モラトリアム
テスト配達開始まで まだ時間は有る。今は準備時間であり、猶予時間だ。僕は隅の影に座り込み、準備されている物をぼうっと眺めていた。
「コルクで蓋された牛乳瓶か」
一緒に隣に座っていたガイがそうぼやく。
「ブルミルクじゃないのか。ここはホーン・ブルなのに」
ホーン・ブルとは、このギルドの名前だ。雄角牛という意味らしい。昔はこの道場で牛を飼っていて、戦わせたり人が戦ったりしたそうだ。なんでも、牛に真似た戦法も有るらしい。
ガイは眠そうに欠伸して、僕に問うた。
「なぁ、やっぱり遠距離武器を使う奴なんて槍とか弓じゃねえ?」
「判らないだろう、スリングが居るかも知れない」
ちなみに僕たちは今、回りがどんな武器を使うのか、建物の影から観察し、安全な配達方法を練っている。
「スリングねぇ、やっぱりパチンコの玉は鉄製かい」
「違いないだろう。まぁ、見た感じは近距離武器を使う奴が多い。仮に魔法を使う奴がいても、僕の刀が斬れれば大丈夫だ」
ガイは驚いて目を見開いた。
「魔法........斬れるのか、その剣」
「当たり前だろう、魔法で作られたんだから。あと、これは剣じゃなくて刀だって何度も言ってるだろう?」
「それ以前に、魔法なんて使うのは反則だろう」
聞いてない。
「あの男が大声で言ってたのは、受審者の体に攻撃を加えれば反則と言う事だった。つまり、魔法を瓶に当てるのは反則ではない」
そんな器用な奴いるかよ、とガイは目を細める。
確かに、この会場にはいないかも知れない。
僕の居たギルドの人達が異常だったのか。ラガルは二枚の木板の間に紙を挟んだ板を、愛剣で斬っても二枚の木板しか斬らない。
シアンと言う名のメイドは家の屋根の上から人の群れからある特定の人物だけを見つけ出すし、マグナは誰にも悟られずに そいつだけを極大の炎魔法で焼き、炭粉だけにする。
どれも正常じゃない、異常だ。
ふと顔を上げると、ちょうど 道場の方から、あの声が響き渡った。
「準備は整った!!これより、第一の配達テストを行う!!!」
テストの説明に入ったところで、僕たちは大きくて広く敷かれた絨毯の上に山なりに大量に並べられた牛乳の近くに寄る。
「これ全部が牛乳かよ」
ガイはそう呟き、上を仰ぎ見て、
「直射日光で飲む奴の腹がやられるぜ」
「ガイ、さっき説明した通りだ」
ガイはしばらく僕の顔を見て、
「判ったよ」
僕は瓶を一本持って右手で刀を抜き放つ。ガイは両手に瓶を。始まりまでの準備時間 六十秒の間に、ガイは住所を三つ、頭の中に叩き込む。
道場の方から、太鼓の音が一つ鳴り響いた。そして男の開始宣言。
「始めっ!!!」
牛乳瓶を持った男達が走り出し、一斉に道場の門をくぐり出る。