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Blade And Hatchetts  作者: 御告げ人
第二章 ─排斥─
39/59

通貨儀礼

早く目が覚めた。


これからする事は決まって素振りだ。


早朝はいつも、日が昇りきっておらず

少し寒いものなのだが、

自室の布団から這い出た

僕はそんなもの気にせずに

黒くて古いが傷一つ無い

いつもの外套を羽織って

爪先(つまさき)が鉄製の

黒い革のブーツを履いてから、

入団テストが行われていた闘技場の

ような所へ来る。

寒いのは最初だけだからな。


そこには誰も居ない。


僕は、木を切り出して削って作った、

僕がバスターソードと名付けた

大きな木刀を右手だけで振り始めた。

ギルド:リフレイン・ゾンビの強襲に合い、

右手首を負傷したドワーフの少年こと、

ガイは 不思議な物を見るような目で

猫のような長く細長い尻尾を

揺らしながらワイズを見ていた。


いつの間にそこに居たのやら。


そのケモケモの存在に僕が気付くと、

ガイは(ひげ)をヒクつかせた。


「ガイ、久しいな。幾年ぶりか」


「そんな経ってねえよ」


ガイが吠えた!


人並みならぬ、

速いドワーフのツッコミ──

うむ、ガイはどうやら元気のようだ。


「元気そうで何よりだ」



僕の言葉にガイは視線を、

包帯で巻かれた自分の手に落とした。


「この手を見て元気と

言ってくれる相棒に感動するよ。

出会った時よりも、

冗談を言えるほどいい方向に変わったな、アンタ」


「そうか?」


「おうよ、

一番近くで少し長く見てたんだ。

最初より今の方がイメージが変わった

ことくらい、ドワーフでも判るよ。

まあしかし、

そのドワーフは先程

マスターから休養令を食らったところだ」


なんだ、僕より早く起きてたのか。

どうりでガイの布団が平らだった訳だ。

それに、フールの部屋から

ここはよく見えるからな。


「上位ギルドはどこでも

戦争なんかに関わってる分、

怪我には相当 敏感なんだな」


「このギルドで

戦争に関わってるのは

マスターかアンタだけだと思うぞ...」


僕はその話題を全力で反らすべく、


「まあ、放っとけよ。

休養令というのは、要するに

働くな、ということか?」


僕の言葉に二人はしばらくの間 呆然。


直ぐにガイが沈黙を破った。


「戦闘の依頼じゃなければ、

片手でも荷物くらい運べるぞ」


ただの、

俺役に立つアピールだった。

いや───働きたいアピールか?


「片手で運んで

落としてしまっては、

仕事にならんだろう」


「安心しろ、握力は強い方だ」


まあ───両手斧の一番下を

片手で握って振ってれば当たり前か。

しかし僕は 自信満々の

相棒の言葉をへし折ることにする。


「頼まれた荷物が

その莫迦(ばか)でかい握力で

潰れては仕事にならんだろう」


ガイは僕の反論にニヤリと口の端を曲げて、


「アンタはどうやら、

何としても俺を働かせないつもりだな」


僕は腰に手を当てて

さも当然であるかのように、


「相棒だからな」


八重歯を向ける黒髪の相棒に

ガイはしばらくじっと見てると、


「判ったよ、

しばらくの間は付いてくだけにする」


そこは断固 折れないのか。



朝の素振りを終えて、

朝食を摂りに食堂へと歩く二人。


「蛇の目スイカに塩って合うんだぜ」


「おい、ドワーフにも食べれるかそれ!」


...なぞと他愛ない話で

盛り上がっていると、

女子棟の方から元気な声。


「ガイさん、ワイズさん!」


ミーシャだ。

ついにミーシャまでも"さん"付け!

ガイはポケットに

入れた手の右手だけを出して上げて、


「おう、ミィか。おはよう」


えええええええええええ!?


僕はガイのカリスマぶりに

目が飛び出そうになった。

実際僕の身体はガイから数歩引いている。


────ガイ、アンタもか。



僕は相棒に置いていかれた気分を

全力で考えないようにしながら、

食堂の暖簾(のれん)をくぐる。


そこには、

ユウリやホーン・ブルの

他のメンバーも揃っていた。


メンバーの一人が

こちらに気付いて声をかけてくる。


「おお、

新人たちも揃ったな。

今日は悪いが、黒犬」


こちらに近付いてきて、

唐突に肩に手を置かれる。


「?」


「蛇の目スイカは我慢しておくれよ。

何せ今日はホーン・ブルのメンバーで

君たちの歓迎 鍋会だからな」


僕はふと、

この男に見覚えがあって口を開く。


「入団試験の時に

1日中、声を張り上げてた人か」


その男は おお?という顔になって、


「よく覚えてるな。

噂によると、黒犬はあまり

世間に興味が無いと訊いたんだがな」


そう言って手を差し出してくる。

僕がそれに手を添えると、握手になる。


「俺はカルム 宜しくな。

ドワーフ君も。

君達の戦力には期待しているよ」


「ああ、それはどうも───」


"ガイです"と

名乗りたかったのだろう、

男はその前に踵を返してしまった。

行った方向は、


「訊いたぜ、マスターから。

あの骨竜を倒したんだってな。

俺達では勝てなかったのになあ」



む?

勝てなかったのにどうして

このギルドに入れたのだ、この男は?


カルムという男は、

不思議と笑いながら隣の

おとなしそうな銀髪エルフの肩に腕を回す。


「カルム、真っ先に襲われてたよね?」


真顔で可愛らしく小首を傾げた

エルフは、そう言ってクスリと笑う。


「うっせ、あんだけデカかったら

誰だってビビるだろうよ、なあ?」


僕らに同意を求められても───。


ガイはカルムに助け船を出す、と思いきや


「いやあ、強かったですけど

逃げませんでしたよ僕ら。

ぼくが斧で受けて、

ワイズの一撃が片足を破壊してくれたもので」


カルムが「なん、だと...」

などと情けない声を上げた。


カルムは情けない顔でガイに尋ねる。


「君たち二人して強いんだな......。

ドワーフ君、君の名前は?」


ガイは驚いた表情をしたが

すぐに誇ったように笑顔で、


「ガイです!」



「お、カルム。

新人と仲良く出来ている

ようじゃないか。感心するな」


かなり大人びた笑顔で僕らの後ろから

現れたのはフールだ。

どうやら一仕事終えてきた後らしい。

後ろには、何やらバツの悪そうな

三人の男が居た。

こちらを何故か見ていたフールは、

僕が見返しているのに気付くと、

何故かウインクを返してくる。


しかし、このカルムという男は

フールに実力を認められたのではなく、

性格を認められ、採用されたのか。



歓迎 鍋会とあるように、

フールが音頭をとる。


「今日は新人たち四名のために、

美味い物を沢山用意した。

金は沢山有るからな」


フールが横目で

いやらしい含み笑いをすると、

皆が盛り上がる。


ポケットに手を突っ込んだガイが

僕の背中に肘打って耳に囁く。


「歓迎会ってより、

恒例の飲み会って感じだな」


僕は静かに笑った。

そしてフールの言葉が終わる。


「───さて、音頭はこんなものかな。

さあ皆の衆、自由に食べてくれたまえ」


僕はというと、

蛇の目スイカは無いかと、

テーブルに並べられた料理たちを

キョロキョロと見回していると、

唐突に後ろから肩に触れられる。


僕が振り向くとそこには───


「黒犬───」


最初に僕らを青棟に案内してくれたか。

確か、アンガーという名の男だ。

先程、食堂に入ったフールの後ろから

後ろめたそうな顔で入ってきていたな。

ミーシャとユウリがさらわれる事件が

かなり前にあったかな。

その時の首謀者だ。


僕は無言でアンガーの顔を見据える。

僕はかつて、この男への

(とど)めを外してやった。

"形式的に"だが、このギルドのルールを

守ってやったまでだ。


仲間を捕られてその二人が

何か酷い事をされそうに

なったからと言って、

感情に任せてそいつを斬ることは

相手と同じ土俵に立っていると、

認めたのと同じこと。

少しばかり悔しくは有るがな。

だが、自分をこいつと

同格の奴だと認める自分は嫌だ。

だから我慢した。


僕は理に適わない事が嫌いだ。


仲間を傷つけてはいけないのに、

相手に優劣を解らせるために

仲間を盾にする事は間違っているからな。


しかし僕は、

この男を見逃してやった。

"僕の攻撃は外れた"という"形式"を用いて。


それがのこのこと今更何の用なのか。

僕には用事が無いから、

あえて返事をせずに相手の目を見るだけ。


長い沈黙の後、

逸らしていた目をこちらに戻して、

アンガーはゆっくりと口を開いた。

というか、

アンガーが沈黙していた事に僕が

気付けたのは、周りが僕らの様子を

見守っているように

黙ってこちらを見ていたからだ。


「この間は、

───すまなかった。

図々しいのは重々承知の上だが、

どうか、許しては貰えないだろうか?

先輩として、もう情けない真似はしない。

仲間を自分のいいように利用したりしない、

だから──────」


アンガーは目を瞑って僕に頭を下げた。


───いや、

下げる事は出来なかった。


「────く、黒犬っ!?」


僕がアンガーの

手首を素早く掴んで、

こちらに少し引っ張ったから。


カルムがこちらへ

仲裁に入ろうとするのを、

僕の理解者である

ガイが首を振って制した。

その顔は少し嬉しそうだ。


解りきったような

顔しやがって、ガイのやつ。


僕は口を開いた。

いきなりの事にカルムの方を

見ていたアンガーの

身体がビクリと跳ねてこちらを向いた。


「アンガー。

仲間の事について

解ってくれたようだが、

早速自分で抜かした事を守れていないぞ」


カルムが へ?という

顔でキョトンとする。


「先輩らしくすると決めたんだろう。

なら、頭張って僕に

勝負を挑んだとは言え先輩だ。

なら謝るなよ、

失敗は行動で返すのが

この世界のルールだよ、アンガー。」


アンガーはぱっと顔を輝かせて、


「じゃあ、許してくれるのか!?」


「許すもなにも、

フールは完璧に結果至上主義者だ。

頑張れば誰だって

評価してくれるものなのだろう。

だから僕みたいな飼い犬に謝ってないで、

このいいギルドの人間をまとめ上げて

もっと先輩らしくしていろよ、"サブマスター"」


少し口の端を上げて見せて

そう言ってやると、

何故か新人以外の

メンバー全員の表情が固まった。


あれ、違ったか。


ギルドマスターである

フールの方を見ると、

フールは驚きの表情をしていた。


唯一 動いている

ユウリは僕にこう言った。


「ワイズさん、

私たち初めて知ったのですが、

このギルドには"サブマスターさん"が

いらっしゃったのですか?」


「重要だろう、

誰も言ってなかったか?」


僕のその言葉に、

フールが答えた。


「誰も言ってはいない筈だ。

言わないように口止めしたからな。

更に付け加えれば、口止め料に

給料を少し上乗せしてやった程だ」


なんて

いやらしい事をさも堂々とこの人は──


「口止めする意味はあったのか、フール?」


すると

フールは子どもみたいな

半泣き顔でだだをこね始める。


「だって だってぇ!

この歓迎会でアンガーが

サブだってことを打ち明けて、

新人をびっくりさせてこの会を

しめくくるのが毎年の恒例なんだもんー!」


慌ててカルムがフールを止める。


「ええぇえぇぇええっ!?」


ガイが恒例の事実に驚いた。

もしやフールの子どもっぽさに

驚いているのやも知れん。


おそらくフールはそれが

楽しいからやっているに違いない。


今尚半泣き顔のフールは

唇を尖らせて涙目で、


「私は 恒例の歓迎会のついでに、

喧嘩をふっかけたらしいアンガーが

君へ謝る機会をやった訳だ。

で、アンガーを

認めてやってくれるのかね、探偵くん」


探偵じゃねえよ、雇い主さま。


「男先輩が

こんな人の多い中で

頭下げようとしてくれてたんだ。

そんな情けないもの、

止めはするし認めもする。

アンガー、認めて欲しくば

結果を出してくれ。

先輩らしくしておくれ、

合同任務の時には僕を使いこなしてくれよ」


僕の(ことば)に対して

少し身震いをしたアンガーは

直ぐに笑顔になって誇ったように、


「ああっ!」


そして改めて手を差し出してくる。


「宜しくな、黒犬。

俺、君の決して(おご)り高ぶらない

ところをとても尊敬しているよ」


そりゃあどうも。

僕は少し笑ってから手を差し伸べる。


「ああ」


こちらを見ていたユウリは、

僕と目が合うと にっこりと微笑んだ。

こうしてギルドの

不思議な鍋会は進み、

昼には終わりを告げる────。


ギルドメンバーと少し、

親睦が深まった気がした。

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