「そうだ、オーグ。
足の関節を少し寄越すです」
「何でや!足長いけんかっ!?」
「せめてワイズには
並びたいだけですよ?」
「えっ」
「えっ」
悪魔的な発想をするヘイズを余所に、
僕はこれからする事を考えていた。
僕のする任務はフールへと
直ぐに知らされる事になっている。
ギルドメンバーとは言えども貸し出し。
外部の人間が他人の島を荒らさないように
監視をするのは当然と言えば当然である。
──グレイヴ・ドラゴンの時も思ったが、
フールには全て知られていると言う事は
誰かが僕を監視している、
という事になる訳なのだが。
遠くから誰かが見ている気配も無いのだ。
どうやってあの人は
僕の行動を見ているのだろうか。
僕のこれからする任務は────
今考えるのは止めておこう。
ホーン・ブルに着いた僕らは、
今朝方に掲示板を見た
広いホールへとやってくる。
入ると直ぐに、
シリルがこちらに気付いて来た。
「依頼内容の確認ですね。どうぞ、こちらへ」
テレジアという名の木でできた厚い板の扉。
マグナ曰わく、テレジアの意味は"収穫"。
名は正に体を現す通り、強い生命力を
感じさせる流れの美しい木目は
何年物なのか判らないが、
新品同然に白く綺麗な扉だ。
フールの部屋の二枚扉に比べて、
この扉は明るく見える。
というのも、ノブまでもが木製。
磨かれただけで表面に塗料も塗られていない、
木そのものの触り心地。
手で握るのに木目が
ピタリと合ったところから、
熟練の技師が造った物なのかを思わせる。
部屋の内装も木。
細長く切った板を縦に
並べて敷き詰めた模様の床。
壁にはまるで館を思わせる
おとなしい絵画が飾られている。
部屋はそんなに大きくもなく、
真ん中に真四角のテーブルと
側面を囲む椅子が四つあるだけ。
部屋から奥の席に僕は座る。
ヘイズには僕の
向かいに座るように促す。
残ったオーグは、
しばらく考えてから僕の右側、
ヘイズの左側の席に座った。
部屋の外に
邪魔者の気配は無いので、
「始めるか」
僕の言葉にヘイズが待ったをかけた。
「ワイズ、その前に」
「ああ」
僕が曖昧に頷くのを
オーグは頭上に?を浮かべて見た。
「オーグ、
先に言っておくが僕とヘイズはな───」
「あ?付き合っとるのか?」
そんな訳ないだろう。
「兄妹だったんだ」
オーグは椅子を
ガタガタさせて飛び退き、
「やっぱりか!........って、兄弟?」
そっちの反応の準備してたのか。
....律儀な奴だな、嫌いじゃないが。
「いや、兄妹な?
兄と妹でも兄妹って言うんだよ」
オーグは目を点にさせて、棒読み。
「おー、そうかおぼえた」
「もういいから、とりあえず
実妹なのだけは覚えておいてくれ」
「あのね、オーグっ!」
僕の下らない前置きの間に、
やっと勇気を振り絞ったヘイズが声を上げた。
「義母さんが...
義母さんが、奴隷商に殺されそうなの。
お願い、助けて.........?」
のほほんとしていた顔の、
オーグの身体が突然跳ねた。
「....ワシが嫌だって、
言ったら.....どうする...?」
「........私一人で助けに行く、です」
オーグが椅子から立ち上がった。
無理もない。
ヘイズの義母をすごく
嫌っているのはオーグだからだ。
───約十年前───
刀を握り始めた僕は、
マグナと一緒にスジャ王国に
訪れていた時、廃工場が建ち並ぶ中で
足枷を付けた女の子に出会った。
「君は、外に出られないのか?」
女の子は頷く。
僕の隣の明るい男の子が口を開く。
「そんなん付けとらんで遊ぼうや!」
男の子の無言の
視線が僕に注がれる。
───ああ、任せろ!
僕は刀を抜いて、
女の子の足枷を斬ってあげた。
「私....出ていいの?」
女の子は上目遣いで
こちらを見詰めた。
男の子は笑って、
「おうよ!有ったり前ぇだ!行くぞ!」
「うん!」
僕ら三人は駆けて、
その日は遊びまくった。
そしてその次の日。
女の子の身体中はズタズタだった。
両手、両足に錘を付けられており、
満身創痍という言葉をその体で表していた。
女の子の身体は────震えていた。
僕らの心の中には、
別の震えがずっと満たしており、
怒りが湧き出していた。
男の子、オーグには既に
大体目星がついていた。
「........父ちゃんか....?」
女の子、ヘイズは頷かなかった。
だが否定もしなかった。
ヘイズの無言を肯定と見たオーグは、
「行くぞ」
僕に言ったのだろうか、
僕がオーグの傍に寄ると、歩き出す。
僕らは廃工場の奥、実はいつも
気になっていた明かりのある所へ静かに寄った。
他には明かりが灯っていないのに、
そこには怪しげに灯る淡い蝋の光があった。
荒い男の声。
「手前ェ、アイツの足枷
───どうやって外したッ言え!!」
今まで散々訊いてきた、
生身を思い切り蹴る音。
共に女の短い悲鳴。
「外れて...夜には、
既に外れていたんです...」
「ああ?合金属だぞ、
重くて手も上げれてなかったじゃねえか。
そんなんで、どっかにぶつけて
壊せたりも出来る訳ねぇだろうが....」
「兄貴、それが....」
ちらりと覗くとあれは、
僕が二つに断ち切った足枷だった。
下っぱは頭に割って見せた。
男はしばらくそれを見詰めて黙った。
やがて舌打ちしたと思うと、
また足元の女を蹴る。
僕は直ぐに刀を掴んだ。
その刀が....抜けない!
───隣のオーグが
僕の手を強く掴んでいた。
オーグは奥歯を強く噛んでいるようで、
歯と歯がこすれる音が聞こえた。
オーグは目を伏せて静かに首を横に振った。
なんでだよ!
...しかしオーグは手を離さない。




